雑学は朝食時に | ナノ 秩序の軍の朝は、実は常に皆が揃っている…訳ではない。
本拠地であるスコールの世界と思しき深い森の中。大抵は皆、日の出前辺りから起きだし…起きた者が森へ狩りに行き…その後に起きて来た者、起こされた者の中で料理の出来る者が炊き出しを始めて、大体日の出と共に朝食となる。
が、しかし。
前日、夜半過ぎまで戦闘を強いられていた者が居る場合には、この限りではない。
例えば。
戦闘区域に赴くと、稀に尋常ではない数のイミテーションが散らされていることがある。
そのイミテーションの掃討で、またホームに戻ろうにもそのイミテーションに行く手を阻まれて、夜半過ぎまで戻れない場合があるのだ。
他にも、敵に追われて探索の手を入れていない場所に迷い込んだ場合や、身を隠したまま移動が出来ない状態に陥ることもしばしばある。
感知範囲の広いティナが居る為、無事か否かだけは解るのだが、待つ方も気が気では無い。戻らない仲間達を想い、仲間達が戻るまで皆起きて待っている。
だが、夜半過ぎまで戦闘を強いられた者程疲労はしない。
そんな訳で秩序軍には、前日、相当な疲労をしていた者達に関しては、朝は起きるまで眠らせておく、という習慣が出来上がっていた。
最も、疲労していようが具合が悪かろうが通常通りに起きだして来る者も何人かは居た。
そんな時には、横になっていることを勧めたり、最悪、制裁を加えて強制的に休ませたりもしていた。
そんな訳で。
その日、ティーダは前日にパーティを組んでいたクラウドと、朝寝坊を許されていた。
前日の夜、クラウドと共にイミテーションの群れと、ホームから離れた世界で昼前から日付の変わるまで戦っていたのだ。
幸い、襲い来るイミテーションはどれも力の無いものばかりではあったが、戦っている期間が期間だ。
いくらティーダがスポーツ選手で体力があるとはいえ、限界がある。
ティーダが重い瞼を開けると、既に厚布から外の光が透けてテント内は明るくなっていて。
身を起こしてはいたが半分眠っているようなクラウドが、まだ掛布から足も抜いていない状態で、着替えもせずにぼんやりと瞬きを繰り返しながらこちらを眺めていた。
兵士であるクラウドが、寝起きが悪いとは珍しい。
…が、今までにも何度か、こんなクラウドは見たことがある。
疲弊した次の日の朝には、
極々稀にではあるがこうなる場合があるのだ。
強化改造されているとはいえ、やはり人は人。
そんなことを回らない頭で考えていると、ふいに開いたテントの出入口から差し込んできた光に目を射られて、思わず目を閉じ顔を伏せた。
「あっ、ごめん!」
途端、謝罪の声がして、光が遮られる。
伏せた顔をそっと上げ目を開いてみれば、閉じた出入口の手前に、ティナとオニオンが居て。
「ごめん、起こしちゃった…?」
と、済まなそうに眉尻を下げてオニオンが訊いてきたのだった。
ティーダは、曖昧に首を横に振ると、回っていない舌と開かない唇で「…起きてた…」と呟いて応えた。
「まだ寝てる?」
首を傾げるオニオンに、ゆっくりとした瞬きをしながら、ティーダも僅かに首を傾げる。
ティナが言った。
「火、そろそろ落とそうと思って…」
2人が朝ご飯食べられそうなら、火を消すのは2人のご飯が終わってからにしようって思ったの。
お鍋がまだ、かけてあるから。
そう言うティナに、ティーダは浅く頷き、重い身体を起こし始めた。
「食べる?」
「…うん…食う…」
のっそりと身を起こすティーダの肩を、ティナが抱えて起きるのを手伝う。
その間に、オニオンはクラウドを覗き込んだ。
起きるティーダを、やはりぼうっとしたまま眺めていたクラウドだったが、オニオンに覗き込まれるとそちらに視線を移し、兜の無いその頭をわしゃっと撫でてから行動を開始した。
「クラウドも食べる?」
「ああ」
ティナの問い掛けに、自分よりもはっきりとした声でクラウドが答えているのを聞いて、ティーダは重い頭を振って眠気を払った。
「ティーダ、着替えはどうする」
そのはっきりとした口調のクラウドに訊かれ、自分もはっきり答えようとしてみる。
「…あ、とで…」
無理。眠い。
呂律の回らない口調で言いながら、薄着のまま、端に寄せておいた具足に乱雑に足を通す。
そうして、ティナが捲り上げて、そのまま持っていてくれた出入口の厚布を潜り抜け外へ出た。
…外は寝起きには少々眩しかったが、新鮮な風と、太陽の光と…青い空に風で揺れる梢。
それらを仰ぎ見れば、少し、気分がしゃんとした。
両腕を大きく上に伸ばして広げ、背筋を伸ばす。
漸く目が覚めた。
振り返って、今はもうテントの外に居る3人に、改めて「おはよーっス!」と声を掛ける。
