一瞬にして永遠

想定外の物事が突如我が身に降り掛かったら、思考回路は切り離され自身と別々のものと成り得る。
仮に頭の片隅で数知れない程の思念が繰り広げられていたとしても、其れを整理出来る余裕などある筈も無く、安易に私から発言権を奪うのだ。

例え話をします。
もしも全く面識の無い赤の他人から突然話し掛けられたとしたら、その後当事者はどうアクションを起こすのだろうか。
驚いた表情を見せた後、言葉を返すのかな?
それとも話し掛けられた事に頭が追い付かず、言葉を失うの?
一瞬でも臆さず通常と代わり無い自分で接する事が出来るのならば、相当な度胸の持ち主なのだろう。

私は一方的に貴方の存在を知っている。
どんな人か分からない。
勿論名前を知る由もない。
だけど見掛ける度動く視線の先は常に其の姿を捉えていて、私の興味心は大きく擽られた。
日に翳せば蕩ける様に艶めく蜂蜜色の髪と、常に潤ませる硝子玉みたいに綺麗な鼈甲の瞳。
可愛さの中に発展途上の男性らしさを併せ持つ雰囲気は、日常の中で当たり前に繰り返される映像が脳へ伝達する信号を停止させて麻痺させる。

一種の鑑賞とも云える行動が気が付けば楽しみとなっていて、最近では憂鬱とも言える登下校を繰り返す平日が大好きになった。
貴方の姿を瞳に映せた日は嬉しくて、幸せで、「明日も頑張ろう」と未来への活力が私の胸にいつも刻まれる。
会えない日は寂しくて、切なくて、「明日は会えるといいな」と取り付ける事の叶わない関係に心が涙を落とした。
この全身から溢れる想いは日毎に大きくなり、塞き止められない位に膨らんで、今では私の生活のモチベーションの基盤になっている。

私と同じ気持ちを経験した人達に問いたい。
もしかして、もしかしなくても。


これって恋ですか?


私が日々欠かさない行動といえば、下校時コンビニに赴いて並ぶ新刊をチェックする事だ。
ジャンル問わず本を物色しては読み耽り、記憶した情報を土産にして家へと持ち帰る。
はっきり言って迷惑な客だと自分でも自負しています。ごめんなさい。いつもお世話になってます。

「本屋へ行けよ」と、そんな言葉が時々こちらに視線を送る店員から言われている気がした。一度や二度に収まらない私の行動は、恐らく相手にとって目に余る程多いのかもしれない。
でも本を読むだけ読んで退店する失礼な事はしていないから、幸いにも注意の一言を浴びる事はなかった。
勿論その他の商品を購入する目的もあって此処に立ち寄っているからだ。
私はほぼ毎日入荷される雑誌や気になる漫画の続きを読んだり、新商品やコンビニだけ販売される限定品を物色しては買って自宅で楽しむ事が楽しみだった。
一度に欲求が満たされるコンビニは私にとっては非常に有り難い楽園なのだ。

……そう、すこし前までは本当にそれだけだった。でも今は他にも理由が出来てしまったんです。

「……」

私が今こっそりと横目で見てるのは、男性誌売場に私同様本を読んでいる人3つ分離れた場所に立つ男の子。
名も知らぬ彼を見掛けるのはこれで5回目だ。
私は初見から彼に興味が湧き、其れから来店の時間が合う度こうして盗み見をしている。
怪しいかな?怪しいよね?自分でも十分に自覚はしてる。
誰だってそうだと思うけれど、店内で他人に意識を向けるなんて余り無いよね。
皆自分の買い物に夢中だし、いちいち気にしてたら身が持たないと思う。
勿論私も例外では無かった。
其れにも関わらずそうさせるのは、個性的な彼の容姿のせいである事は明白だった。

