にゃあ、と猫の鳴き声が聞こえた。
鳴き声の主を探す。にゃあ、と再び鳴き声が消えた。その声は、頭上から聞こえる。視線を上げて、木の上の方へと向ける。
にゃあ、と三度目の鳴き声と聞き覚えのありすぎる声がしたのは同時だった。

「ちょ、待つぜよ……!」

その聞き覚えのありすぎる声の方へ視線を向けると、木の枝にしゃがんでいる辰馬がいた。
辰馬の腕には子猫が一匹収まっている。鳴き声の正体はその子猫とみて間違いはないだろう。
しかし、子猫は辰馬の腕の中から逃げようともがいている。辰馬は子猫を落とさないようにと必死になっているが、子猫は更にもがく。必死にもがいて、辰馬の顔を引っ掻くとするりと腕の中から逃げた。
逃げた先は、勿論空中である。しまった、という様に子猫が前足を動かし、木の枝に伸ばすがそれは届くことはなく宙を切った。
私は見ていられず、子猫を受け止めようと足を動かしたが、おそらくこの距離では間に合わないだろう。滑り込めばギリギリ間に合うかもしれないと、滑り込もうとした瞬間、木の枝から辰馬が飛び降りた。
そして、落下中の猫を掴みとそのままどすん、と大きな音を立てて地面に落ちてきた。

「辰馬!」

私は、地面に蹲って動かない辰馬の側に駆け寄る。

「辰馬!だ、大丈夫!?」

辰馬の前にしゃがみ込むと、辰馬は顔を上げてにかっと笑ってみせた。同時に、するりと辰馬の腕の中から子猫が滑り出てきた。そのまま駈け出した子猫は、三メートルくらい進んだところで一旦止まりこちらを振り返る。にゃあん、とひと鳴きすると再び駈け出して行った。

「いやあー、猫が無事でよかったぜよ!」

そう言っていつもの様に豪快に笑う辰馬。彼らしいといえば実に彼らしいが、側で見ていたこちらとしては堪ったものではない。もしかしたら大怪我をしていた可能性もあった。寧ろそっちの可能性の方が高い。

「何してんの!」

思わず口をついて出た声は大きくて、自分でも驚いた。
辰馬も同じく驚いた様で、ぽかんとした顔を向けてくる。そして、こちらの予想を裏切る、予想をしていなかったことをさらりと言ってのけた。

「猫が木から降りれなくなっとったから、こりゃいかんぜよと思うて助けようと登ったんじゃ。そしたら、猫が暴れてわしまで木から落ちてしもうたぜよ!アッハッハ!」
「……」
「あれ?おーい」

呆れて何も言わない私の目の前で、辰馬は手をぶんぶんと振ってくる。
私はその手をぱしりと掴み取ると辰馬の目をしっかりと見据えて口を開く。

「そんなことは説明しなくても大体察しがつく。私が言いたいのは、何であんな無茶するの?もしかしたら、大怪我していたかもしれないんだよ?もし、もし……本当に辰馬が大怪我したらどうするの?」
「……なんじゃ、心配してくれたんか?」
「!?」
「アッハッハ!やっぱりお前は優しいのー」

豪快に笑いながらバシバシと私の肩を叩いてくる。いつものことながら、力が強い。ちょっと痛い。
でも、それ以上に優しいと辰馬が口にした言われ慣れていない言葉に戸惑ってしまう。
この攘夷戦争真っ只中、優しいなどそんな言葉はかけ離れたものだ。下手に優しさをみせれば、隙が出来る。付け込まれる。それが命取りになり兼ねない。それなのに、この目の前の男はあっさりとその言葉を口にする。
私よりも辰馬が猫のために取った行動の方が、その言葉に相応しいと思った。

**

陣地に戻り、辰馬の怪我の手当をする。
かすり傷だから平気だと口にする本人の言葉は無視した。今は例え平気だとしても、もしも戦いの最中に本人はかすり傷だと言う怪我が影響でもしたらどうするのだ。有り得ないとは言い切れないだろう。
黙々と手当をしていく私にされるがままにされていた辰馬が口を開く。

「やっぱりお前は優しいのう」
「……別に、そんなことない」
「そうかの……じゃって、お前の手はこんなに優しい手をしてるぜよ」

辰馬は手当をしていた私の手を取った。辰馬の手から伝わってくる体温が温かい。

「そんなこと初めて言われた」
「そりゃ、余程回りの見る目がないんじゃ」

そう言って、私の手を包む辰馬の手はひどく優しい。
辰馬は私の手を優しい手をしていると言うけれど、私の手よりも辰馬の方が優しい手をしていると思った。


2019/03/04
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