クラウドは普通に、オニオンはクラウドに撫でられた頭を仏頂面で掻いて、ティナは笑って、「おはよう」と返してくれた。
ティーダは出てきたテントに背を向け、辺りを見渡す。
テントの張ってある開けた場所の中央に、石をくりぬいた大鍋があって。
石を組んだ簡易的な釜戸で燃える火にかかっていた。
ティーダ達が歩きだす前に、ティナが小走りに鍋に近付き、木を削った椀を、鍋の近く、洗った葉の上から取り上げ…。
「ティナ、いい。自分でやる」
あんたにも今日の準備があるだろう。食事が済んだら鍋もこっちで片付けるから。
そういうクラウドに、でも…と困った様子でティナが首を傾げるので、ティーダも大きく頷いた。
「片付けとか得意だから、平気っスよ」
言えば、2人共ああ言ってくれてるんだから、ほらティナ、と、オニオンがティナの背中を後ろから押して離れていった。
ティーダはそれを見送った後、うきうきと木製の椀を持つ。
鍋の大きさから見れば少なくはあるが2人分としては申し分ない量の汁物が、鍋底でくつくつと、良い音を立てていた。
それを木製のおたまでよそい、クラウドに渡す。
「すまん」
「全然っス!」
そして自分。
並々とよそったそれを、零さないように注意しながらクラウドが座った隣に座る。
「いっただっきまーす!」
と言うが早いか、木製のへらのようなもので掻き込んだ。
少々濃い目に味付けされたとろみのある汁に、良く煮込まれた野菜と肉。
「旨っ!」
叫んで掻き込むティーダを、クラウドは面白そうに見てから口を付けていた。
早々に1杯目を平らげて、へらをくわえたまま2杯目をよそりに行く。
クラウドの隣に戻ってきてから、ティーダはへらをくわえたまま改めて皆を見渡した。
オニオンに押されていったティナは、ウォーリアと装備の相談をしているらしい。
ジタンは何やらセシルの荷を物色していて、スコールは止めようかどうしようか迷っている様子。
それをバッツが爪を塗りながら笑って見ており、フリオニールは苦笑して当事者を呼びに行…。
…ん?
ティーダは得体の知れない違和感を覚えて、もう一度最初から皆を凝視する。
ウォーリアとティナとオニオンが装備の相談。
これはいい。
ジタンがセシルの姿を見止めるなり、彼の荷を抱えて逃げ出した。
まぁ、そうだろうな。
スコールは呆れて額に手を当て、セシルは、呼びに来たフリオニールと、少しだけジタンを追い、苦笑した顔を見合わせて諦めた様子で。
それを見ていたバッツやはり、笑いながら爪を塗…。
ティーダはくわえていたへらをに落としかけた。
慌てて手に持ち変え、勢い良くクラウドに顔を向ける。
「く、く、く、クラウド、クラウド?」
クラウドは口に汁物を含んだばかりらしく、咀嚼を開始しながらティーダを見た。
「?」
「な、な、なん、なっ!」
「…?」
若干錯乱した口調では何を言っても通じない。
ティーダはバッツを「あれ、あれ!」と指差した。
クラウドは咀嚼後に飲み込んでから、ああ、と呟く。
「ジタンは物色するだけで、盗る気は無いのが解っているから本気で追わないんだろう。そもそもジタンは仲間から何か盗るような奴じゃない。それに盗るつもりだったなら先ずバッツもスコールも止めているだろうし、第一持ち主を呼びに行く前にウォーリアが許さな――」
「違う違う! そんなの知ってるっつの! そうじゃなくて、バッツの方!」
何やら勘違いをしたらしいクラウドの解説をティーダは思い切り首を振って否定し、再度バッツを指した。
クラウドも唖然とするだろう。
…と思いきや。
「…?、?」
訝しげな表情で、「あれがどうした?」とでも言いたげに首を傾けてきただけだった。
「なんっ…爪塗ってるんスよ?! 男なのに!!」
叫べばクラウドは、今度はぽかんとした表情でティーダを見つめ、「…は?」と、実際に声に出して首を傾げた。
は? …って…。
あれ普通なんスか?!
俺がおかしい訳?!
ティーダが混乱して硬直していると、クラウドはへらを口にくわえ、空いた手で離れた場所に居るセシルとフリオニールを呼んだ。
「何だい?」
「どうした? クラウド」
やってきた2人に、クラウドは「爪を見せてくれないか」と言う。
2人は顔を見合わせて、同時に利き手を、甲を上にして差し出してきた。
クラウドはそれを見ると、1つ頷き、「塗ってる…よな…」と呟く。
硬直から抜け出せないティーダを余所に、セシルとフリオニールはクラウドに笑った。
「どうしたんだ、いきなり」
「クラウドだって塗ってるだろ?」
いや、何でもないんだ、とクラウドは言って、2人を帰した。
…やっぱ俺がおかしいみたいだ。
その後の、静まり返った雰囲気に、ティーダは椀を置いて頭を抱える。
「…そうか」
クラウドの声がした。
「ティーダは知らなかったんだな」
…?