「……綺麗だなあ」

思わず口から洩れてしまう位に綺麗な金の髪。
あれは地毛?其れともわざわざ染めてるのかな?どちらにしても見惚れてしまう。
日本人の顔立ちってやっぱり黒髪が一番似合うと思うから、違和感が微塵も存在しない彼の鮮やかな髪色は私にとって羨望の的になった。

……どんな名前かなあ、どんな声をしてるのかなあ。
見掛ける回数が増える度、重なっていく沢山の問い掛け。
彼に対する興味が外見だけで無くなっていた事に気付き戸惑った。

何でかなあ。何でこんなにあの男の子が気になるんだろう。
やっぱり私には持ち合わせていない物を彼が持っているから?
派手な金髪と釣り合いの取れた顔立ちが羨ましいから?
優しそうな琥珀色の大きな瞳も、横顔から把握出来る通った鼻筋も、すこし半開きになった形の良い唇も全部私の心臓を締め付けさせた。
最近その感覚に悩まされて、ちょっと困ってる。


「おい!紋逸!」

突然耳に入った其の声に我に返り、同時に彼の前に現れた者に目を奪われた。
男の子の隣にどかどかと大きな足音を立てながら近付く、恐ろしい位に顔立ちの整った子に釘つけになる。
……女の子、かと思ったけれど私はすぐに安堵の気持ちが芽生えた。
何故ならばワイシャツのボタンを留めていなかった為に、曝されたぺたんこな胸元と筋肉で盛り上がった腹部が視界に入った事で自分の予想が大きく外れたから。
最初に聞こえた声色で男の子だと判断はしていたけれど、余りにも整いすぎる外見に疑ってしまった。
それにしても今まで私が見掛けていた時は彼一人だけだったから、今日初めて他の人と一緒に居るのを目の当たりにした。
何だか新鮮だなあ。幸せな気分でいっぱいだ。

「何だよ、伊之助。今さあ、俺本読んでんの。いいとこなわけ。邪魔すんなよ」

あ、紋逸っていうんだ、名前。変わった名前だなあ。
初めて聞いた彼の声に私の胸は高鳴った。
ほぼ想像通りの声のトーンは私を更に幸福感で満たしてくれた。
でも彼、伊之助君、だったかな。
彼を見詰める姿は大層不満そうで、表情豊かな紋逸君にまた私の胸はざわついた。
あ、口には出していないけど名前を心の中で言っちゃった。すごくドキドキする。
早鐘を鳴らす鼓動に動揺する私を余所に、眉間に皺を寄せながら彼に声を掛けられた伊之助君は突拍子もなく彼の頭を殴り付け、其れを目撃した私の身体は強張った。

「いきなり何すんだ!このバカ猪!」

「ああー!?何を悠長に漫画本読んでんだ!夕飯買いに来たんだろうが!俺は腹が減って苛々してんだ。いつまでも待たせんじゃねえ、この弱味噌が!」

「はあー!?まだ5分も経ってないじゃん!つうか店に入るまでずっと食ってたよね!?お前の胃袋どうなってんのお!?」

「ごちゃごちゃ言わず早くてめえの飯を選べってんだよ!」

殴られた頭を擦りながら涙目になる彼に追い討ちを掛ける様に彼の拳は腹部に向かう。
"ぐはっ"とか細く漏らす悲痛な声は、私に同情心を生ませた。痛そう。大丈夫かな?
彼の両手首を掴みながら興奮気味で言い返す紋逸君。
しかし拘束され大人しくなったのは束の間、伊之助君は次に脚を武器に攻撃を始めた。

「いったいんですけど!いっつもボカスカ殴りやがって!何なの、ほんとお前」

「離せ!この、弱、味噌があ!」

「ていうかずっと思ってたけど弱味噌って何だよ!?」

「うっせえ!弱味噌は弱味噌だ!弱味噌、弱味噌、弱味噌!」

「ムッかつくわー!この猪!猪!バカ猪!」

……まるで子供の喧嘩だ。
押し問答の決まり文句は"弱味噌と"猪"をひたすら連呼してる。今もまだ飽きずに取っ組み合いになりながら同じ単語を言い続けている。
余りにも幼稚で語彙が乏し過ぎる光景に茫然となった。
でも今目の当たりにしている紋逸君の姿を見て、とても幸せな気分に浸れた。
私と変わらない高校生らしい等身大の彼を知る事が出来て、凄く嬉しい。
もっと、もっと、紋逸君を知りたいな。
もっと、もっと、紋逸君に近付きたいな。

あれ、そんな事思ってしまうだなんて、私。
ああ、やっぱり此れって。

ぐるぐると纏まらない思念に取り憑かれている私などお構い無く、彼等は未だ醜い言い争いを繰り返している。
すると紋逸君は彼の頭を右手で押さえ付けたまま、後ろを振り返り口を開いた。

「お前も止めろって、炭治郎!いっつも間に割って入るのに何やってんのお!?」

「ああ、すまない。それどころじゃなかったんだ」

……あれ。二人だけじゃなかったんだね。
今度は間違いようもなく男の子だ。
騒ぐ紋逸君と伊之助君の二人の奥に居た、炭治郎君という男の子のゆったりとした口調が聞こえてきた。
額に痣のある穏やかな表情を見せる、とても優しそうな雰囲気を醸す彼が二人に声を掛けている。

「お前が止めに入らないから俺の腹が瀕死状態何ですけど!ていうかずっと隣にいたよな!?何で助けてくれないわけ?俺の身の危険を蔑ろにして何してたんだよ!」

「いや、少し考え事をしていたんだ。なあ、この本には何か意図があるのか?」

「はあ?意図?本って何の事だよ?」

「いや、だから。この付近に並べられている本の目的が分からないんだ。素肌や乳房晒した女体を表紙にするなんて倫理的にどうなんだ?羞恥心はないのだろうか」

「……ひいっ、イ、イヤアアアー!お前、お前何言ってんの!?つかさあ!しれっと乳房とか言うなよ!それこそ執着心ねえのかよ!?ていうかさあ、知らねえの!?そのコーナーはエロ本の集まりだから!そこは秘密の花園なの!」

……紋逸君、あなたもその執着心の塊な単語を大きな声で言ってしまってる事に気付いてる?
張りのある声色のせいで店内中の人がこっち見てるから。私は無関係な筈なのに居たたまれない気持ちでいっぱいだよ。
公衆の面前で恥ずかしい事を言われているというのに、彼は顔色一つ変えずに手に取った成人誌を「エロ本って何だ?」と言いながらまじまじと眺めている。
隣に居た筈の伊之助君は興味がないのか、颯爽と他の場所へと走り去っていった。

この人達いつもこんなやり取りしてるのかな。
男の子の友情ってこんな感じなんだ。
言いたいことを気にせず言える位に仲良しなんだなあ。
……私も紋逸君と仲良くなりたいな。

「今すぐ戻せ!それは俺達にはまだ刺激が強い代物だから!お願い!」

「刺激が強い?確かに霰もない女性の裸体が映ってはいるが……。何でだ?」

「まだわかんねえの!?無知通り越して馬鹿なの!?馬鹿治郎なの!?」

「俺の名前は馬鹿治郎じゃなく炭治郎だ。分からないからお前に聞いているんだ」

被さり気味で紋逸君が口を開くと炭治郎君の顔つきが険しくなった。
両者睨み合う状態が暫く続き、遠巻きで二人の一触即発の雰囲気に固唾を呑んで見守っていると、紋逸君は急に此方を振り返り再び声を発した。

「ねえ、君が教えてあげてよ!」

「……えっ?」

……私に声を掛けたの?え、何、私を見てる?

ちょっと待って、待ってください。
いきなりの展開に心が着いてこないんだけど。
突然の出来事に言葉を失ってしまった。
しかも私が炭治郎君の疑問を紋逸君の代わりに教えなければいけないの?
無理、無理です。流石に理解しているけれど、言いたくないです。
どうして私に話を振ったの?凄く、凄く、嬉しい。
でももっと違う形でお話して欲しかった。
呆然と立ち尽くす私を気にする事無く彼は話し掛けて来る。

「ねえ、最近この店で一緒になる事が多いよね?どこの高校なの?」

「あ、あの、え、と」

彼もまた私を認識していた事に驚かされた。
微かに笑みを見せる其の表情に、私の心臓は極限まで激しさを増す。
話し掛けられた事と、間近に映る彼を前に頭の中が混乱して上手く言葉が出ない。
初めて視線が交わり、彼の綺麗な琥珀色の瞳が私の姿を捉えている。
其れを実感すればする程、体温が上昇し頬回りに熱が籠っていくのを感じた。
自分に訪れた一隅のチャンスなのに、余りにも突然過ぎて生じた緊張感が其れを阻む。
そんな私を察したのか、彼は艶やかに輝く金糸に触れながら苦笑いを浮かべた。

「急に話し掛けてごめん。しかもあんな風な言い方しちゃってさ、困るの当然なのにね。本当にごめんね?」

両手を合わせて申し訳なさそうに謝る紋逸君に見とれて、私は一言も口から声を発する事が出来なかった。
少し高めで、微かに甘さを残す彼の声色が鼓膜を震わせる。
惹き付けて止まなかった明るい色彩の髪が、柔和に光り瞬く優しい薄い色素の瞳が私を捉えて、どうしようもなく胸を弾ませ締め付けた。

この気持ちってなんて言うの?
紋逸君の姿を一目見れば幸せになって、会えない日は心が沈んで言い表せぬ想いを馳せた。
会いたい、この瞳に映したい。
この願望がいつか偶然で得るものから、必然的になればいいのにと自分に生まれた淡い想いをなんてあらわせばいいのだろう。

その後直ぐに床に置かれたカゴを手に持ちながら、隣に居る子と遠くで食品を物色している伊之助君に声を掛け、その場から去ろうとする。

「じゃあね。本当にごめんね」

「……あ」

どうしよう、どうしよう。
何か話さなきゃ、話したい、もうこんなチャンス無い。
何でもいい、兎に角彼と会話したい。
勇気を出せ、振り絞れ。


「あああああの……っ」

力みすぎて上擦った上に噛みまくってしまった。恥ずかしくて逃げたしたい。でも気持ちとは裏腹に身体が全力で拒否してる。
其れを耳にした彼は目を見開き私に釘付けになっている。
恥ずかしい、居たたまれない、きっと変な女だって思われてるよね。
でも私はこのチャンスを逃したくない。
またこっそり見ているだけの日々に戻るのは嫌だから。

だけど悔しい。口が開かない。私の意気地無し。そんな自分が心底嫌い。
早く、話し掛けなきゃ。紋逸君が居なくなっちゃう。

「大丈夫。俺は逃げないよ?」

恥ずかしさで居ても立っても居られずきつく目を閉じている私に、穏やかな彼の声が耳に届く。
ゆっくりと目を開くと、先程聞こえた声同様の表情を見せる彼と目が合った。
明らかな動揺で失態を晒した私を、彼なりにフォローをしてくれたのだと言動で悟った。
"ちょっと落ち着こ?"と言いながら首を傾げる仕草が無性に愛しくなって、私の胸は今日一番の締め付けを引き起こす。

「あ、あの……っ、私……、私は」

「うん。なあに?なまえちゃん」


……頭の中が真っ白になった。
何で、どうして私の名前を知ってるの?

悪戯が成功した後の様な彼の笑い顔が、私から総ての感覚と動作を奪った。
嬉しそうに、楽しそうに、歯を見せて笑う彼にもう、私は観念するしかない。


これって恋です、よね?

END
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