白昼夢


失って気づいた君への愛。



【白昼夢】



無造作に脱ぎ散らかされた衣服を横目で見やり深く溜息をつく、ピンと丁寧に伸ばされたシーツは、今では皺だらけの無残な布へと変貌を遂げ家具は埃で白く装飾されている。
なまえと過ごしてきた五年の歳月は気付けば甘い生活など皆無に等しくなっていた、顔を合わせれば一言目は愚痴や嫌味、心落ち着く場所は此処では無く大半の時間を職場で過ごすようになっていた。

恋人の関係の時は幸せだった。
離れていても寝る前の携帯のコールを逃がした事は無かったし、互いに多忙な日々を送っていても週に一度は時間を作って会っていたし。
互いに尊重しあえる関係が詮索し過ぎない適度な距離が心地良かった、時には喧嘩もしていたけれど、あの頃は素直に謝る事が出来たのに。

結婚と恋愛は全くの別物だと姓が一緒になって痛感する、穏やかだったなまえの空気は途端にピリピリと張り詰め、俺はそんな彼女と一緒に居る事が苦痛だった。
初めは新しい環境に馴染めずに居るのだろうとなまえを抱き締めて宥めていた、だけど次第に言動が荒くなり、身に覚えの無い事で攻め立てられ次第に口論が絶えなくなっていた。

なまえは不安だったのかもしれない。
一日中この部屋で時を過ごし、自分だけ取り残された感覚に襲われていたのかもしれない。
寂しくて、誰かに相手して欲しくて、だけど人見知りな彼女には俺しか心を許せる人間が居なかったから。
その憤りを俺に当り散らす事で心の悲鳴を伝えていたのかもしれないと思うと、其れを早く察していればと後悔ばかりが脳裏に過る。


"……疲れちゃった"

確実におかしくなって行くなまえの姿なんて見たくなかった、俺の愛する彼女は聡明で美しくて強い、自慢の妻だったから。

「……今更だろ」

今更後悔してももう遅い、別れを切り出したのは俺からで、すすり泣く彼女を無理矢理帰郷させたのもそれが一番いいと思ったから。


「お帰りなさい、今日もお疲れ様」

「……!」

聞き覚えのある声が背後から聞こえ俺は即座に振り返る、そこには満面の笑顔で食事を用意し、俺を見つめる美しいなまえの姿が。

「あ………」

しかしそれは幻覚で目の前に居た筈の彼女の姿は一瞬で消え、物悲しく閑散とした部屋が目に移った。

「俺も未練がまし過ぎるだろ」

壁にもたれ掛かり薄暗いキッチンを見つめる、野菜達は黒く変色しシンクには大量の食器が重ねられている。

「良かったん、だよな」

そうだ、これで良かったんだ、こうする事が互いに幸せで、これ以上嫌いにならなくて済む。


だけど此れだけは知っていて欲しい、俺は今もなまえを愛している事を。
結果論として愛は壊れてしまったけど、今でも君が愛しい事には変わりないから。
もし近い将来また出会える日が来たらあの場所に行こう、俺が君にプロポーズした、俺の愛を象徴するかのような青い青い広大な海へ。



「……今からでも遅くないだろうか」

君の心が変わっていないのならば、もう一度やり直したい。



END

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