ぽかんとして顔を上げると、丁度クラウドは2杯目をよそりにその場を立ったところだった。
戻るまで、何となく目でクラウドを追う。
間もなくティーダの隣に戻ったクラウドは、へらを椀に差し入れた後、ティーダに言った。
「ティーダの世界では、爪を塗るのはどんな奴だ?」
「大抵は…女の人っスね」
皆のところは違うんスか? と問えば、クラウドは首を横に振った。
「同じだ。大抵は女の嗜みだな。俺の世界ではそうだったし、皆も同じようなものらしい。」
「じゃあ何で…」
クラウドは、良く煮えた野菜を掬って口に入れた。
取り敢えずティーダも肉なんぞ掬って食べておく。
飲み下してから、クラウドは言った。
「『大抵は』女の嗜みだが、例外もあるんだ」
「男も塗る場合?」
「そうだ。その例外の1つが、踊り子や道化」
踊り子、と聞いて。
ティーダはダンスを披露することで人気を得ていた、自分の世界のユニットを思い出した。
ブリッツだったら負けねぇのに、とか、多少その人気に嫉妬していたと思う。
確かに彼らは化粧していたし、爪も塗っていた。
ティナの宿敵たる道化は言うまでもない。
ティーダは納得して頷いた。
クラウドは、頷き返してきてから、再び口を開く。
「2つ目が、地位の高い者」
「あ〜…」
ティーダは嫌そうな顔をして頷いた。
あの、人を馬鹿にする為に生きているような、きんきらした皇…帝? サマは確か塗ってた気がする。
奴の顔を思い出したことを心底後悔していたら、クラウドも同じような表情をしたので、奴が嫌なのは自分とフリオニールだけではないのだと少し心が晴れた。
「それから?」
ティーダは問う。
クラウドは汁物を啜ってから、少し笑った。
「とある戦士達。これが3つ目だ」
さてティーダ。問題だ。と、クラウドは言う。
「『とある戦士達』とは、どういう戦士か」
ティーダは眉間に皺を寄せた。
バッツは塗ってた。
んでもって、フリオニールもセシルも塗ってて、クラウドも塗ってる。
でも、塗ってない戦士も居る…?
食事の手を止めて考え込むティーダに、クラウドは言った。
「ヒント。ウォーリア、スコール、ジタンは塗っていない」
…それじゃあ他の人は塗ってるってことで…。
文、明? の、問題?
文明高い方が塗ってないとか。
でも、ウォーリアとジタンも塗ってないんじゃ関係なさそうだし…。
「ヒントその2。ティーダも塗らなくて平気」
えええ…。
その3人と俺って共通点あるんスか?
剣…は、他の奴だって殆ど剣だし、ジタンはダガーだし…。
素早さ…は違うな。ウォーリアとスコールはそんなに足早くないしな…。
考え込むティーダに、クラウドは隣で少し楽しそうに笑った。
ティーダは若干膨れてクラウドを見る。
クラウドは言った。
「最後のヒントだ。俺は片手だけ塗ってる」
クラウドはそう言って、いつも指先が出ているグローブを着ける方の手を、軽く振って見せた。
「あ」
ようやっと思い当たる。
「素手の戦士が塗るんスね!」
「『素手』は丸腰って意味だぞ? だが、正解」
食え、と軽く顎で示されて、ティーダは上機嫌で汁物を掻き込んだ。
隣でクラウドが言う。
「グローブを着けない戦士はな、戦闘の時に爪を割れにくくする為に、補強として爪を塗るんだ」
「へぇ〜! 趣味とかじゃ無かったんスね」
俺、知らないまんまだったらバッツからかいに行って大恥かいてた。
そう言ってにいっと笑い、クラウドと目を合わせると、クラウドは吹き出した。
ティーダも声に出して笑う。
「でも、いっつも敵に攻撃されてんだから、爪割ったくらいじゃダメージになりそうにない気がするっスけどね〜」
さらりと言って、ティーダは椀の底に残っていた野菜を掬って口に放り込んだ。
そんなティーダに、クラウドの苦笑する声が聞こえた。
「お前は割ったことがないからそう思うかもしれないがな…」
クラウドの言葉に、ティーダは咀嚼をしながらクラウドを見る。
クラウドは明後日を向いていたが、ティーダに見られたのが判ったのか、こちらに顔を向けた。
「実際割るとな」
瞬間、怖い顔になる。
「下手な怪我よりよっぽど痛いぞ」
…うわぁ…。
口の中のものを飲み込むことに失敗したティーダは、自分の胸を強く叩いて飲み下そうとしがら、クラウドに気押されてこくこくと何度も頷いた。


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