フェンス越しの君






正月の朝早くからグラウンドに一人。
雪が積もってて誰の足跡もない中に、自分だけ立っているのは何とも清々しいなあとぼんやり思いながら歩く。
途中、ハァ、と吐いた息が白い。
ジャージで外に出たため寒さで体が身震いするが、目の前の銀世界に胸が躍りザクザクと雪を踏み締めていく。

「走りたいなあ…」

静粛の中、ポツリと呟く。
それに応えるように体を真ん丸にしたスズメたちがチュンチュンと鳴いた。
ああ、本当サッカーが好きなんだな、俺。
改めて思ってしまうと少し恥ずかしいものがあるが、この中断期間に思いっきり動けないのはやっぱり厳しいもので。
足元の雪を掬うように手に取り丸める。
それを宙に向かって、思いっきり投げた。
日の光が眩しくて目を細める。

「…、ぶあっ!」

ベシャッと顔に雪玉が降ってきた。
そうだ、真上に投げたなら当たり前か。
冷たさと驚きで唸りながら慌てて顔に手をやる。

「ハハハッ!」
「!?」

不意にフェンスの向こうから誰かの笑い声が聞こえた。男の人だ。
白く無音な中で、サクサクと歩み寄ってくる人物をじっと見守る。
カシャンと音を立てフェンスの前まで来たその男は俺を見て、ニィと意味深な笑みを浮かべる。

「もっ、持田さん…!?」
「やあ、椿君。こんな朝っぱらから会うとはね」
「ど、どうしてここに…っ」

思わぬ人物の登場により鼓動が早くなる。
相変わらず笑顔が怖い!と思いつつフェンス越しの男の元に駆け寄った。

「寒くないの?」

その格好、とゆるく指差され問いかけてきた持田の方を見れば、黒いパーカーにマフラーを簡単に纏っており、そちらの方が寒そうだと口に出かかったが止めておいた。

「さっ…寒いですけど、その、雪見たら思わず出てきちゃって…」
「ぶ、ははっ!だからってこんな朝6時にグラウンド?しかも、元日に」

笑う彼に対しどう答えればよいのかと戸惑っていると、その様子に気づいたのか持田はチョイチョイと指を動かす。
まるで“こっち来い”と言っているかのように見えるが、ハタからしてみれば挑発か何かのように捉えてしまいそうな合図。
頭を混乱させながら少し近づくと、持田は自分の手をパッと出しながら「手、出して。」と告げる。
わけもわからず赤く冷えた手を差し出す。と、少し強引に手を捕まれた。

「ヒッ…!」
「うっわー…超つめてぇんだけど」
「も、持田さんこそ、つめたいじゃないですか!」

あまりに冷たくて自然と身震いが起きる。
フェンスの向こう側にある自分の手に、低い温度の手がゆっくり絡まってきて、体温を奪っていくかのように擦り寄るのを繰り返していく。
ふと持田を見ると、いつの間にか彼の顔から笑みが消えており、無表情で手を摩り続けていた。

「!?(お、俺、なんかしたっけ…!?)」

沈黙の中、ただ手を摩られている光景に心臓をバックバクさせながら固まっている椿を見てか、持田は無意識に口角を上げてフッ、と薄笑う。

「そんなに緊張しなくてもさあ…、今は試合じゃないんだから」
「へ…!?あっ、す、すいません…」
「椿君、俺のこと怖い?」

はい、すごく!!
なんて本人に言えるわけもなく。
未だに手を摩り続けている持田の目をこんな至近距離で合わすことは出来ないと、少し下の方に目をやる。
地面では日の光が当たって、雪がキラキラ輝いている。
逃げ出したいがそれすらも叶わず、ただただじっとしていることしかできない。
白い息がふたつ、何とも奇妙な空間だ。

「…椿君ってさ、休むことを知らないよね」
「え?え、あっ…はい」
「こんな寒い中にそんな薄着で、風邪ひいたらどうするわけ?選手が風邪で動けないとか超ウケるんだけど」
「え、と…」

最もなことを言われて躊躇する。
風邪をひいたことはあまりないが、確かに体調管理が出来ない選手なんてピッチに上がる資格はない。
休むのも仕事のうちだと言われたことがある。
黙って下を向いていると、不意に手を持ち上げられる感覚がして目線を前に戻した。

「っ…!?」

すると持田の口元に自分の手が移動しており、まるで手にキスを落としているような光景が目の前にあって。
椿は目を丸くしながら顔に血が昇ってくるのを感じた。

「も、持田さん…っ!?」

手を退こうとすれど、強い力で抑えられていてビクとも動かない。
ハア、と吐いた持田の生温かい息が手にかかりビクッと肩を震わせる。

「椿君の手、温めてんだよ」

へ、と間抜けな声を出してしまった。
あの王様が他人のために何かをするとは正直思えない。
じっと見つめていれば、持田の目とかち合ってしまい、バッと目を逸らす。
ぶはっ、と笑い声が聞こえた。

「顔が赤いのは寒さのせい?」
「……っ」
「ここに来たのはただ椿君に会いたかったから。まさか、一番早く会えるとは思ってなかったけどね」

チュッ、と軽く音を立てて手の甲にキスをする。
何回目かもわからない驚きを隠せず、ただ呆然と彼を眺めた。
持田の口は楽しそうに弧を描いている。

「椿君のいない試合なんて、意味がないよ」

持田の冷たい手が頬に触れる。
ああ、きっと俺の顔は真っ赤だ。
だってこんなにも彼の手が気持ちいい。
そう確信したときにはもう手に冷たさを感じなくなっていた。


そして、彼の唇に自分のを重ねた。

フェンス越しの熱を求めて。




110102




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