ほら、また回り始めた
一晩、共に夜を過ごしたブルーちゃんに惜しみながら別れを告げ、また会おうという約束をしてポケモンセンターを出た。
ガールズトークという名の拷問にかけられたおかげで寝不足の事態になってしまったが、こういうのは久しぶりで楽しかったので良しとす
る。
てかブルーちゃん可愛かったしいい子だったし文句のつけようがないんだけどね!つけようとも思わないし!それにこの子たち全員にも名前もあげられたしとってもスッキリした気持ちだった。
あ、勿論ブルーちゃんの電話番号はゲットした。てかしないと損。でもブルーちゃんはライブキャスターじゃなくてポケギアだから音声のみになっちゃうんだけどね。まあ、交換できただけで嬉しいので全然オッケーって思うので大丈夫だもん!
…そんなことをこそこそ考えていたらジュペッタに顔を叩かれた。地味に痛い。気持ちわるいってことなのかなぁ…と思ったので無意識に緩んでいた口をなおした。
ジュペッタを抱え直しPWTまで歩く。ぽかぽかの陽気が気持ちよい。太陽はもう頭上まで来そうだ。ふわぁと思わずあくびをすればジュペッタも一緒にあくびをしてくれた。それがなんだか可愛かったので小さく笑った。
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「やっぱりでっかいなぁ…」
ところあまり変わらずただいまPWT前。昨日より賑わっているのは何故だろうか。あれか、ナナミお姉ちゃんが美人だから集まっているのか。あ、違いますね、すみません。
とりあえずPWT内に入る。勿論ジュペッタは抱えたままで。これできっとナナミお姉ちゃんも気づいてくれるだろう。でも、私何も言わずにイッシュ来ちゃってるから怒ってるかなぁ…。まあ、そんなことをいま考えていても仕方がないのでナナミお姉ちゃんを探すことにした。
青いカーペットの上で左右を見渡しながらナナミお姉ちゃんを探す。その中でエリートトレーナーや山男などは凄くハイテンションだった。…こういう誰かがテンション高い時とかは嫌な予感しかしない。でもなんだかいつもと違う感じのやつ。こう、身の危険って訳じゃないけど何かが違う。背筋が伸びるみたいな?…やっぱり何かが違うなぁ。うーん。
…とりあえずナナミお姉ちゃんを見つけなければならないのでその思考を一時中断し、ひたすら歩く。すると、それっぽい茶髪ロングの優しそうなお姉さんを発見した。誰かを送り出しているようだ、遠目なので詳しくは分からないが。
やがてそれが終ったらしく振り返ったお姉さんはやはり見間違うことはなく、確かにナナミお姉ちゃんで。あちらも私に気付いたらしく、大きな眼をさらに大きくしてこちらをみてくれた。嬉しかったので小走りでナナミお姉ちゃんに近づいた。
「ナナミお姉ちゃん!」
「…パスカ、なの?」
え、本物?生きてる?偽物じゃないよね?とペタペタ触ってくるナナミお姉ちゃんに私は苦笑いした。そこまで確認しなくてもなんて思う一方で役得か?と考えてしまった。終いには泣きながらよかった、よかった!!と抱きついて来たので私も背中に手を回してあげた。
やがて涙がおさまるとはっと、なりごめんねとナナミお姉ちゃんは一歩ひいた。別に嬉しかったのでまだしていても良かったのだが、まわりの人の目線が怖いので大丈夫だよ、と返しておく。ナナミお姉ちゃんは少し落ち着いたようだったので、忘れる前に仕事をしなければと思いポシェットから茶封筒を取りだした。
「はい、どうぞ。アララギより預かってきたオーキド博士宛の文書です。」
「あら、おじいちゃん宛てなのね。分かった、ちゃんと届けておくね」
「ありがとうございます」
少し微笑んでくれたナナミお姉ちゃんはやはり美人になっていた。それでも優しい口調と素敵な笑顔は変わっていなかった。てか昔から美人だったけどね!
仕事も終ったので敬語をといた。そうするとやっぱりそっちのほうがパスカっぽいね、とまた笑ってくれた。
「そういえば、なんでパスカはイッシュに来たの?」
「んー、なんでだったっけ?」
「何それ!」
「多分旅行のパンフレットとかでみたんだと思うんだけど…よくは覚えてないや」
「そっか。じゃあ今までアララギ博士のところで働かせてもらってたの?」
「うん。助手?っていうかお手伝いみたいな」
「へー。私もおじいちゃんの助手とかやってたのよ!」
「そうだったんだ!じゃあ今日も仕事で?」
「ううん。今日はついでなの。おじいちゃんからメールで手紙をもらってくるんじゃ!!って言われちゃって」
「ついで?」
なんだろう、聞いちゃいけない気がする。きっとあらかた予想か出来たからだ。だっておじいちゃんが頼んだってことはまだカントーにいるはずだから、ナナミお姉ちゃんがこんなところで見送る人なんて一人しかいないんだ。
きっとその名は
「うん!グリーンがPWTに呼ばれたみたいでついでに遊びにきたの!」
ほら、やっぱり。あいつなんだ。名前だけなら全然大丈夫だけど、さっきナナミお姉ちゃんが送り出していた人はあいつなんだと思うと少し寒気がした。
もう少し早く来ていたら、鉢合わせなんてこともあったのかもしれないのだ。嫌だ、嫌だ、まだ会っちゃいけない。会えばきっとまた泣いてしまう、また傷つける言葉を放ってしまう、また、おじいちゃんのもとへ行けなくなってしまう。それだけは絶対に嫌だ。
「…パスカ、大丈夫よ。暫くグリーンはPWTにいるから」
「…へ?」
弱冠俯いていた私の心境を察したのか、ナナミお姉ちゃんが優しくそう呟いた。そこから導き出される答えはただ1つ。
「ねぇパスカ。カントーに戻ってこない?」
「…考えてみるね」
「…そう」
なんだか微妙な空気になってしまった。でも、大事なことは簡単になんて決められないのだ。カントーに戻る、ということはイッシュを、一緒に仕事をしたベルちゃんの側を、今までお世話になったアララギ博士のもとまでも離れるということなのだ。
今まで培ってきた物を総てすててまで、しなければならないのか。でも約束も果たさなければいけない。どうしようか、と悩んでいるとナナミお姉ちゃんが口を開いた。
「そんなに悩まないで。あなたにはきっとそれを受け入れてくれる人がいるはずだから。」
「…?」
「それに、私は一緒にお茶が飲めるだけで十分だから、ね?」
そう笑ったナナミお姉ちゃんはどこか悲しそうだった。さて、と区切りをつけナナミお姉ちゃんは茶封筒をバックにしまい、こちらに向き直った。事情を問うとどうやら飛行機の時間を間違えたらしく、もう帰らなければならないらしい。
「じゃあname#、考えておいてね」
「うん。ナナミお姉ちゃんは気を付けてね」
「ありがとう」
この場から去る足は速かった。
それからどうしたのだろう。気が付けば研究所に戻ってきていた。すぐに部屋にこもってベッドで体育座りをする。冷たい布団が火照った体からほんのすこし、熱を奪った。
放心状態だったってあとでアララギ博士が言っていたけど本当のところは分からない。
考えなきゃ、私の望む未来を。これからどうするか、どうしなきゃいけないのか。考えなきゃ、考えなきゃ、考えなきゃ。
そうして考えぬいた末、たどり着いた当たり前の答えを、滲む涙を隠しながら馬鹿らしいと、笑った。