マグダラの肖像 01

*脹相高専預りif
*かなり癖の強い夢主


 その女は、整った容姿こそしているものの、絶世の美女という訳ではなかった。そも、自分は異性の見目の良さで心乱れる経験なぞしたことがない。そういった感性を持ち合わせてはいないはずだった。
 けれど、遠い記憶の中の母以外はどれも概ね同じに感じられるオンナという生き物の中で、彼女だけは一目見た時から不思議とキラキラと輝いて見えた。
 綺麗に切り揃えられた髪に手入れの行き届いたきめ細かな肌がやけに魅力的に感じられて。長いまつ毛に縁取られた双眼がこちらを見つめた時、心臓が小さな音を立てた。
 薄く紅が塗られた唇が「はじめまして」とごくありふれた挨拶を口にすれば、喉の奥に何かが詰まるような感覚がする。らしくもなく、しどろもどろになりながら言葉を交わした。
 ――だが、そこまでだった。
 頬にかかった髪を耳にかける彼女の左手、その薬指に光る銀色の小さな輪が目に止まった途端、それまで自分を支配していた得体の知れない眩しい感情は、名前がつく前に急速に色彩を失って胸の奥深くに沈んでいったのだった。


 マグダラの肖像


 どうしようもない体の火照りと空虚感を埋めるため、今日も見ず知らずの男に自分の身を差し出す。もう何年も続けているもはやありふれた日常の一部。
 髪はウィッグで色も長さも変えて、化粧は濃すぎない程度にいつもよりしっかり、そして何より崩れないように。服とアクセサリーはわざと好みから外れたものを。公私は元々きっちり分けたいタイプだけど、この習慣は特にそうだから高専の関係者と顔を合わせた時に身につけていたものは絶対に選ばない。
 いざ体を売る時は後腐れがないように、これがお互い合意の上の一夜限りの関係だと目に見えて分かるよう金をきっちり貰っておく。私だって一応は一級術師、生活に困ってはいないから、額面だけで相手は決めないけれど。ただ、あまり安売りすると舐められるから最低限の線引きはする。
 初夏の夜、わざと隙を作ってその辺の飲み屋街近くの公園に立てば、いつものように男を釣ることができた。今夜は私より20は歳が離れていそうな細身で白髪混じりの柔和そうなジェントルマン。まあこんな形で女を買ってる時点で紳士ぽいのは見た目だけで中身は違う気がするけれど。
 でも、金払いも物腰も悪くない。女の扱いは手慣れているようで、それなりに楽しい夜になりそうだった。
 期待しすぎが良くないのは分かっている。でも、たまにアタリを感じてしまう瞬間があって、もしかしたらと思う気持ちを止められない私はどうしようもない馬鹿だ。どうせ誰も私を満たしきれない、よくて一次の肉欲の処理にしかならないのに。だから、特定の相手を持たずこんなことばかりしているのに。
 ニコニコ愛想笑いを浮かべ、相手にとって都合の良さそうな女を演じる。自分で言うのも変だがこうなる前はただ一人の人に尽くしていたのに、気がついたら爛れたやり取りにすっかり慣れてしまっていた。
 自分自身に呆れる気持ちを顔には出さないように胸の奥に押し込んで、男に肩を抱かれながらラブホテルまで歩いていると不意に視線を感じてハッとする。
「どうしたんだい?」
「……ううん、ごめんなさい。なんでもないわ」
 こちらの顔を覗き込む男の腕に自分から抱きついて私はニコリと微笑んだ。
 まさか、ね。
 一瞬だけ頭によぎった可能性はさすがにないと思った。変装は完璧だ。至近距離ならともかく遠目で気づくはずがない。
 うっすらした疑念と不安を振り払うよう、ほんの数秒だけ瞼を閉じて軽く首を振る。そんな私を嗤うように夏の香りを乗せたぬるい風が頬を撫でた。




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