ぬくもりある、ゆりかご

此れは、私が。

そして貴方が、

この世界に存在しているという、確かな証。



【ぬくもりある、ゆりかご】



スプリングの軋む音は、何処か居心地がいい。
其れは何故だろう、隣で横たわる彼女がポツリと呟いた。

今では一人で眠るに丁度いいこのベットに、無理矢理もう一人眠る。
口に出しては言えないが、凄く狭い。

……最も、この窮屈さが嬉しくもあるのだが。



「冬獅郎はどう思う?」

程良い睡魔に襲われ半分転寝していた冬獅郎に、背中合わせで横になる彼女、なまえが突然声を掛ける。
藪から棒な彼女の問いは今に始まったことじゃない、冬獅郎は眉一つ動かさずに口を開いた。

「さあな」

たった三文字の適当な返答に、なまえは思い切り起き上がる。
声色で容易に汲み取れる、冬獅郎は心底どうでもいいと思っているに違いない。

「少し位悩んでから答えてくれてもいいでしょ!」

「いて……っ」

狭いシングルベットに並べられた、二つの枕。

なまえは自分が使用している枕を彼に思い切り叩き付ける。
不意打ちとも言える彼女の攻撃に冬獅郎は突飛な声を出し、何度も顔面に当たる枕という名の凶器を両手で受け入れてなまえを睨む。

「んな事俺が知るかよ、明日も早いんだろ。もう寝ようぜ」

そう言い放つと、冬獅郎は軽く欠伸をして枕に顔を埋める。
最初からなまえの問いなど聞いていなかったような、そんな感覚を彼女は覚えた。



何時でも冷静沈着な冬獅郎。

其れは大いに結構な事だが、時としてなまえの神経を逆撫でする。
彼女は柔らかそうな頬を大きく膨らませ、乱暴に横になって背を向けた。

「何怒ってんだよ、なまえ」

なまえが途端に不機嫌になった事を察知した冬獅郎は、少しだけ身体を起こして見つめる。
彼女は変わらず頬を膨らませたまま、聞こえている筈の冬獅郎の声を無視し続けた。



ぎしり。

スプリングの歪む音が耳元に鳴り響く。

冬獅郎にはその音が妙に大きく聞こえた。
何時も眠るまで煩いなまえが黙っているせいだろうか、此れまで気にならなかった些細な生活音が……。



「……」

同時に懐かしさ。

音だけではなく、不規則に揺れるスプリングの反動が心地よく感じる。
この気持ちは何だろう、遥か昔に感じた事のある……何か。

「……冬獅郎?」

暫く沈黙を守っていたなまえが痺れを切らし、後ろに居る冬獅郎へ顔を向ける。
見れば彼は不思議そうな表情を見せ、何やら感慨深そうにベットを見つめている。

「如何したの?」

全く動かない冬獅郎になまえは心配そうに顔色を伺う。
何か気に障る事をしただろうか、身に覚えが有り過ぎる、黙り続ける彼に不安になった。



「……ゆりかご、だ」

「……え?何?」

突然言葉を発する冬獅郎に、なまえは目を見開いて聞き返す。
一体何の事だろう、彼女は首を傾げた。

「ゆりかご……って赤ちゃんを乗せてあやす?」

「そう。何か似てねえか?揺らす時に鳴る音とか」

なまえは、一瞬呆けたまま冬獅郎の言葉に耳を傾ける。
そして視線を斜め上に向け、”ゆりかご”という一つの単語を頭の中で想像した。

そう言われてみれば。
彼女は其れがゆっくりと揺らされた時の音を思い出す。

決して大きくない音。
だが、乗せられて寝かされた赤ん坊には、その音が大きく聞こえる。

不思議と心地良い。
静かにゆっくり奏でる、揺れる事で軋む音は……一種の子守唄にも成り代わる。

冬獅郎は、きっとその時の気持ち良さを何となく覚えているのだ。
失礼だけれど、彼は天才児と呼ばれるに相応しい子供なのだから。

「そうだね。改めて聞くと、似てるかな」

穏やかに冬獅郎に微笑を向けると、彼も珍しく微笑み返す。
本当に僅かに口端を上げているだけの、なまえにしか汲み取れない程の笑み。



「寝るか」

「うん」

互いの唇を重ね、二人はゆっくりとベットに身を沈めていく。
そして、甲高いスプリングの軋む音が二人を包み込む。


「……本当だ、落ち着くね」

なまえは嬉しそうに冬獅郎に笑顔を見せる。
其れを見た冬獅郎も、僅かに頬を赤らめて彼女の頭を自分の胸に納め……瞳を閉じる。


「お休みなさい」

「お休み」


温かな、二人のゆりかご。

寝静まっても、音は不規則に奏で続ける。


END

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