気づいたそれは、恋だった






次の試合にあたる相手チームのビデオをずっと見ていたら集中しすぎたせいか、時間というものを忘れていたようだ。
チラ、と時計を見ると針は9時30分のところにタイミングよく動いた。
意識し始めたら腹も減ってきてしまった。

「…コンビニでも行くか」

ハア、と息をついてからリモコンの電源ボタンを押す。
DVDやら資料やらが散らばる床を器用に歩きながら部屋をあとにする。
けだるい感じに足を進める中途は電気節約のためにほとんど消灯されており、辺りは真っ暗である。
電気をつけるのが面倒なのもあって特に気にせずクラブハウスを出た。



「おー、寒っ」

夜風が思いのほか寒くブルッと体を震わせる。
外着を着てくりゃあよかったな、と思いながら通り道である練習場の横を歩いていく。と、微かに聞こえてきたであろう。
ボールを蹴る音と無邪気な笑い声が。



ひょいと顔を覗かせれば想定していた人物が子供のようにボールと戯れていた。ように見えた。
楽しそうにドリブル、リフティングと器用にボールを蹴っている。
走る姿はまるで風をも味方につけたようだ。
お前のその姿にどれだけの人が魅了されたか、きっと知らないだろう。
無意識に口元が緩むのが自分でもわかる。

「練習のときにも、こういう風に出来たらいいんだけどなあ…」

そっと呟いてからその場をあとにした。



コンビニの袋をガサガサ下げながら帰路を歩いていると、またもやボールの音が耳に届いた。
まだ自主練してるのかよ。と半場呆れながら時計を見てみると、夜の10時を回ったとこである。
袋の中にある温かいモノを手に取り、そのまま足を進めていく。
行き先は、ボールの音がする練習場へ。



アイツがライトもない中で飽きもせず、毎日ボールを蹴る姿を俺はずっと見てきた。
サッカーのことを本気で愛してる。
だからこっちも本気でぶつかり合える。
もちろん椿だけじゃなく、ETUのヤツら全員もだ。
だがここぞと言うときに一番輝きを見せるのがお前だ、椿。見るもの全てを惹きつける、そんなモノをお前が持っているのを俺は知っている。


「だから無茶だけはすんなよー、っていつも言ってんじゃん」
「!?」

座っている人物のすぐ後ろから声を発したら、バッと驚いた形相でこちらを見た。
相変わらずビビりっぷりがすごい。

「かっ、監督!?いつからそこに…っ」
「お前ねえ、もう10時過ぎてんのよ?体ぶっ倒れるまで練習する気?」
「うっ…!」
「今日はもう休め、体も冷えるし」

ほい、とずっと持っていたソレを手渡す。
え、と間抜けな声を出して受け取ったが、冷たい椿の手には少し熱かったようだ。

「こ、これは…?」
「寒い中でも頑張って自主練するお前へのごほーびだよ」

“おいしいココア”と書かれた缶が椿の手の内に収まる。
正直言うと店でどれにしようか迷ったが、『ガキだから』という理由でポピュラーなそれを選んだわけで。本人がいなかったら俺が飲もうと思っていた。
短い沈黙のあとにあざっす、と小さい声が聞こえ、カシッと缶を開けた音が辺りに響いた。



よいしょ、と自分も椿の隣に腰を下ろす。
何も言葉を発しないでいれば静粛な空気が流れ続けるが、不思議と苦ではない。
ましてやコイツの場合、監督と二人だというシチュエーションにとても緊張しているのが見ずとも分かる。
まあそこが可愛いとこなんだけど、たまにはリラックスもしてほしいなあ。と、達海は静かに苦笑した。

「つーばきっ」
「う、あっ、はい!」

声をかけたら椿は大きく肩を震わせた。
特に意味もなくジッと見ていれば、頭にハテナを浮かべながら次の言葉を待っているようだ。
確かに、犬みたいだな。この際耳とか尻尾とか付けちゃえばいーんじゃねえの。

「…監督、聞こえてますよ」
「あ、声に出てたー?」

アハハと笑えば少しムッとした顔でこちらに睨みをきかせる椿。顔が赤いから迫力が全くないけれど。
それからちょっかいという名の椿いじりをしばらくしていた。
これはイジメじゃない、椿も楽しそうだった。多分。
冷たい風がビュウ、と吹いて木々の揺れた音がした。
そういえば時間、忘れてたな。

「そろそろ戻るかー」
「あっ、はい」

腰を上げてパンパンと土を払う。
ボールを取りにいってきます、と言って走った椿だが何分も立たないうちにこちらへ戻ってきた。さすが駿足なだけある。



「ちゃんとシャワー浴びとけよ」
「ウ、ウスッ!」

いい返事が聞こえたとこで自分も部屋に戻ろうとした。
が、ふと足が立ち止まる。


なぜだろう。

もう少し椿と喋っていたい。


もやっとそんなことを、思ってしまった。
瞬時に、もう夜11時を回ったとか明日はオフだとか色んなことが頭に入ってくる。
今までこんなこと思ったことなかったのに、と疑問に思いながら後ろを振り向けば、ロッカールームに行こうとしている椿の姿。


あれこれ考える前に口が先走ったようだ。

「椿、」

名前を呼ぶと、こちらに振り返った。
何ですか?と言おうとしていた椿の言葉は俺の言葉によってかき消される。
呼んだところで何を言おうかなんて考えてなかったが、そこは有り難く職権の力を借りることにした。

「見せたいDVDがあるんだけど、あとで俺んとこ来れるか?」



そう言うや否や椿は一瞬フリーズしたように見えたが、少したったあとでハイ、と嬉しそうに返事をした。

なんだよ、珍しく緊張しちったな。

達海はその意味も深く考えず、後で緊張して来るであろう椿の姿を思い浮かべて軽く笑った。






その意味が何なのか、俺は後ほど知ることになる。


110104



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