※チャイニーズマフィアパロ

今から数十年前になる。
薄暗い路地裏に捨てられていた一人の幼子を拾った。一目で異国人だと分かる金色の髪に灰色の瞳を持つまだ五、六歳くらいにしか見えぬその幼子は、全てを悟った様な死んだ目をしていた。
放っておけば野犬に食われて死ぬか、人身売買をしている大人の手にかかるか等他にも色々考えられるが、何にせよ碌な死に方はしないだろう。
別に路地裏に幼子が捨てられていることは珍しくもない。ここはそういう場所だ。そういう幼子を見つける度に保護していたのでは生活が成り立たないし、儂は善人ではない。
普段ならそんな幼子を見かけても捨て置く。今までもそうしてきたのだから、例外はないと思っていた。
しかし、結果的にその幼子は唯一の例外になった。どうにも捨て置くことが出来なかった。何より幼子らしからぬ、その全てを悟った様な死んだ目が気にくわなかった。
いや、それもあるがその幼子の捨て置くには些か勿体ない美しい容姿、その美しい金髪に魅せられたのかもしれない。
儂がその幼子を連れて帰ると、予想どおり大騒ぎだった。
そりゃあそうだ、連れ帰った場所はマフィアの屋敷である。手ぶらで出かけたマフィアのボスが見ず知らずの幼子を連れて帰ったのを見たら、部下は驚くだろう。もし儂が部下だったとしても驚く。隠し子ですか?と聞いてきた部下がいたのには流石に笑ってしまった。

**

拾った幼子の名前は名前という。
英語しか話せなかったため、通訳を英語が出来る部下に頼んだ。
それも必要としたのは半年くらいだった。名前は頭が良い。半年後には、まだ分からない言葉もあるようではあったが、中国語で日常会話が出来るようになっていた。
日常会話が出来るようになってからは、捨てられていた時とは別人のように明るくなった。そして、よく喋る。おそらくこれが本来の名前なのだろう。あの時の、全てを悟った様な死んだ目をした幼子はもういなかった。
それでも何故あの場所に捨てられていたのかについては頑なに話さそうとはしなかった。話したくないのであれば、無理に聞き出す必要もないと誰もその話題には触れなくなった。
名前は部下達にもよく可愛がられていた。土産だと名前に菓子やおもちゃ、洋服等買ってくる部下も少なくない。
それは構わないのだが、ここはマフィアの屋敷で所謂男所帯である。儂が目を光らせてはいるが、名前に万が一何か間違いがあっては可哀想なため八極拳を教えた。せめて自分の身は自分で守れるようになればと教えたのだが、名前は物覚えもよかった。めきめきと上達していった名前は、今ではうちの幹部クラスと対等に戦えるまで腕をあげた。並大抵の相手では名前の相手にはならないだろう。

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名前に懐かれているという自覚はあった。
拾ったのが儂だったからか子犬のように儂の後についてくる様は可愛らしいと思っていた。
しかし、それがいつからか熱烈な好意に変わる。親ではないが、幼い頃に拾って育ててきた名前のことは子供のようにしか思えない。実際、儂に今の名前くらいの年齢の子供がいてもおかしくはない。周りからもそう見えるだろう。
この前も会合に行くと無理やりついて来た際に、儂の娘と間違えられて落ち込んでいた。名前曰く恋人に見られなかったことがショックだったらしい。
名前には、儂ではなく歳が近く相応しい相手と知り合えばそちらに夢中になるだろうと思い何度か見合いをさせたがそれは全て失敗に終わった。というのも、名前の気持ちは一切ぶれることはなく、自分よりも弱い相手に惚れるわけがないと見合い相手を倒してしまったのだ。この時ばかりは、八極拳を教えるべきではなかったのかもしれないと少し後悔した。
何度、子供にしか見えぬと告げたところで名前は諦めなかった。そりゃあもう一言で言うならばしつこい。
そんなやり取りを繰り返し繰り返ししていたが、名前の策略でついに儂の方が折れた。
あれだけしつこく毎日儂に付き纏っていた名前が、ある日突然それを辞めた。突然のことに驚きと物足りなさを覚える。それこそが名前の策略だったのだ。

「押してばっかりじゃダメだって、この前読んだ小説に書いてあったの」

嬉しそうにそう言った名前に、盛大に溜息を吐いた。完敗である。
儂が折れてからはすぐにいつもどおりの名前に戻った。いや、以前よりくっついてくる頻度が上がったか。
今日は買い物に出かけると言っていたがそろそろ戻って来る頃合いだろう。帰宅すると真っ先に儂の所にやって来る。

「老師ー!」

ガチャリ、と部屋のドアが開く。
ソファーに座っていた儂の前まで進んで来るとくるりと回ってみせた。

「見て見て、今日買ったこの服似合う?」

名前はスリットの深い青いチャイナドレスを着ていた。
贔屓するわけではないが、名前は何を着てもよく似合う。そして、彼女には青がよく似合う。

「ああ、無論よく似合っているがどこに着て行くつもりだ?」
「今度会合があるって言ってたでしょ?私も行く」
「……ならん」
「何で!?」

来週開かれる会合のことを言っているのだろうが、その会合は少々規模が大きい。
名前を連れていけば、間違いなく余計な輩に言い寄られるだろう。言い寄られた名前は必ず相手に手が出る。いや、手だけではなく足も出るだろう。
余計な騒ぎと面倒ごとは避けたいため反対したが、名前は反対されるとは思っていなかったのだろう頬を少し膨らませていた。

「名前」

名前を呼び側に来るように手を招く。素直に側に来た名前を膝の上に乗せ、髪を梳いた。さらり、と指から滑り落ちる金髪は美しく滑らかだ。

「そうさな……儂以外にお主のこの姿を見せたくないからと言えば、分かってくれるか?」
「え、そうなの?うん、分かった」

もう少し駄々をこねるかと思ったが単純である。

「いい子だ」

そう言えば嬉しそうに笑う。実に可愛らしく愛おしい。
儂以外に名前のこの姿を見せたくないと言ったのは、彼女を言い包めるためでもあったが嘘ではない。この美しい娘を独り占めしたいと思ったのは事実だ。
チャイナドレスのスリットから覗く白い太腿をなぞると、そのままスリットから手を入れる。名前の身体が少し跳ねた。視線を向けると、名前の瞳に熱が帯びている。
全くいつからこの様な色気を纏う様になったのか。子供の成長とは恐ろしいものである。綺麗に紅が塗られている名前の唇が開き、愛らしい声で言葉を紡いだ。

「老師、我愛イ尓」

返事の代わりに名前の唇に自分のそれを重ねた。


2019/1/13
イ尓って変換出来ないので、無理やりです。
どうしてもその台詞を言わせたかったんだ。
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