療養中、暇で暇で暇で暇すぎて死ぬかと思った。

ベッドから抜け出そうとして何度ニールに怒られただろう。
1階に用がある時はいつもおんぶされていた。
彼の背中はとても大きくてしっかりとした筋肉が付いていて、とても男らしい。おんぶされるのは私の密かな楽しみでもあった。

お風呂は入らせてもらえず、タオルで体を拭くしかなかった。しかも自分で手の届かない所はニールが。
恥ずかしくて死ぬかと思った。
彼は飄々として居たのが地味にむかついた。


それでも今日はついに解禁日!
今日から自由の身なのだ!
昨日医者に来てもらってしっかりと許可をもらったのでこれで誰も文句は言わないだろう。ニールももうとやかく口出しをしない、はず。


「うーん、どこに行こうかなー」
「飲みにでも行くか?」
「未成年にお酒は犯罪だよ」
「……」
「あ、今日って第二火曜日?」
「そうだけど?」
「いつものところ行こう」

今日はいつもの市場で火曜市をやっている。いつもよりたくさん商品が並んで、さらに安くなっている。
第二火曜日はいつもの火曜市の他にも倉庫の外では地元の人たちが出店して、収穫した野菜で料理を出しているのだ。その日ばかりのアンティークショップもあったりする。

時計を見るとちょうどお昼。

「じゃあ行くか」

もう必然と私は助手席へ、ニールは運転席に座る。
今後彼と出かける時に私が運転することは無いのだろう。
彼はルームミラーとイスを自分の位置に合わせて「よし」と意気込みエンジンをふかした。



市場に着くと、周りには予想通りいつもより大勢の客がいる。
買い物をしている人から振舞われている簡素な料理に舌つづみをしている人もいる。

私たちもとりあえず食べ物を手に入れるために各自好きな出店に並ぶ。私は自家製ブルーベリーパンを。ニールは焼き鳥やベーグルを抱えてきた。


食べ物を手に入れると広場に仮設で多く出ているベンチに並んで座る。
隣の焼き鳥の匂いで肉が食べたくなってきた。でも病み上がりだから高カロリーの物は食べるのを控えるように言われてしまったのだ。

「食べたいのか?」
「うん」
「ひとくちくらい良いだろ」
「くれるの?」
「ん」

差し出された串に刺されている肉。
大口を開けてできるだけ多く口に入れるとニールは笑って「欲張りだな」なんて言う。
私も変わりに自分のパンを4分の1プレゼント。

「うまい」
「ね」

ベンチでのんびりお昼ごはん。
久しぶりに今日は晴れていて、でも涼しい風が吹いていて9月なのに程よく涼しい。


そろそろ食べ終わるという所で、よくこの市場で出会う老人夫婦が私たちを見ると近づいて来た。何事かと思って身構えると、おばあさんの方が私の手をとって嬉しそうに微笑んだ。

「もう体は良くなったの?」
「え、え?」

なんで知ってるの?
慌ててきょろきょろしている私をニールはしらっと遠くを眺めている。そして作り笑い。

「彼がね、珍しく一人でここに来ていたから、奥さんはどうしたの?って声かけたのよ。そしたら、あなたが大怪我して寝込んでるって聞いてね」
「え、」
「私、元看護師だったから彼に色々教えてあげたのよ?」
「そ、そそうなんですか、ありがとうございます」

ニールがこの市場に一人で来ていて、そこを見たこのおばあさんが助言をしてくれている様子を想像する。
そして私は奥さんだと思われていたの?ちょっと結婚するには若すぎないかしら。なんて。
なんだか自分が恥ずかしい。
思わず頬を両手で抑える。

「おかげさまで良くなりました」
「そう、本当に良かった」

おばあさんは自分のことの様に喜んでくれて、なんだか恥ずかしいけど嬉しい。
ニールはというと隣でにこにこしている。


「いい旦那様を持ったのね」
「え、えっと!旦那様では、ないです」
「あら!結婚はまだなのね。先走っちゃってごめんなさい」
「いえいえ」

そこでおばあさんは連れのおじいさんにそろそろ帰るよ、と言われて私たちに軽くあいさつをすると、駐車場の方へ向かって行った。
二人の姿が見えなくなったところで大きなため息をつく。

「緊張したー、それに、なんか色々聞いちゃった。
…ありがとう、ニール君」
「早く元気になって良かったよ」

ニールは私を見て微笑んだ。
旦那様ではないけど、こんなふうにしていたら周りからは私たちも夫婦に見えているのかもしれない。嬉しいな。

「さ、買い物しようか」
「ああ。そうしよう」

ゴミを持って立ち上がり、その場を後にする。
振り返ると私たちのいた席には子連れの夫婦が同じように食べ物を持って座っているところだった。
あんな未来があればいいのに。
なんとなく考えて、なんとなくそれは無理なんだろうなって思った。
今の時間が、私の幸せ。
そう思う。



「何を作る?」
「おまえの好きなものを食べたらいいよ」
「デリバリーのピザ」
「おい」
「冗談。どうしようか」
「まだがっつり食わない方が良いよな」
「そうだね、うーん」

市場をぐるぐるしながら、そう言えば献立が決まっていない事に気がついた。
とりあえずじゃがいもは買っておく。これはニールと住んでから習慣になった。
今日もカゴは彼が持ってくれている。
私は財布を持って隣を歩く。

「あ、蒸し野菜とか。あと魚のムニエル」
「フィッシュアンドチップスのヘルシーバージョンじゃん。ねぇ、ちょっとだけ、お肉も入れよう?」

ニールは呆れながらもちゃんと新鮮なお肉を買い物カゴに入れてくれた。
私が鶏肉が好きなのを知っているのか、オーソドックスな羊や牛の肉ではなく鶏肉を買ってくれた。

蒸したい好みの野菜を見繕って買い、2人でまた二つの袋を片方ずつ持つ。
ちなみにお金はいつも割り勘だ。割れない時はその時お金をより持ってる方が出している。


ふらふらと車まで袋を運ぶ。
最初は私を心配したニールが二つ持とうとしたけど、あんまり過保護にされると体が鈍りすぎてしまう気がしたので分けてもらった。
車の後ろの席に袋を置くと、もちろん私は助手席。彼は運転席。

ラジオからはアイルランドの民謡が流れてきた。

「これ知ってる?」
「…ああ。知ってる」
「もう、帰らないの?」
「……どうだろうな」

彼はまた寂しそうに遠くを見つめた。
まただ。

私には何が出来るんだろう。彼を悲しませないために。こんな哀しそうな顔を減らしてあげたい。
笑顔で生まれた地へ帰れるようになって欲しい。

胸がいっぱいになって、苦しかった。









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