人気のない細く薄暗い裏路地。そこに似つかわしくない小綺麗な格好をした女が一人立っていた。
その足元に転がる一人の男は、地面に仰向けに横たわっており、腹には深い刺し傷、そこから赤い血液が止めどなく流れ出ていた。
男はまだ死んではいないようだった。出血は酷いが肩で荒く呼吸をしている。
女はその男の傍らで、ゴミでも見る様な冷ややかな目で見下げていた。
そして、次の瞬間、右足を高く振り上げると男の腹の傷口を思いっきりヒールで踏みつけた。同時に、男からは何とも言えない悲鳴が上がる。

「あら、汚い声ね」

女は溜息を吐くように一言漏らすと、踏みつけているそこに更に力をかける。ヒールの部分が、男の傷口へ深く沈んでいく。呻き声にもならない空気だけが抜けるおおよそ悲鳴とは呼べない音が男から漏れた。
一体何があって、現在の状況になったのかといえば、男が女を殺そうとしたところから始まる。
男は殺し屋だった。依頼を受け、女が人気のない細い裏路地に入っていったところを狙い殺そうとした。
しかし、それは適わなかった。全ては女の誘いだったのだ。後をつけられていることが分かった女がわざと人気のない細い裏路地に誘いこんだのだ。それに気付かず、男はまんまと誘いに乗り、女を殺そうと背後からナイフで刺そうとした。ひらり、と女に躱されたナイフは宙を切る。男の手に持っていたナイフは、女に奪われ男の腹に刺さった。という流れで現在に至っている。
女は、手に持っていたナイフをくるくると手で回しながら弄んでいた。
器用なもので、右手と左手で交互に弄ぶそれはまるで大道芸を連想させた。扱い慣れているのだろう。暫く弄んでいると、やがて、ぱしりと右手でナイフを掴む。
女は先程より、一層冷ややかな目を男に向ける。

「よし、頭にしよう」

どうやら、男の身体のどこにナイフを刺すか考えていたらしい。
女は、ナイフを持った右手を勢いをつけるために振り上げる。そのまま一気に男の頭目掛けて振り落した。

「はい、ストップ◆」

突然現れた第三者にそれは阻まれる。
女の背後から伸びてきた手が、彼女の腕を掴んだ。

「!?」

女は驚いた様に目を見開いた。
振り返れば、そこには例えるなら道化師の様な格好をした長身の男がいた。
女はその男と知り合いなのだろう。嫌そうに顔を歪める。そして、ヒソカと男の名前を口にする。ヒソカ、と女に呼ばれた男はにこやかに笑みを浮かべていた。

「やあ、後はボクがするよ」
「は?何で?」
「これ以上、キミの手を汚させたくないから◆」
「私の手はもうとっくに汚れているから、意味がないと思うけれど?」
「だから言ってるだろ?これ以上って。これ以上キミの手は汚させない。キミは半殺しまででいい……トドメはボクがやる◆」

女の右手からナイフを掠め取り、掴んでいた腕を離す。
女は、自由になった腕を撫でながらつまらなそうにヒソカへと視線を向けた。

「何故、そんなに私に殺しをさせたくないの?ヒソカはそういうの気にしないでしょ?」

男の浮かべていた笑みが、にこやかなものから歪なものへと変わる。同時に、女の背筋にぞくりと悪寒が走った。

「だって、キミに殺されるなんてズルいだろ」
「は……?」
「ボクはねェー、殺されるならキミがいいんだ。キミに殺されたい◆」
「……」
「だから、ボク以外はキミに殺させないよ。ボクを殺すその時がくるまでキミは殺し禁止◆」

ヒソカは女の長い髪を一房手に取ると、それに口付けを落とす。
女から掠め取っていたナイフを地面に転がっている男へと投げる。それは見事に心臓へと刺さり、男の呼吸が止まった。


2019/04/14
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