*02


今日会ったばかりの男の人に着いていくのは多少なりとも抵抗があったが、今頼れる人はこの坂田さん以外いなかった。
スナックお登勢と書かれた看板のある建物の二階には、万事屋銀ちゃんと大きく書かれた看板が掲げてある。
味のある字だ、と思いながら坂田さんの後ろに着いて階段を上がる。

「銀さんがけーったぞー。」

そう言いながら、ガラガラと扉を開ける坂田さん。電気は消えており、中には誰もいないようだった。
坂田さんは電気をつけながら、とりあえず上がって、と私に促した。慣れない草履を履いて歩き回っていたためか、指の間が擦り切れて白い足袋にうっすらと血が滲んでいた。
痛いが、坂田さんに気を遣わせたくないため、できるだけいつも通りに歩く。
応接間らしき部屋に通されると、ソファが向かい合わせに置いてあった。ソファがあるなんて、やはりここは江戸時代ではないのだろうか。

「で、こんな夜中に一人でフラフラしてどうしたんだ?」

急に核心をつくような質問をされて、動揺した。何と答えれば良いのだろう。
正直に話したところで、おかしい奴を拾ってしまったと思われて追い出されてしまうかもしれない。

「その…、道に…迷ってしまって…。」

「ふーん、どこ行くつもりだったわけ?てかさ、迷ったんだったらさっき道で聞きゃァよかったじゃん。」

ああ、もうだめだ、すべて見透かされているような気持ちになる。何と答えても墓穴を掘る気がしてならない。
坂田さんは、なおも私を真っ直ぐ見つめて、先ほどの質問に対する答えを待っていた。
その瞳に耐えられず、俯くしかなかった。

「本当はさ、違ェんだろ。どんな事情があるのかはわかんねーけど、そんな迷ったなんてチンケな理由じゃねえってことはわかるわ。普通よ、足、そんな擦り切れるまで歩くか?本屋で会った後も、その前も、ずっと歩き回ってたんじゃねェの?そんな思い詰めたような顔されたら放っときたくてもできねェだろうが。」

やはり嘘だということに気づかれていた。足だって隠しているつもりだったのに、ばれていたらしい。この土地に来てしまってから、初めて人の優しさに触れた気がした。その温かさに絆されてしまいそうで、でも確信がない以上、本当のことを話すことはできない、と思った。

「…、見ず知らずの私にそこまで優しくしてくださっているのに、本当に申し訳ないのですが、やはり今は本当のことは話せません。」

そう言うと、坂田さんは少し目を見開いて、驚いたようにそうか、と言った。しかし、誤解されたくないので私は言葉を続ける。

「話したくないとか、そういうわけではないんです。ただ、確証を得られないというか、はっきりしない部分があって。曖昧な表現になってしまいますが、そういう理由で話せないんです。本当に申し訳ありません。いつか、それがわかったら、お話させていただきたいです。」

坂田さんは、何だか納得がいかないというような顔をして、こちらを見つめていた。やはり、いたたまれない気持ちもありながら、思っていることを話せたことで、きちんと坂田さんの目を見ることができた。
そうして、少し無言の状態が続いた後、坂田さんが口を開いた。

「その一件、万事屋に依頼してみねェか?」

その一言に、今度は私が驚いた。しかし、依頼となると、やはりお金がかかるんだろう。かといってこの絶好の機会を逃せばまた路頭に迷うことになる。

「…依頼、ですか。でも私、お金もなくて、お金にできるようなものもないんです。」

「ハァ?マジで言ってんの?…あー、だからあの時も本買わなかったんだ?」

「はい…、恥ずかしい話、住む家もないんです。なので、これ以上坂田さんにご迷惑をおかけするわけにはいきません。」

マジかよ…、久しぶりに依頼が入ると思ったのに…、と何だか複雑な気持ちになる一言を呟いて、坂田さんは黙って俯いてしまった。
何だか悪いことをした気分になる。でも、依頼してお金を払わない方が悪いと思うから、きっとこれで良かったんだと自分に言い聞かせる。
すると、坂田さんがパッと顔を上げて、話し出した。

「お前、家ないっつったか?これからここ出て、どこ行くんだよ。」

「いやあ…、どこ、行きましょう…。宛てはないですね…。」

苦笑いしながらそう答えると、坂田さんはため息をつき、そのままここ出たら野垂れ死ぬか、吉原に売られるのがオチだ、と言った。
吉原、売られる、やはり江戸なんだろうか、という思考を遮って、坂田さんは話し続けた。

「あー、もし、お前が良ければなんだけど、よ。ウチで働かねーか?それで俺はさっきの依頼を受ける。お前が確証を得られないって言ってたことをはっきりさせるって依頼。お前はここで働くことで依頼料を払うってこと。住み込みで働けば家には困らねーし、このまま野垂れ死ぬよりましだと思うけど、どうよ?」

初めは、何を言っているのかわからなくて、ポカンとしてしまった。すると、私が何か考えているように見えたのか、いや、住み込みっていっても銀さんと二人とかじゃなくて、他にもいるし、そういうのはほんとに安心してと一人でしゃべりながら勝手に焦っていた。
もちろん、こんなに良い条件は無いと思うし、答えは決まっていた。

「はい、ぜひ、よろしくお願いします、坂田さん。」

そう言うと、坂田さんはニッと笑って、おう、と答えてくれた。


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