ナマエと共に屋敷を出て、裏庭に向かった。
太陽が照っているのにロンドンよりも涼しいのは風が冷たいせいだろうか。
四方八方から鳥の囀りが聞こえる。
空を見上げると綺麗な色をした鳥がすぐ側の林の中へと飛んで行った。

「今の綺麗な鳥だなぁ」
「そうですね」
「ん?」

よく見れば、林の入り口に小さな小道が続いていた。

「あの道はどこに続くんだ?森?」
「あっ、森に続いてます。でも、途中に広いお花畑があるんです」
「よく行くのか?」
「はい。私の大好きな場所です」
「なら連れて行ってくれないか?」
「でも…2日前雨だったから、あなたの綺麗な靴が汚れてしまいます」
「そんなの良いよ。行こう」

俯いておれの買ったばかり(この日のために母親が用意した)の靴を見ているナマエの手を握った。探検が大好きなおれにとって、小さな砂利道はキラキラして見える。行かないという選択肢はない。


「こっちです」
「すげえ…!」

ナマエの言った通り、少し中に入ると様々な花が一面に咲いている開けた場所があった。
自然と手が解かれ、ナマエはその場にしゃがみ込んで花束を作り始める。その都度その花の名前を教えてくれた。

「これはクルマバソウ、あっちの黄色の小さなお花はウイキョウです。あ、これはナズナです!ハートの形の葉っぱが可愛いでしょう?」

ナマエは夢中になって花について教えてくれる。
先ほどとは違って目がキラキラしていた。

「この花は?すげえ綺麗」
「ノハラムラサキです。綺麗ですよね!」

せっせと花を摘み、ナマエは小さな花束をプレゼントしてくれた。なぜか頭の上に葉っぱが乗っていて、思わず吹き出してしまった。

「ナマエ、頭に付いてるぞ」
「へ?えっ…?」
「取ってやるよ」
「あ、ありがとうございます」

ナマエは頬を染めて照れた。
その何とも言えない表情が愛くるしくて、今まで会ってきた婚約者候補には抱かない感情が芽生える。むず痒い感じだ。

「よくここに来るのか?」
「は、はい。でもお父様は服や手足が汚れるからダメだって言うんです…」
「でも来るんだ?」
「……お父様はとても厳しい方です。よく怒られてしまいます。そんな時、なんだかお父様が嫌がることをしたくなっちゃうんです」
「へえ」

意外なナマエの一面に素直に驚いた。
こんなに弱々しい子でも、自分のように親に反抗したくなるものなのか。その反抗がまた可愛らしい。

「私、元々お花が大好きなんです。だから表玄関前にはたくさんの花壇があるでしょう?あれはお父様が私のために作ってくださったんです」
「そうなのか。ナマエは花が好きなのか」
「はいっ」

まるで花が咲くようにパァァと笑ったナマエを見て、なぜか心臓の鼓動が速くなる。守ってやりたくなる。何なんだろう、この気持ちは。


「それにしても、最近たくさんの年上の男の子がやって来るのは何故なのでしょう…」

今度は花の冠を作り出したナマエが独り言のようにつぶやいた言葉を聞き逃さなかった。

「おれ以外にも来るのか?」
「はい。10歳の誕生日を迎えてから、何度か…」

それを聞いた途端焦りが生まれる。
やばい、ナマエを他の男に取られるかもしれない。
そんなことを考えている時点で、おれはナマエに惚れているんだと自覚した。
自覚したらしたで何だか気恥ずかしくなってくる。

「その、ナマエはおれと結婚したいとは言わなかったよな?結婚したい男が既に見つかったのか…?」
「いいえ!だってみんな全然子どもなんですもん!」

予想外の返事に呆気に取られる。

白い花を器用に他の花の茎に絡めながらナマエはニコニコ笑った。

「私はとっても素敵な王子様と結婚するんですっ」
「お、王子様?」
「はいっ。まるでキャベンディッシュ様のような、素敵な王子様です………」
「キャ、キャベ…?」

ナマエは「キャベンディッシュ様を知らないのか」と目をくりくり丸くした。どうやら最近流行りの俳優らしい。
そいつは長いサラサラの金髪で、いつもスマートで美しい男らしい。そこらへんの男の子たちとは違って優雅だそうだ。

自分の姿を見下ろしてみる。
絆創膏と傷跡だらけの手足、邪魔なだけだからと坊主にしてばかりの髪。顔は基本的に汚れている。
こんなおれとは結婚したいと思わなくて当然だ。

「キャベンディッシュ様のような素敵な男性が現れたら、私その人の奥さんになるんです」

うっとりした顔でナマエは言った。

「おれは?どう?」
「全然キャベンディッシュ様じゃないです」

や、やっぱり…?

それでもナマエはおれのために花の冠を完成させて、頭の上にそっと乗せてくれた。良い香りがする。ナマエの匂いなのか、それとも周りの花々の香りだろうか。

「そろそろ戻らないとお父様たちに怒られてしまいそうです」
「帰ろうか、ナマエ」
「はい」

思い出したように怯えたナマエと手を繋いで屋敷に戻った。
ナマエは別れの時まで一度も名前を呼んではくれなかったけど、もうおれは心の中である決意を固めた。
絶対ナマエと結婚するんだと。

いつの間にか心惹かれたナマエと、将来結婚できるように。心を入れ替えて努力していこうと決めた瞬間だった。







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