数日前の話の後の話


一目見ただけで不機嫌だということがよく分かる。目の前の相手は、不機嫌だということを隠そうとすらしていない。
季節はゴールデンウィークが明けてから数日経った頃になる。
目の前の相手、名字名前に会うのは二、三ヶ月ぶりといったところだ。前回会った時は、まだ高校生だった。現在は、大学生になっている。二、三ヶ月しか経っていないというのに、服装のせいなのか化粧のせいなのか随分と大人びて見える。子供の成長とは恐ろしいものだ。
詫びも兼ねて、名前が好みそうなイタリアンレストランに予約を入れて呼んだわけだが、ここに来てからずっと機嫌が悪い。
テーブルの向かい側に座っている名前は、無言のまま出てくる料理を口にしている。美味いのか不味いのか分からないが、黙って口にしているところを見ると不味くはないのだろう。
何故、名前の機嫌が悪いのか?理由は分かっている。それについては真っ先に謝った。謝ったが、名前の機嫌は全く直らない。あからさまな不機嫌オーラを纏っている。その不機嫌オーラは料理を持って来た店員にも伝わるほどで、料理を持ってくる度に気まづそうにしている。
そこそこ長い付き合いにはなるが、名前がここまで機嫌が悪いところは初めて見るかもしれない。原因は俺にあるわけだが。

「悪かった……」
「別にいいです。もう怒ってません」
「いや、怒ってるだろ……」
「怒ってないもん……!別に、私より先に神原と会ってたことととか、貝木さんが連絡くれるよりも先にそれを神原から聞いていたこととか全然気にしてませんけど!」

気にしてるだろ、とツッコミたくなったのを何とか堪えた。今は余計なことを口にしない方が無難だろう。
何か一言間違えれば更に名前の機嫌を損ねかねない。

「まあ、それはもういいです」
「……」
「私が怒ってるのは、ずっと連絡もなしだったことについてです。何か一言くらい無事だって連絡くれてもいいじゃないですか……。番号だって変わってないのに」
「悪かった……」
「何度、電話をかけたと思ってるんですか?全く繋がらないし、捨てられたのか浮気されたのかと思いました」
「それはない」
「だから忘れようとも思ったし、浮気しようかと思いました。……でも、無理でした」
「……」
「私がどれだけ不安で心配していたのか分かってるんですか?」
「すまない……」
「私がどれだけ不安で心配していたか十文字以内で答えてください」
「は?」
「冗談です」

冗談を言える余裕は出てきたらしい。少しほっとした。
これが他の誰かであったなら、そいつの機嫌がどうなろうが気にはしないのだが、名前であれば話は別になる。名前があまりにしつこく付きまとってきたところから始まった関係ではあるが、それでも何とも想っていなければ今日こうして会っていなかっただろう。
素直に認めるのは癪ではあるが、今では俺にとって特別な存在になっている。

「貝木さん」
「何だ?」
「今日会ってからずっと思ってたんですけど、その髭似合ってないです。あと眼鏡も似合ってないです」

少しイラっとしたが、ここは耐える。
余計なことを言ってせっかく先ほどよりマシになりつつある名前の機嫌を損ねては振り出しに戻ってしまう。
名前は側に置いてあったグラスを手に取り入っていた飲み物を口にした。といっても、まだ未成年のためグラスの中身はジュースである。

「私は、眼鏡は黒縁の方が好きだし、髪も下ろしてる方が好きです」
「そうか」
「はい、なので今度会う時は私好みの格好で来てくださいね」
「分かった」
「あと、今後また音信不通なんてことしたらやり返すのでよく覚えててください。次はないですからね」
「ああ」
「仕方ないのでこのくらいで許してあげます。私は優しいので」

悪戯っぽい笑みを浮かべる名前から纏っていた不機嫌オーラが消える。本当に口にしたとおり許してもらえたらしい。
予想していたよりも早く名前の機嫌が直ったことに安堵するのと同時に、今日初めて名前の笑った顔を目にしたことに気付いた。それに魅入ってしまった自分がいることにも驚く。
どうやら自分で思っているよりも名前に惹かれているらしい。本人に言ってやるつもりは全くない。


2019/02/17
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -