形は違えど貴方の傍に
「遅いぞ!なまえ」

出勤準備を終え詰所に着いた時には、既に業務開始時刻を過ぎてしまっていた。
お陰で二人肩を合わせた光景に直面する事を回避でき安堵したのも束の間、代わりに冬獅郎の怒号が私を出迎える。

「ご、ごめん」

自席で腕を組みながら眼光鋭く睨み付ける彼の姿に焦った私は、慌てて謝罪の言葉を放つ。
声を掛けられた時彼と視線が交わったが、刹那的に昨日の状況が脳裏に蘇り瞬時に目を逸らしてしまった。

「遅刻した理由は何だ、なまえ」

「……えっと、寝坊しちゃった」

「その割にはひでえクマだな」

誤魔化し笑いを浮かべながら理由を言うと、すかさず冬獅郎から核心を突いた言葉が返り、ギクリと鼓動が瞬間跳ねた。
確かに支度中鏡で確認していた自身でも説得力に欠けると認めざるを得ない、おまけに目も充血してるし尚更。

「体調悪いのか?」

「そんな事無いよ」

「何言ってる、明らかに顔色悪いぞ」

「……」

冬獅郎が以前と何一つ変わらぬ態度で接してくれている現状に安心している自分が居た。
此れまでの態度と言動から推測するに、彼は私の気持ちに気付いていないという事が簡単に把握出来たから。

其れでも耳に届くぶっきらぼうながら心配そうな声色に動揺は避けられなかった、内心はとても嬉しい。
……ただもしも此れが桃ちゃんであるとしたら、彼女には違う言葉を投げ掛けるのかもと思うと複雑な心境に駈られた。

私の葛藤を知る由も無い冬獅郎の純粋な優しさを素直に受け止められない、そんな後ろ向きな思考が未だ彼を直視出来ない状態に拍車を掛ける。

「なまえ。無理すんな」

「え……」

「何かあってからじゃ遅い、今日はゆっくり休め」

……どうしよう、この場から逃げ出したい。

予想していたよりも早い段階で、意思が崩れていく自分が居た。
私達は友達でそれ以上は期待出来ない、冬獅郎が心配するのは私だけに限らず様子が違えば誰にでも平等に与えられる。

分かってる、分かってるのに。
少しでも他の人と意味合いが違っていたら、なんて考えてしまう。

「ただ寝不足なだけだから、大丈夫」

「本当に其れだけか?ならいいんだが……」

「うん」

実際に瞳が冬獅郎の姿を一瞬捉えただけで、塞き止められない位想いが溢れて心が揺れた。
同時に私は自身に纏う彼に対する感情の行く先に不安が過る。

いずれは風化していく思慕なのだろうけど、そのいつかが明日なのか一ヶ月後なのか一年後なのか今の私には明確な答えが導き出せない。
……心の片隅でもしかしたら一生今のままでは、と思ってしまっている。

可能であるならば今すぐ私から消え去って欲しい、この入り混じる様々な負の感情から開放されたい。
だけどきっと無理なのだろう、冬獅郎の姿が瞳を捉える限り。

「大丈夫か?」

「本当に平気。時間が経てばきっと良くなるから……」

「辛くなったら言えよ」

「ありがとう、今日も頑張るね」

……冬獅郎との会話は、まるで自身に纏い付く思念に向けた言葉に思えた。
彼が沈んでいる私を慰め、そして私は"大丈夫""平気"だと言い聞かせる。



私は冬獅郎を今でも好き、其れは偽りようの無い真実だ。
通い合わないからといってずっと大切にしてきた温かな感情を蔑ろするのは嫌だ、私は彼を好きになった事を誇りに思いたい。

いつの日か今は想像も付かないけれど、笑って誰かに胸を張って話が出来るような宝物みたいな大切な思い出にしたい。

もう結果は出てしまっていてどうにもならないのだから、私がすべきは如何に自然の流れで想いを消化していくのかだ。
この恋に終止符が打てたら次は冬獅郎に負けない位素敵な人と恋したい、そして彼にも伝えたい。

勿論その時は親友として。
恋愛感情抜きにしても彼の人間性を尊敬している、私の今後の人生にずっと関わっていて欲しい。

冬獅郎への感情を完全な友情に移行する為に私にすべきは、一つ一つの現状に向き合って気持ちに整理をつける事だ。

きっとこの堂々巡りな感情の螺旋から抜け出す術であると、第一の突破口を見出だしてくれると信じたい。



「……頑張るね」

先程までの憂鬱な気分は無くなり霧が抜けた様に晴れ晴れとした私は、落としていた視線を入口に向ける。



この後現れるであろう彼女の虚像を映して、来るべき衝動に静かに口元を結んだ。
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