いつもならハンス先輩を捕まえてロンドンの薄暗い路地の、小汚いバーでだらだら酒を飲んでいるはずだった。
私に後輩がこのままできなければ。

けれど、念願の女の子の後輩。
しかもとんでもなく美人だ。
身長だって私より高いし、ブラウンの髪はウェーブしていて腰まである。
なのに毛先まで美しい。どこかのモデルの様だ。
こんな風に生まれたかった。


彼女もニール同様、個人でスパイとして活躍していた所をうちの組織に勧誘されたらしい。
そして今は暗殺というよりも、それ以前のターゲットの情報交換など、裏で活躍している。


今日は彼女と女子会と称する酒飲みの席だ。2人だけど。まさか私が世間一般人のようなイベントに参加できる時が訪れるなんて。
それも、ロンドンの女の子たちに今人気のお洒落なバー。
甘いお酒ばっかり。でも用意されているウイスキーもビールも美味しいものばかり。


ギネスビールを注文するのはもうやめた。
代わりに、今まで通りウイスキーを。
彼女は見た目に似合わずカルーアミルクを頼んだ。
飲んだことないけど美味しいのだろうか。

「ナマエ先輩。聞いてください。ハンス先輩ったら私のことガキだガキだって言うんです。相手にされないんです」
「うーん。セシル、26歳だっけ。ハンス先輩と10個離れてるもんね」
「私は年齢なんて関係ないと思います」

どうやらハンス先輩に春の訪れの予感。
女の子との恋バナって楽しそうなイメージがあったけど、正直どうでもいい話だな。

頼んでいたフィッシュアンドチップスをのんびり食べる。今日は聞き役だ。永遠と彼女の話を聞き流す。

「そう言えば、先輩は恋人とかいないんですか?」
「いないよ」
「好きな人は?」
「いないよー…。誰か紹介して?」


もうニールのことは忘れようと思う。
いや、忘れたいと思っている。
だってこのままニールを思い続けるなんて正気じゃないられない。いつ帰ってくるか分からない。最悪帰ってこないかもしれない。
という以前に、待つなと言われてしまっている。
そんな人を忠犬の様に待っていたら、私はいつまでも結婚できないだろう。
だから忘れようと努力してるし、現在は恋人募集中の身である。


頼んでおいたローストチキンとベリーが机に置かれる。
目の前のセシルはブルーベリーを1粒口に入れて、うーんと唸る。

「知り合いにあんまり良い男はいませんね」
「私もなんだよね」
「まあこんな世界で生きてますもんね、私たち」

2人ではあ、とため息をつく。
現在恋人募集中であるため、私は密かにダイエットしている。
だけど今日はなんかもういいや。気にせずローストチキンを口いっぱいに含んだ。





ニールがいなくなって4年。
それは言葉にすると短いようだけど、体感してみるととんでもなく長い期間だ。
だって、4年もあれば中等教育を受けていた子供たちは皆卒業できてしまう。大学生も簡単に成人を迎える。

もちろん大人になってからの4年は、子どもの感じる4年間より遥かに短いとは思う。
それでも、彼への恋心を薄めるには十分な期間だった。


毎日考えていた彼のこと。
何かをするたびに思い出してしまうニールの事。
今はほぼない。

でも、ふと思い出してしまったら途端に切なくなる。
今どこで何してるの?と、ぐるぐるいつまでも考えてしまう。
あと何年したらそれも無くなるんだろう。




久しぶりにショッピングに出た。
夏物の服を新調したい。
ショッピングモールに入ると外とは違って涼しい空間。ほぅ、と安心して額の汗を拭った。


適当に、気になった店に入っては服を物色する。
ちなみに、今日のコーディネートはダメージジーンズにゆるい春夏用の白いニット。
シンプルなのが好きなんだけど、そろそろ似たような服でクローゼットが埋め尽くされそうだ。
たまには冒険もしてみたいが、30近い女が出来る服装なんて限られている。


手に取って品定めしているのだって、無難な白のブラウスだ。迷っているのは淡いベージュ。
どうしよう、私って白ばっかり買ってる。
しばらく悩んでから淡いベージュの方を買った。

だいたい、こんなに悩んで服を買ったって私には見せる人がいないんだけどね。
下着もボロボロになるまで着るようになった。
恋人がいたら違うんだろうな。

そう考えると浮かんで来るニールの顔。
ほら、また考ている。



気を紛らわすべく、私は近くのカフェに入った。
こんな時は甘い飲み物で癒されよう。

レジはいつも通り混雑していて、数人が並んでいる。
最後尾に回ると前のお客さんが「見る?」と言ってメニュー表をぽい、と渡してきた。
お目当てのモカを見つけて、私も同じように後ろに並んだ人にメニュー表を渡そうと顔を上げて驚いた。

ニールがいた。

いや、違う。
ニールにそっくりな人。
そっくりって言うより同じ顔の人。

でもどことなくニールと違う。
そう、髪の癖の付き方。
若干違う。それに目が違う。
纏う雰囲気が全然違う。


「えっと、なに?」

相手の声にハッとする。
なんてことだろう、気がつけば彼を舐め回すように見つめていた。相手も苦笑いで私からメニュー表を受け取る。

「ごめんなさい。あの、あなた、、、」

ライル。
確かニールはそう言っていた。
双子の弟がいるんだと。

「ニール君の弟?ライル?」
「…あんた、兄さんを知ってんのか」

彼はとても驚いたようで、瞳が溢れそうな程目を見開いた。

「お次の方、どうぞ?」
良いタイミングで私の会計の番がやってきてしまう。
するとライルはするりと横に並び、自分の注文を私より先に店員に告げてしまった。

「えっ」
「一緒にどう?」
「…あ、うん」

戸惑う私にライルはニコリと笑う。彼は女の扱いに慣れていそうだ。
そう言えばニールが私を「会わせなくない」って言っていたような気がする。
忘れかけていた記憶をまた、思い出した。








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