私はもう、泣き出したい気分だった。

潮溜まりに両手を入れて。
――生温い水の感覚、

その底を指で探る。
ビシャビシャと飛沫を立てるのも構わず狂ったように求めた。
ざらざらだがぬるぬるで、時折ちくと痛みが走るのも気にせず、もどかしい指使いで鱗の1つを拾い上げた。

「嗚呼、此所に居たんだね君は、」


鱗は美しかった。
微かに虹色を纏った、半透明のそれは。

あの子の物だ。
虹色に輝いていたあの子の。

「私は、人魚を見たのだ。」


あの日。
忘れもしない。初めて海に触れた、57年前の、あの3月2日に。今日のように穏やかな晴れの昼間に。
夢ではない、その眼でしかと見たのだ、虹色の半裸の少女を。

そして、私は――。



「おじいちゃん!」

声、これは、


「サトル、ほら…見てみなさいこれを…」

私は此方に駆け寄ってきた少年に、その宝物を差し出した。



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