愛してると言って

態度だけじゃ解らない、幾度と無く肌と肌を重ね合わせて愛を誓っても、一人になれば強烈な不安に襲われるだってある。
二人の関係に不満があるわけじゃない、それなりに仲がいいと思うし、いつでも私の傍に居てくれるし。
だけど言って欲しい言葉がある、毎日じゃなくていい、年に一回でもいい。

"愛してる"と言って欲しい。

女は時々言葉で表現してくれないと自信が無くなってしまう生き物、ただ身体で愛を伝えられても虚しくなる時がある。
男は身体と心を切り離して性行為が出来るらしいけど、女は簡単に切っても切り離せない、仮に最初はそんなつもりは無くても次第に情が生まれてしまう、そんな要領よく出来てないんだよ。

行為が終わってすぐに煙草をふかす貴方の行動に不安になる、なんだか行為そのものが彼にとって運動程度にしか感じなくて厭。
そっと耳元で囁いて欲しい、照れくさそうに呟く貴方の表情を私は見たい。
時には付き合い始めの頃のようにプラトニックな恋愛に戻ってみるのも悪くないと思う、貴方は身体で感情を示すことに慣れすぎて、大事なことを穿き違えてる。



「今日も疲れたなー」

夕刻を告げ詰所は夕焼けのオレンジ色で染まっている、紅く染まった修兵の横顔を微笑ましく眺めた後、私は静かに席を立った。

「最近すっかり日が延びたよね」

「そうだな」

「……ね、もうすぐだね」

窓際に夕日を眺めながら私はあの時の思い出をひしひしと降り返る、そういえば付き合い始めた日もこんな風に夕日が私達を照らしていたな、と思い出して自然と顔が綻んだ。

「あ?何かあったか?」

背伸びをしながら私に声を掛ける修兵に私は頬を膨らませながら、窓に映し出された彼を見つめた。

今の言葉を本気で言ってたら泣くけど、まさか私達の付き合った日を忘れたなんて言わないよね?
膨れっ面で怒りを露にしている私を見て修兵は不思議そうに見つめている、滅多に怒らない私の表情と態度を目の当たりにしてあからさまな動揺を出していた。

「何で怒ってるんだよ。俺、機嫌損ねる事言ったか?」

「別に」

ガシガシと髪を掻きながら眉を潜めて問いただす彼に、私は目を合わす事無く素っ気無く答え再び外の風景を眺める。

「機嫌直せよ」

するりと私の腰に手を添えて後ろから抱き締める、"今日も泊まりに来るだろ?"と耳元で囁く彼の息に不覚にも身体がびくついた。

「私の今考えてる事を当てたら泊まってもいいよ」

厭らしい事ばかり先走る修兵に私は敢えて難題を押し付けた、当然修兵は困惑して動きが一瞬にして止まる、彼の心の声が手に取る様に理解出来る位私達の関係は深まっているのだと嬉しくなった。


ねえ、檜佐木修兵の私に対する想いを教えてよ。
私は何度でも言える、愛してるって嫌気が差すくらい言える。
あの時頬を赤らめて告白してくれた新鮮さをもう一度蘇らせてよ、刺々しく貴方に接してしまう今の私の心を貴方の言葉で解して欲しい。

実際は私の気持ちを理解出来ない事を承知の上で言っている、頭では解っているけと修兵が私の問い掛けに本気で悩むのか、はたまた下ネタ混じりで返すのか試したかっただけ。
そうする事で修兵の私に対する想いの真剣度が分かる気がした。


「なまえの今考えてること、ねえ」

「そう。修兵に分かるかな?」

天井を見上げて考える修兵は左右交互に頭を傾けて暫く考える動作を見せる、意地悪く笑ってみせて彼の反応を楽しんだ、こうして真剣に悩んでくれただけで幸せな気分に浸れた。

「お、此れだろ!」

「流石修兵!分かってくれたんだね!」

思い付いた修兵は小気味良い音を立てて指を鳴らした、私はどんな答えが返ってくるのか嬉しくて前のめりで顔を彼に向ける。

「"今すぐ此処で抱いて欲しい"だろ」

「……」

……正直言うと思ってた、だけど余りにも真剣に考えてくれたから、下ネタなんかじゃなくてもっとまともな言葉が来ると思ってたのに。
"な、正解だろ!?"と得意気に私の顔を覗き込む修兵に私は呆れて、いまだ腰に手を添えている彼の手の甲を力一杯抓った。

「大っ不正解!」

「痛えッ、マジで抓るなよ。痣になるぜ、此れ」

自業自得だよ、こんな時にまで厭らしい答えを出すあんたって何処までも助平なんだから。

「かーえろ!」

私は大きく溜息を吐いて帰り支度を始める、今日は久し振りに一人の時間を堪能しようと固く心に決めた。
修兵は私の問いに答えられなかったのだから、一人になって私の質問をじっくり考える時間を与えてやる必要がありそうだ。

「じゃあね、また明日!」

「あー、もう仕方ねえな。柄じゃねえが真剣に答えてやるよ」

「……!」

ぶっきらぼうに言葉を放った修兵に強引に腕を掴んで引き寄せる、一瞬の力強さで私の身体は反転を余儀無くされ、其のまま彼の胸板へ誘導されていった。

「修兵、いきなり何」

「……愛してる」

「……え?」

蚊の鳴く様な本当に小さな声で修兵に囁かれ直ぐ様目を合わせると、彼はバツが悪そうに顔を逸らして口元に自分の手を当てる。
しかし彼の大きな手でも顔全体を隠す事は出来ず、曝された頬と耳は夕焼けの様に真っ赤に染まっていた。

「ねえ、良く聞こえなかったからもう一度言ってよ」

「駄目だ。ちゃんと聞き取らなかったなまえが悪いんだからな、今日はもう言わねえ」

「えー」

「置いてくぞ、なまえ。お前の考えてる事に答えたんだから今日も泊まるだろ?」

差し出された手は乱暴で傲慢で甘さなんて微塵も感じられないけれど、其処が最も彼らしいと思った。

「まあ、一応は聞こえたからいいか」

苦笑いを浮かべながら私は差し出された大きな手に腕を伸ばした、繋いだ手を引っ張り足早に歩く彼の背中を見て、私は"やっぱり好きだなあ"と思い胸の奥がきつく締め付ける。

「ねえ、修兵。"今日は"って事はいつかまた同じ台詞を聞けるって思ってもいいんだよね?」

「……ああいう言葉はな、特別な日に伝える事でより真実味が増すもんなんだよ。其れをお前は台無しにしやがって……」

「……どういう事?」

「俺が記念日を忘れる訳が無いだろ」


"楽しみは当日に取っておけ"と振り向き様に言われた台詞は、ここ最近の私の中で一番の心拍数を上げた。
私は今感じている胸の高鳴りの更新を夢見て、来る日の心の準備を今日からしようと心の中で思った。



END

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