愛は枯れず

3月14日


疑う懸念を持たない運命の遭逢。俺と彼女の小指には燃え滾る灼熱色の糸が繋がっている。得も言われぬ輝かしい未来を初めて鮮烈に夢見た。屋敷の中で映る麗らかな春の風景を違う場所で彼女と共に立ち会えたなら、二人の恋はきっと大きな変革をもたらす。漠然とそんな予感がした。

なまえちゃんとの関係は頗る良好だ。必死に考え抜いた策は手はず通りに動いている。掴みは上々。毎回辛辣な言葉で容赦無く打ちのめしてくるけど。昨晩もサイコロを転がす前に俺が言った台詞に潔い返答を頂けた。素敵な褒め言葉を貰ったお礼に、なまえちゃんの名前を使って「あいうえお求婚」を試みた。即席にしては会心の出来だったと思う。でも彼女から間を置かずに「全身全霊で遺憾無く謹んでお断り致します」と丁重に「あいうえお辞退」をされてしまった。中々受け入れてくれない。それだけは計算外で毎度泣かされる。でもあの時だけは言われた言葉への衝撃よりも、間髪入れずに返してきた頭の回転の早さに感心してしまった。文武両道に秀でたなまえちゃんも素敵だ。俺の奥さんが最高過ぎる。

自己紹介をした。押して時には引いてみた。親好の握手もした。秘密を共有して心の距離を詰めた。長所を探して貰い俺の良さを認識させた。
日毎に和らいできた音と表情で、凍て付いたなまえのちゃんの心の雪融けの日まで遠くはない。本当はもっと時間を掛けるべきだと分かってる。でも期間は限られてる。互いの怪我が完治したら屋敷を出なければいけない。軽傷の彼女が先に去る事は明白だ。そうなったら一緒に居られなくなる。今みたいに逢いたい時に逢えなくなる。気軽に会話も出来ない。もしかしたら二度と逢えなくなるかもしれない。簡単に均衡を崩す生死の狭間に生きる俺達に、明日の保証はないけど。でも永久の約束が俺は欲しい。二人を繋ぐ未来への約束を残したい。常に一緒に居られるように。死しても尚、互い寄り添う魂の絆が欲しい。
今回の指示は焦燥に駈られた俺の心情を具象化したものだ。

今日の指示を口にしたら物凄い形相で詰め寄られた。美人の怒り顔は割り増しで恐怖を煽る。女の子に向けて情けない悲鳴を洩らしてしまった。やっぱり時期尚早だった。でも撤回するつもりは微塵も無い。俺は般若の顔付きを見せるなまえちゃんに足腰を震わせながら、「門の外側で待ってて」と言い逃げをする形で部屋から飛び出した。

現段階で実現可能な夢を凝縮した。
同じ屋敷にも関わらず敢えてなまえちゃんと門の外で待ち合わせをした。そしてわざと遅れて顔を出した。理由は至って単純。俺を待ち侘びる光景を体験したかったから。彼女に「寝坊した」と言ったのは嘘だった。褒め言葉による嬉しさと、今日の楽しみから来る感情の昂りで眠れる訳が無い。二日目の完全徹夜だというのに不思議と体が軽い。恋の力は絶大である。
笑顔で手を差し伸べると、なまえちゃんの音が弾んだ。少し潤んだ瞳で俺を見つめる姿が途徹も無く可愛い。俺の背があと五寸程高かったなら絶景だっただろう。いや、逆かもしれない。さほど身長差が無いからこそ強く胸に響く事もある。同じ高さの目線ならではの素晴らしい情景だ。
差し出された手を優しく取って、屋敷から一番近い街へ行く為に俺達は歩いた。やっぱりなまえちゃんの手は触り心地が良い。重なり合う掌から少しずつ熱が上昇していく。この熱を生んでいるのが俺だけじゃ無いと思ったら、嬉しさと戸惑いで握る手が力む。慣れない気恥ずかしさで彼女より一歩先を歩いた。今までは相手がひきつり笑いを浮かべる位肩を並べて張り付いていたのに、なまえちゃんには出来なかった。裏を返せば通常らしさを欠いてしまう程に、彼女に本気で恋しているという証拠でもある。俺は自分の行動の変化に思わず口元が緩んだ。

自分の中で確立された原則は一応存在する。
それは女の子にはびた一文お金を払わせない事だ。貴重な時間を自分に費やしてくれるのだから当然である。
俺達は色々な店を見て回った。自分が欲しい物は無くて何も買わなかった。彼女に「欲しいものがあったら遠慮なく言ってね」と告げたら、「特にない」と言われた。余り物欲は無いようだ。堅実な奥さんになれる事間違いなし。なまえちゃんと手を繋いで他愛無くお喋りをする俺達の姿は、周りからどう見られていただろうか。あの時耳を澄ませて声を拾っておけば良かった。

俺達は行きも帰りも繋いだ手を離さなかった。
ただ一度だけ離した。甘味処で一息付いた時である。そしてその時少しだけなまえちゃんの傍を離れた。彼女には厠に行くと嘘をついてこっそりと外に出た。
皆で食べる飯は一人の時よりも美味しく感じる。好きな子と一緒に食べたお団子は、比にならない位格別に美味しかった。甘いものが好きな俺だから余計にそう感じたのかもしれない。でもいつもより美味く思えた感覚は事実で、それはなまえちゃんが隣に居たからなのだと思った。この感動を一生味わいたい。

街へ向かう時の俺になまえちゃんの表情は見れなかった。でもなまえちゃんの気持ちは察していた。それは彼女に触れていた為にいつも以上に音が鮮明に聴こえていたからだ。
理由を知る為に注意深く探る必要は無かった。俺は音の変化の正体に気付いた時凄く嬉しかった。胸が締め上げる程の充足感を得た反面、慣れない経験に動揺を隠しきれなかった。だから何度も手を強く握り締めてしまった。なまえちゃん痛かったかな。

屋敷の門を潜る前になまえちゃんに小さな袋を渡した。彼女の為に選んだ贈り物だ。甘味処で席を外したのは、これを買いに外に出た為だった。実は彼女と何軒か店を見ていた時に後で買いに来ようと目論んでいた。
なまえちゃん。君は行く先々で見た道端に佇むものに、俺の姿を重ね合わせていたよね。あの時聴こえた音は俺が君に四六時中漲らせている感情と同じだと、自惚れてもいいだろうか。

道端に咲いていた花達は日が経てばいつか枯れてしまうけど、渡した髪飾りの花は枯れずに彼女の傍で寄り添い続ける。
あの子の艶やかな黒髪に一層映える、俺を彷彿させる蒲公英の髪飾りのように、なまえちゃんへの恋心も決して枯れないのだ。

これは俺の決意の象徴であると捉えて欲しい。
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