論より衝動

男は理論的、女は感情的だという心理的観点は、個々の経験から基づく情報を元に世間一般論として密かに認知されている。
しかし其れは男女間の行動や思考を比較して第三者が導き出しただけの統計であり、真意の可否は各々が通過してきた過去によって如何様にも変化する事が可能なあやふやなものだ。
端的に言えば"ご都合主義な屁理屈"であり、最も信憑性に欠けた曖昧な考察は錬金術においての最大の敵である。
しかし否定する理由を問われた処で論破出来る根拠も確証も無いから、俺はこの論理を熟考の蚊帳の外にしていた。

……でもここ最近はクソどうでもいい筈だった屁理屈が骨の髄まで染み渡って、ぐちゃぐちゃな思考回路と感情が俺を女々しさ全開に引き出している。

ああ、悔しい。

あらゆる物事を感情に擦り替えて処理するなんて事、アイツにはミジンコ一匹も存在してねえんだよ。
そういう理知的な部分とか丸々含めて惚れちまってるんだけどさ、時には違う一面が見たいって密かに夢見る俺は贅沢者なんだろうか。


―論より衝動―


「なまえ聞いてくれよ!ウィンリィの奴渾身の力で俺の頭を殴りやがった。しかもスパナでだぜ!?お前も有り得ねえと思うだろ!?」

「思わないかな」

セントラルで破壊された機械鎧を新調すべく、整備士であり幼馴染みであるウィンリィの処に出向いた。
とりあえずはご機嫌取りとして彼女に"よっ、毎日毎日精が出ますねえ"と労いの言葉を投げ掛け、俺とアルの久方振りの再会に笑顔を見せた彼女に俺はしめしめと心の中でほくそ笑む。
嬉しそうに此方に近寄ってきたウィンリィの心境に此れはイケると確信した俺は、自分でも気色悪い程の猫撫で声で消えた右腕の存在を披露した。
その姿を見た彼女は数秒までの晴れやかな表情が一変して般若の形相へと変貌を遂げながら、"何してくれてんのよ!"の怒号と共に手にしていた鉄の塊を上から下へと一直線に振り下ろす。
何の障害物も無い状況でのウィンリィの行動はお陰様で頭部に炸裂し、視界の中に無数に煌めく綺麗な星が暫くの間楽しませてくれた。
いやあ、昼だというのに風情がありますねえ。
多忙な日々に明け暮れ最近は星空を拝む余裕も無かったから、疲労困憊で弱った俺の五臓六腑に染み渡りますよ。
流石は医学にも精通する機械鎧技師様です事、自ら身体を張って癒しを与えてくれて有り難うな、感謝するぜ。

なんて誰が思うか、馬鹿野郎が!

その場で文句の一つでも言えれば多少はすっきりしたのに、情けなくも其の機会を逃してしまった。
凄まじい衝撃に耐え切れず魂の抜けた俺を怒り心頭のウィンリィは隣の部屋へと引き摺り、ベッドに乱雑に転がした後に早速仕事に取り掛かったらしい。
その事を至近距離で目の当たりにしていたアルは若干の怯えを見せながら教えてくれ、床に這いつくばる俺を放置しなかったアイツの細やかな優しさに何も言えなくなってしまった。

だけど不平不満が消える訳じゃない、目覚めた俺はこの滾る激憤を何としても発散したくて恋人であるなまえの元へ駆け出したのだ。
自分が如何に不幸な遭遇に見舞われた事実をなまえと分かち合いたいが為にだったけど、俺はどうやら人選を間違えてしまったらしい。
そうだよ、そうだった、コイツに同情とか感情の類いを求める事が一番現実から遠いものだった。
だけど引っ込みのつかない状況と興奮状態を手離す気の無い俺は、荒々しい声でなまえに話し掛ける。

「何でだよ!?理由も聞かずに間髪入れずに脳天に打撃を与えるっておかしいだろ。まずは事の経緯を問い質す事から始めるだろうが!」

「エドの事だからまずはご機嫌取りに思ってもいない台詞を言ったんでしょ。最初からちゃんと謝ればウィンリィだって怒りはするけど殴りはしない筈だよ」

「……其れは……そうかもしれねえけど」

正論とも言えるなまえの言葉に反論の文字が頭に浮かばず、俺は大きく開けていた口を小さく発した声の後にゆっくりと閉ざした。
まるで俺とウィンリィとの一連の流れを目にしたかの様な的確な想像から放たれた台詞に、此れまで自分が起こした行動を反芻させて意気消沈を促す。
突然の来訪に驚きもせず寛容に招き入れられたなまえの家の室内は、先程までの喧騒な空間を切り裂く様な静寂に包まれた。

