よくわからない日






「「「つばきーーっ!」」」



何、あのガキ共。

監督が不機嫌そうに呟いたのを近くにいた清川はしっかり聞いてしまった。
不機嫌の原因ともあろう椿の方を見ると、三人のユースの子供たちがフェンスの向こうから騒ぎながら椿と話している。
しばらくした後に椿が子供たちの方へ回ろうとしていたので、清川は時間とかの注意で一応声をかけておく。

「椿ー、あと10分で休憩終わりだからなー」
「ウ、ウスッ!」

子供たちの目はキラキラ輝いていて、椿も嬉しそうに笑っている。
人気者だなあ、と温かい目で見ていれば、近くにいる監督の不機嫌オーラが増した気がした。
背中越しに何を察したか、清川は石浜のところへ駆けていった。



「俺も椿に抱き着きたーいーっ」

肘をつきながらブスッとした顔で椿たちに目をやる達海の言葉を、たまたま隣にいた村越が聞いてしまった。

「オイ、声に出てんぞ」
「どーせ椿には聞こえてないもん」

アンタ本当に俺より年上か。
村超は頭が痛くなる思いで聞きながら、スポーツドリンクを手にする。

「俺が抱き着いてもさあ、椿あんな顔しないし」

抱き着いたのかよ、と心の中でツッコんだ村越も椿の方に目を向ける。
三人の子供にギュウギュウ抱き着かれながら何かを話している椿は、苦笑しながら確かに嬉しそうに顔を綻ばせていた。
まだ若いし、子供も好きそうだしな。
もう一度達海をチラと見たあと、呆れながらそういえばタオルの替えを持ってこようと考えていたのを思い出し、村越もその場から立ち去る。



「子供と戯れるバッキー、可愛いねえ」

ジーノが来た。
達海はジーノの言葉を無視しながら椿の方をじっと見ている。
絶えずキラキラオーラを放つその人物は、「子供は犬が好きだからね」と呟いてさっさと行ってしまった。
何しに来たんだアイツは、と思いながら達海は近くの時計を見る。
あと2分くらい残っている休憩時間だが、ユース生と椿を離すためか自分がつまらなかったのか、「練習再開ー」とだるそうに声を出した。


練習が終わって着替えをしていると、不意に清川が椿の元へやってきた。
清川は苦笑しながら、「監督って子供みたいだな」と言い飲料水を手渡す。
あざっす、とお礼を言った椿はその言葉に首を傾げつつ、あまり考え込まずにタオルやらバッグを整理し始めた。


部屋を後にすると、たまたま向こうから村越の姿が見えた。
椿は「お疲れっス!」と頭を軽く下げ、自室へ戻ろうとした。が、村越に名前を呼ばれその場に立ち止まる。

「監督の言うこと全てが良いってわけじゃないからな…」
「へっ!?」

ポン、と肩に手を置かれ憐れみな目で言われる。
目を見開いて固まっていると去り際に「まあそのうち分かる」と付け足された。
そのまま後ろに去っていく村越を目で追いながらポツンと突っ立っていれば、丁度見計らっていたかのようにジーノが輝かしく歩いてきた。

「おや、バッキー」
「あっ、王子!お疲れっス!」

手を軽く挙げたジーノにまたも挨拶をする。
練習の後と言うのに王子の顔に疲れた様子はなく、爽やかスマイルで底知れぬ力の違いを感じさせられた。
ジッと王子が自分の方を見ているので、疑問符を頭に浮かべたまま問いかけてみる。

「あの、王子…?」

どうかしましたか、と言おうとしたときにフフッと笑う王子の言葉に遮られた。

「子供たちといいタッツミーといいホントに犬が好きなんだねぇ、と思ってさ」
「はい?」
「僕も犬が好きなんだけど、誰これ構わず懐いちゃうから。そろそろ放し飼いも辞めようかと考えててね」

そう告げた王子は何やら楽しそうにこちらを見る。
王子って犬、飼ってましたっけ?と口に出せば、笑うだけで何も言わずにスタスタと歩いていってしまった。
何なんだ今日は。と、少し混乱しながら自分も自室へと足を進める。



部屋に入りふと携帯に目を向ければ、チカ、チカ、と赤い光が点滅していた。
パカッと慣れない手つきで画面を表示しメールを開けば、相手は愛するあの人で。
“部屋に来て”とだけ書かれたメール文を返すこともなく、その場を後にした。



「椿、抱きしめて」

部屋に入るなり監督はブスッとした表情で、両手をこちらに差し出して待ち構えている。
何が何なんだ、とわけもわからずうろたえていると「早くぅー」と催促された。
もう恋仲な関係とはいえ、こういう行動には未だに慣れない。
頬に熱が集まるのを感じながら、仕方なくおずおずと監督の体を抱きしめる。
達海の顔が見えなくて少し不安を感じていると、背中をギュッと力強く抱きしめられたのがわかった。

「か、監督…?」
「ンー?」
「…何か、あったんスか?」

監督から催促されるのは珍しい。
何か不安事があるんじゃないか、と椿は恐る恐る聞いてみる。が、返答がない。
だんだん恥ずかしさと混乱でパニックになってきた椿は、心拍数を上げながらただただジッとしていた。

「(な、なんかしたかな俺…!?)」

と若干泣きそうになっている椿の顔は真っ赤になっているだろう、耳まで赤くなっているのが達海にもわかる。
椿のあの笑顔が見れないのは残念だが、これはこれでまあいいや。と、達海は薄く笑った。

椿は俺の恋人なんだから。

戸惑う椿の首に、唇をよせる。
ビクッと体を震わせた瞬間、チリッ、と痛気持ちいい感覚が首の横に感じた。

「なっ、あ…、あの、監督…!?」

バッと体を放そうとする椿だが、達海によって力強く締められた細い体ではそれが叶わなかった。
後ろでは気づかれないようにいつもの悪い笑みを浮かべる達海の姿。

「椿は俺のモンって、印」

完璧に混乱している椿をよそに、達海はニヒーっと笑った。



やっぱり今日は、よくわからない日だ。

困惑した表情を浮かべていた椿は、お返しと言わんばかりに抱きしめている腕に少し力を入れた。




110103




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