大嫌い=大好き

今日も憂鬱な一日が始まる。

それもこれもきっと彼のせいだと責任転嫁してしまう自分、そう思ってしまうのは煮え切らない自分の入り乱れた感情に苛立っているからだと、そう信じて疑わない。

実際彼は何を考えているのか掴めない、常に胡散臭い笑顔を振りまいて、思わせぶりな行動や口調。
それで泣かされた女の子は数知れず、それを黙って傍観している私は彼に憤りを感じる。

でも会話をするのも嫌だから、私は必要以上に彼に近寄らないようにしていた。


どうして彼の隊に配属されたのだろう、本当は十番隊へ行きたかったのに。
私は実践よりも事務的なほうに長けていると思うし、隊の中でも真面目で勤勉な十番隊ならば、私の居場所があると思ったのに。

今となってはどうにもならない事だけど。

この隊に配属されたからにはきちんと任務をこなさなければ。
これは私のポリシーであり、いい加減な仕事を嫌う自分の潔癖さ故の性格なのだから。



「お早うさん」

「……」

……朝から一番会いたくない人に会ってしまった。
まあ同じ隊で、しかも隊長なんだから当たり前のことなんだけど。

「……お早うございます」

しかめっ面で彼に挨拶を返すと、私の行動を一部始終見つめ続ける舐める様な目線が気持ちを落ち着かなくさせた。
だけど気にしないように自分のデスクに着き、既に山のように積み重なっている書類に黙々と手をつけ始める。

「……」

…そんな中チラリと彼に目を向けると、笑いながら書類に目を通していて、私は"そんなに笑えるものなのかしら?"と、頭の中が疑問で埋め尽くされた。

どう考えても虚退治指令や重要連絡等の頭を抱える内容だと思うんだけど、……変な人!
眉間に皺を寄せて再び書類に目を向け、暫くスラスラと定期的に筆を動かしながらふと気付く。

どうして今日に限って真面目に仕事してるの?
いつもは上手い具合に詰所から姿を消して、吉良副隊長を困らせている人が。

というか、何で誰も来ないのよ?
吉良副隊長まで来ないなんて一体どういうこと?



沈黙が息苦しい。
詰所は私と市丸隊長二人きり、先程から互いに口を開く事無く任された仕事を黙々とこなす。

この威圧感、耐えられない。
私と市丸隊長では霊圧のレベルが違いすぎる。
幾ら隊長が霊圧を抑えていたとしてもやはり限度があって、漏れ出す冷たい霊圧に気が触れそうだ。

(駄目だ!)

勢いよく立ち上がり外に出ようとすると、それは彼の声で強引に引き留められた。



「なまえ」

「……!」

滅多に呼ばれない名前を彼の口から出され、私の心臓が跳ね上がる。
段々と鼓動が早まり、苦しくて息が出来なくなった。

「……なんでしょう」

私の胸中を悟られぬよう、何食わぬ顔で返事をする。
額に汗がにじみ出てきて、身体中が熱を帯びていくのが分かった。

すると、市丸隊長は静かに席を立ち、私に向かってくる。
相変わらずな笑みに私は怖くなり、ジリジリと壁に追いやられ行き場を失った。

「な、何ですか…?」

「…さっき僕を見てたやろ」

「……え?」

突然何を言い出すの、この人は。
銀色の髪をかきあげて、さらさらと落ちていく髪の隙間から光が漏れる。

「何の事ですか」

不覚にもそれに見惚れてしまった私は、ふと我に返りそ知らぬ振りをした。

「……はあ、しょうもな」

市丸隊長は軽く溜息をついて更に私に歩み寄る。

「だから何なんですか?私、用がありますから、失礼します」

嘘をついてでもこの場に居たくない、彼の目が、表情が、存在そのものが、私の心を掻き乱すのだ。



「素直やないなぁ、自分。
今日だけや無い。いつも僕を見ているやないの」

「そんな事ありません!」

私が隊長をいつも見てる?
そんな筈ない、だって嫌いなんだよ?
頭を振って思い切り否定する
……そんなの違う、嫌いだよ。そう、……嫌い!

「失礼します……!」

近づく彼を振り切ってドアに向かう。
私の顔、絶対赤くなってる、認めたくない、そんな筈ない。

「ちょう待ち!離さへんよ」

「…ひゃ…!」

強引に腕を掴まれ思い切り壁に押し付けられ、打ち付けられた背中に痛みが走り目を細めて溢れる涙を堪えた。

「僕が好きやろ?なまえ」

両手を壁につけて私の行く手を阻む。
額を私の額に付けて、サラリと銀髪が私の鼻を擽った。

「ほら、早く言うてみい」

壁に付けていた両手を私の顔にあてて至近距離で言葉を催促する。



「……わ、私は…」

嫌いなんですよ、ずっと、初めて貴方を見た時から。

「私は、隊長が」

ごめんなさい、嫌いなんて嘘なんです、本当ははじめてあった時から恋に落ちていた。
でも貴方は沢山の女の子を泣かせてきて、時間を置かずにすぐに他の人と付き合って、そして其の中に私はいつだって蚊帳の外。

隊長に選ばれないのならばこれ以上好きにならない為に嫌いになってしまえばいい、そうすれば上司と一隊員としての立ち位置が永遠に護られるのだから。
だから、だから嫌いだと言い聞かせることで自分の心を保ってきたのに、どうしてそうやって簡単に私の心を乱すのですか。



「…い…」

「何や?」

「嫌いです…!貴方なんか、嫌い…!」

精一杯大声を絞り出した、今更素直になんてなれない。
ずっとそう思い込んできたんだから、そう簡単に”好き”なんて認めたくない!

市丸隊長は嫌いと言ったにも関わらずそのままの笑顔、貴方にとっては笑って私の声を聞けるさして気にも留めない程度の事なのだと思い知らされ、胸が酷く締め付けられて泣きたくなる。

「まあええわ。その内観念させたるから」

「だから……!……んッ」

もう一度”嫌い”と言おうとしたけど声が出なかった。

「ふ…んんっ…やっ」

肩を押して顔を背けたけど、後頭部を押さえつけられ角度を変えて何度も唇を合わせる
…やっと離れたときには腰が抜けて、ズルズルと床に座り込んでしまった

「覚悟しときや、なまえ。絶対認めさせたるから」

そう吐き捨てて隊長は詰所を出て行った。



「……何なのよぉ」

重ね合わせた唇に指を添えてポロポロと涙が伝う。

(悔しい…!絶対好きなんて言わないから!)



震える身体を抱きかかえ、何度も誓った。


to be continued

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