いつもと変わらぬ朝が来る。
仕事があれば2人で出かける。夕食は時間が合えば家族みんなでする。
そんな毎日を繰り返し、ニールと出会って半年以上が経っていた。そろそろペアも解散される頃だと思うと憂鬱な毎日。
でも、ペアじゃなくなったとしても彼は私の屋敷に住み続けるつもりだ。
いつまでかは分からないけど、きっと短いだろう。
以前彼が言っていた言葉がよぎる。


「大丈夫か?ぼーっとして」
「ごめんなさい、先輩」

ウイスキー片手にぼんやりしていた私を隣に座っていた先輩が小突く。
今夜もニールと二人で休みの日なんだけれど、彼は用事があるからとどこかへ出掛けている。
仕事終わりのハンス先輩を捕まえて久しぶりに酒に逃げている今。

「とうとうニール君とペア解消かー」
「ああ。来週からって決まった」
「そういうの、誰が決めてるんですか?」
「俺の先輩の先輩の先輩」
「よく分かんないです」

この組織に入って数年が経っているが、普通の仕事ではないために社員?というか雇われている人のほとんどを知らない。
私は一応まだ下っ端だし、知らない事なんてたくさんある。でもニールが上の人間から一目置かれているのは分かった。
ライフルの腕前が尋常じゃない。きっと将来有望。みんなに期待されている。


まだ半分も残っているウイスキーは溶けた氷によって程よく薄味になっている。
そういえば、ニールと一緒にお酒飲みたいな〜なんて考えていたけど、果たして願いが叶うのはいつになるのか。


「そういえばいつもニール君は何処へ行ってるんでしょう?2日以上続く休みの日には必ず何処かへ行ってますよ」
「恋人の所じゃないのか?」
「……ああ。恋人。違うと思います。たぶん」
「なんで?」
「ふふん。告白されましたもん。私」
「まじかよ」

自分で言って恥ずかしくなり、グラスに残っているウイスキーを全部飲み干した。たぶん私は顔が赤くなっている。

ごとり、といつもより乱暴にグラスを机に置くと先輩は「へー、良かったな。両想いだったのか」と独り言のように口にする。
心底どうでもいいといった感じだ。

「でも、こんな危険な仕事をしてたらな。大切な人が他にもいたりして。ほら、アイルランドとかに」
「……先輩、私のこと嫌いなんですか?」
「いやいや、なんかありそうな話だなーっと思って言ってみただけだよ」
「迷惑な」


でも、先輩の言葉に「確かに」と頷いた。
付き合えない理由は実はそんなことなのかもしれない。
そう思うとまた片思い中だった頃と同じ心境に陥った。

「すいません、オレンジジュースください」

バーのマスターにオレンジジュースを注文。
言うほど私が酒に強くないのは自分自身知っている。いつもウイスキーを頼むのは手っ取り早く良い気持ちになりたいからだ。今日はなんとなく、悪酔いしそうな気がした。



ニールとペア解消の日は呆気なくやってきた。そして特に何事もなく、その日は過ぎた。

ペアが解消した。
それは仕事を二人でやらなくなっただけで、一緒に暮らしているという利点から毎日彼に会える。
思っていたよりも深刻な事ではなくて安心安心。

それでも、上からも期待されているニールはもしかしたら私より仕事多いのでは?と思うほど働いている。
一緒に家族と食事をする機会は減ってしまった。
いつも先に帰った方が料理をして、余りは冷蔵庫。遅くに仕事を終えたらそれを食べる。そんな毎日だ。

以前、私の方が帰りが遅くなった時、もちろん冷蔵庫にはニールの作った夜食。
それに手紙も添えられていた。ただメモ帳の端っこを切っただけの紙切れだけど、私は手紙と呼んでいる。
「おつかれさま」ただそれだけの事が嬉しかった。
それから私も手紙を添えるようになって、今では会えない日の楽しみの一つだ。
まるで文通をしている学生の様。


しかし、今日は私とニールの休日が重なっている。
もしかしたらまた一緒に何処かへドライブにでも行けるかな、なんて考えていたのに朝、いつもより早く起きたら彼はいなかった。

代わりに冷蔵庫には父と私の分の朝食。
かなり早起きしたらしい。

『今日はでかける。明日、デートしよう』

そう書かれていた。

デート。その文字を読んだだけで私の気分は高まる。今日どこに彼が出かけようがまあいいや!と二度寝しようとした時、携帯端末が鳴った。


「もしもし?」
「ナマエ?急で申し訳ないんだけど、私と仕事変わってくれる?今日の21時の。大丈夫、場所はロンドンのー……」

今日はお姉様の仕事を引き受けるしかないようだ。



言われた通りの21時。
私は毒薬を使うという古くからある暗殺方法で幼児虐殺を繰り返しているベビーシッターの女を殺した。
ロンドン塔の近くである。
昔、悪人が幽閉されていた塔だ。暗殺なんて日常茶飯事、そんな場所だった所。

自分も同じ事をしているはずなのに私は昔からこのロンドン塔が嫌いだった。幽霊の噂もあったし、薄気味悪いし。


今日の仕事の帰り、ロンドン塔の脇の道を通る。
いつも昼間は観光客で賑わう場所だ。夜の暗い観光地で、ぼんやりと人間観察。
夜だというのにちらほらと観光客がいる。
ここに居る人たちは今でも暗殺が行われているなんて知らないのかもしれない。
そう思いながらただ歩いた。


ふと、足を止める。
見た事のある後ろ姿を発見したからだ。
なんとなく目で追っていると、彼は橋にもたれ掛かる美しい人に駆け寄った。
彼が横を見る。
私からちょうど横顔が見える位置。
ニールだった。

彼が話しかける美しい人。
髪の毛はキラキラと街灯の光で輝く紫色で、ショートヘアの似合う美女だ。
メガネの奥から見える赤く凛々しい瞳に私は見とれた。


話しているようだけどもちろん離れている私には内容が聞こえない。
ニールはヘラヘラしている。相手の美女は顔色一つ変えず、むしろ苛立っているのか眉間にシワを寄せていた。


しばらくすると2人は話しながら人ごみの中へ消えていった。私はただ立ち尽くす。
以前、酒の席で先輩が言っていたことを思い出した。

ニールにとって大切な人とはさっきの美女なのだろうか?








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