講義が全て終わり、後は夕食の材料を買って帰るだけの、いつもと全く変わらない火曜日。

けれど今書いているレポートの資料になる本を探すために、今日は珍しくショッピングモール内の大きな本屋さんに寄ることにした。

カフェの併設されているこの書店はいつもコーヒーの香りが漂っていて落ち着く。ついつい目的ではない本に目が行ってしまったりする。
今日もいつもと同じく、目当ての本を小脇に抱えてレジには向かわずに店内をぶらぶらしてみる。
レシピ本のコーナーに自然と足が向く。

サラダに特化した本や、アジア料理の本、ホームベーカリーの本…
無駄遣いはしてはいけないと思いつつも、気になった本を少しその場でぱらりと捲る。
うーん、この本は欲しい。あれば便利。
買っちゃおうかな…。

サボさんからいただいたカードは毎月いくらまでと自分の中で使用量を決めている。今月はあまり自分のためにお金を使う機会がなかったし、今日はこの本を買っちゃおう。そうしよう。

2冊の本を抱いてまた店内を歩き出す。
もう他の本に目移りはしない。そう決めた。


レジ近くにあるビジネス雑誌のコーナーで、ふと立ち止まった。表紙は知らない年配の男性だけど、その脇には『アウトルックグループ 時期社長に待望のインタビュー!』という文字。

これってサボさん?

パッと本を手に取ってもくじのページを探した。
23ページから24ページまで、ちょっとした息抜きコーナーだろうか、『社長の日常』という見出しがある。
そこにサボさんの名前を見つけた。



『今回はアウトルックグループ時期社長、サボさんにプライベートについて語ってもらいます』というインタビュアーの言葉。プライベート、つまり私の話もしてるのだろうか。
見開きのそのページには仕事場であろう整頓されたデスクでパソコンと向き合っているサボさんの写真が掲載されていた。かっこいい。どこかのモデルの男の人よりもうんとかっこいい。
思わず記事を食い入るように見つめた。



サボ「このコーナー、社長の日常なのにまだ社長じゃない僕が出演して大丈夫ですか」
インタビュアーK(以下K)「大丈夫です!読者からのリクエストが多かったんですよ」
サボ「そうなんですね。笑」

K「早速ですが、サボさんの幼少期についてお聞かせください。どんな子どもだったのでしょうか」
サボ「そうですね…ひとことで言えばクソガキですかね。両親の言う事は全く聞こうとしなかったし、よく家出を繰り返してました」

K「それは予想外すぎます。今の貴方からは想像できないですね」
サボ「ある時から心を入れ替えたんです。それからはちゃんと両親の言い付けを守るようになりました。会社を継ぐ事を決めたのもその頃です」

K「その"ある時"、一体何があったんですか?」
サボ「12歳の時に素敵な女の子に出会いました。すぐに好きになって、その子のためにもちゃんとしようって決めたんです」

K「それって恋ですか?」
サボ「そうですね。初恋です。今でもあの日のことは忘れられません。ずっと好きなままです」

K「それはとってもロマンチックな話ですね!もっと詳しくお聞きしたいのですが…」
サボ「この話はもうこれで終わりにしましょう。他の人にあんまり知られたくないので…。何よりも恥ずかしいです、話すのが」

K「分かりました。笑 では次に、弟さんとの関係を教えてください。ある意味ライバルですよね」
サボ「弟とは、そうですね。普通じゃないですか」




その後を読んでも私の話は出て来なかった。
そんな事よりも、サボさんが変わるきっかけになった初恋の話が頭から離れない。

「ずっと好きなまま」

何度読み返してもその文字はあって、これが見間違いじゃない事を教えてくれる。
だんだんと心臓の鼓動が速くなる。
どういうこと?なんなの?これは、本当なの?

サボさんが嘘をつくとは思えない。
こんな嘘をついても意味なんてないのだから。
つまりここに書いてあることはきっと本当。
サボさんにはずっと忘れられない初恋の相手がいると言う事?それって、誰なの?



家にたどり着くまでの記憶がなかった。
気がつけばいつも通りにサボさんが玄関の扉を開ける音でハッとした。料理はいつもと変わらず上手に作れた。
サボさんもいつも通りで、ハグとキスをしてくれた。

いつも通りじゃなかったのは私だけだ。
本屋で立ち読みしたあの雑誌のインタビュー記事がずっと頭の中でぐるぐるしていて消えない。サボさんがいくら笑いかけてくれても、いくら笑顔を作っていつも通りの自分を演じても、心の中はどんよりと曇っていた。
むしろその曇りはどんどん深くなる。

サボさんが今まで私に好きだと言ってくれたことや、与えてくれた物、キスもハグもセックスも。ちゃんと愛を感じていた。サボさんの私を見る眼差しも偽物じゃない。

じゃあずっと好きなままの人は?
もしかして私は、その人の代わりなの?

ベッドに横になり、サボさんに抱きしめられながら目を閉じても何も変わりはしない。
ただ気がついたらことがある。
私たちは政略結婚であること。恋愛なし。
つまり、サボさんには忘れられない人がいたとしても、全く何もおかしくはない。

まるでどん底に落とされたような気分だった。
ちゃんと眠れる訳もなく、気がつけば朝を迎えていた。







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