「……何だよ。お前はウィンリィの味方なのかよ」

「何言ってるの。誰の味方とか関係無く常識として私はエドに諭してるつもり。ねえ、そんなに拗ねないでよ」

「べ、別に拗ねてなんかねえし。……あー、そうだよ。殴られたのは俺が素直に謝らなかったせいだ!」

"悪かったな"と口を尖らせてなまえに向かって吐き捨て、そんな俺の姿を正面で受け止めていた彼女は無言のまま眺め続ける。

頭では理解しているけどどうしたって長い付き合いからの惰性が生まれてしまう、其れは最終的には許して貰えるという自分勝手な甘えから来るものなのだ。
俺はなまえにも甘えている。
コイツがどんな性格であるかも重々理解しているし、今みたいに俺が感情任せで吠え立てる光景にどんな切り返しが待っているのかも先の未来は予測出来る筈だった。
でも最近はそんな分かりきった理屈に鈍感になってしまった、何故ならば俺はなまえが好きで、なまえも俺を好きだと思ってくれたから。
確かに心が通い合った今、俺でも知り得なかった感情が暴発して自分でも塞き止められない程に昂りが収まらない。
どんな事でもいい、些細なものだって構わない、俺となまえの間を繋ぐ想いの同調を欲して止まなくなった。
俺は開口一番に紡いだ自分の台詞に対して違う返答を求めていたんだ、自分が体感した過去の行為に対しての戒めなんて聞きたくない。
望んでいたのは忠告でも意見でも常識でも無く、俺は紡いだ言葉に対しての賛同を求めているのに。
何だよ、なまえは俺を其処まで好いてくれていないのかよ、もしも俺が逆の立ち位置だったらさ。

「凄いコブ。痛いよね」

床に張り巡らした木目に視線を留めた状態で、なまえの優しい声色が聞こえた。
麗しい幼馴染みがもたらしたいつもらしからぬ意外な口調と同時に、仄かな温もりと柔らかさが俺の頭頂部に触れる。
其の感覚を受けて俯き加減だった顔と目線を黙って与える源の方へ向けると、またいつもらしからぬ彼女の表情に遭遇した。

「此れでも心配はしているんだよ?」

眉尻を微かに下げて控え目な笑みを見せるなまえの顔が息が触れる程間近で映し出され、滅多にお目に掛かれない貴重な体験に心音が加速していく。
気のせいなのか否か、微かに潤んで赤みを差す瞳は俺の思考回路を乱しては戸惑わせ、絡み合う視線を外す選択肢を失わせた。
同じ年に同じ土地に生まれ育ち隣で互いの成長を見届けてきたなまえの顔は、未だ未成熟でありながらもいつの間にか俺が知らなかった表情を見せるようになった。
ほんの少しだけ顔を合わさない空白の期間があっただけで、彼女は外見も心も確実に大人に近付いている現実に俺は焦りを感じた。
第三者から見てもなまえは申し分ない位いい女だ、彼女と恋人になった今、悪い虫が付かない様に常に傍に居たい気持ちはある。
でも俺には貫き通さねばならない目的と願望があるから、だからこそ機械鎧が完成する短い時間の中でなまえと精神的な繋がりを深めたかった。
でも頭では男である俺が彼女を護る支柱でありたいと思ってはいても、色々な感情と思考が錯綜してどうも餓鬼臭さから抜け出せない。

「……嘘付くなよ」

「嘘じゃない。大好きなエドに何かあったら私だって悲しくなる。……泣いてしまうかも」

意思を感じさせる強目の声色を放ったのも束の間、最後に紡いだ台詞はとても弱々しいものだった。
逸らす事を許されなかった視線は変わらず交差を継続しながら、次第に其れは静かに距離を詰めるなまえによって終わりを迎える。

俺は普段のなまえらしからぬ衝動に抗う理由も無く、静かに瞳を閉じて彼女と自分から生まれた柔らかな感覚を受け入れた。


「でも改めて思い直したら少し腹が立ってきたかな。ちょっとウィンリィの処に行ってくる」

「……は?でもお前さっき」

「うん、確かにエドが悪いんだけどね?だからといって暴力はいけない。物申してくる」

「ちょ、待て待て!」

甘い余韻に浸る間も無くなまえは勇み足で玄関へと向かっていく。
微かな怒気を含んだ顔付きと声を背中越しで感じた俺は、その後の修羅場を想像して出来た滴る汗をそのままにして、颯爽と突き進んでいく彼女の後を追い掛けた。


END

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