「…あちぃな」

空を見上げてライルが苦しそうな声を出したのでナマエは思わずくすりと笑ってしまった。

ロンドンへ任務に訪れて1週間目。
今日は朝から天気が良くて絶好の散歩日和だった。任務と言ってもそんなに1日中パソコンに向かったりモビルスーツに乗り込んでせっせと戦う必要はない。
別室で煙草を吸いながら新聞を読み耽っていたライルに「ランチを食べに行こう」と誘ったのはナマエだった。


ナマエはライルに淡い恋心を抱いていた。
それを知っている周りが今回の任務の適任者をわざと2人にしたのだ。職権濫用である。
しかし2人ともそんなことは知らない。

ナマエはこれを機にライルと少しでも近づきたいと思っていた。だからこそ勇気を振り絞り、彼をランチに誘った。


とは言ってもロンドンの土地勘がないナマエは、ライルの了承を得ると慌てて近場のレストランを携帯端末で検索した。彼の好物など知る由もない。
「近くに美味しいって話題のフレンチレストランがあるみたいなの」と前から知っていましたという風を装って提案した。
ライルは「久しぶりに美味い料理でも食べるとするか」と笑った。ナマエはその笑顔を見て胸が切なく痛むのを感じていた。


ナマエの提案したフレンチレストランは隠れ家から徒歩20分のところにあるらしい。
バスかタクシーを使うか提案したが「体を動かそう」と言って徒歩を選んだのはライルだ。
確かに今日は珍しく朝からずっと天気がいい。
雲一つない。
ナマエももちろん承諾して、2人よそ行きの服装へ着替えてから外へ飛び出した。

最近ずっと屋内に篭りきりだったせいか外の暑さが体に堪える。ライルも先ほどから「帰りはバスにしよう」とか「熱中症になる」とか愚痴をこぼしている。


「でもまだ歩いて10分なのに、もうバテちゃったの?」
「…ジムに通った方が良さそうだな」

ライルが背伸びをしてため息を吐いた。
ナマエは普段淡々としている彼の珍しく気怠そうな姿を見て内心ときめいていた。


レストランは平日にも関わらず大勢の客で混雑していたが、5分程度待っていればすぐに席へと案内された。
コース料理を頼んで一番最初に運ばれてきた皿を2人で覗き込む。深い大皿の底にちょんっと小さな丸い何かが置かれていた。

「なんだこりゃ」
「ええと…夏野菜のゼリー寄せ、だって」

ライルが鼻で笑ってそれをひと口で食べた。ナマエもフォークで突き刺しひと口。思ったよりも上品でさっぱりした味がした。

「意外と美味いな」
「意外とね」

周りに気付かれないように2人でクスクス笑い合う。

それから次々に運ばれて来る珍妙な見た目をした食べ物にいちいち文句を言いながらも最後のデザートまで食べ切った。


「久しぶりにコース料理食べた」
「俺も。たまには良いモンだな」
「なんだかんだ美味しかったね」
「ああ。白ワインも最高だったしな」
「たしかに。銘柄確認するの忘れちゃった」

帰りはバスで、なんて言っていたはずが2人は元来た道をゆっくりと歩き始めた。
ふと、大きな十字路に差し掛かるとライルが足を止めた。少し後ろを歩いていたナマエも同じように止まる。

「ライル?」
「こっちの通りに行くとマーケットがあるんだ。寄って行くか?」
「えっ!行きたい」
「よし、ならこっちだ」

方向転換して信号を渡る。

「ライル、詳しいの?ここら辺」
「……子どもの頃、何回か旅行に来たことがある」
「そうなんだ」

あまり詳しくは聞けなかった。
ナマエももちろん、仲間たちには重く苦しい過去があることを知っていたからだ。
けれど今少し前を歩くライルの横顔は穏やかで、自分との時間を楽しんでもらえているようで嬉しかった。

ライルの言った通り、数分歩くと人が賑わう通りに出た。花や食器、子ども向けの玩具売り場など様々な店が立ち並び、人々は皆目を輝かせている。
ナマエも周りと同じように目を輝かせた。
けれどハッとしたような顔をして、口をきゅっと塞いでしまった。

「…私がただの女の子だったらたくさん買い物できたのにな」

いつ死ぬか分からない者たちの私物というのはごく僅かだ。家や家族も捨てた人間も多い。ナマエも同じだった。自分の部屋には必要最低限の物しかない。
いつ死を迎えても良いように。

ライルはナマエの横顔をそっと覗き込み、バレないようにため息を吐いた。そしてポンっと肩を叩く。

「せっかく来たんだ。記念に何かひとつだけ、俺が買ってナマエにプレゼントしてやるよ」
「えっ?!そんな、悪いよ」
「今日デートに誘ってくれた礼だ」
「でっ!?」

ライルは顔を真っ赤にして困惑するナマエを他所に歩き出す。ナマエは慌てて想い人の背中を追った。

「え、あの…ライル」
「ん?なんだ。もう欲しいモン見つかったのか?」
「まだ。あの、私からもライルに何か贈って良い?」

迷惑じゃなければ、とナマエは付け足す。
ライルは虚をつかれて一瞬立ち止まってしまったが、すぐに笑って「嬉しいな」と答えた。

「俺たちの初めてのデート記念に」
「またそんな事言って揶揄って」
「さあ。それはどうだろうな?最初に行動に移して来たのはおまえだろ?」
「…………」

ナマエは憎たらしいライルの背中を目一杯叩いた。ちゃんと力を入れたはずなのにライルは楽しそうに笑う。なんだか釈然としないが、結局目の前の魅力的な店に夢中になってしまった。

「ライルへの贈り物は私が選ぶ」
「期待してるよ」

自然と繋がれた手は、2人の隠れ家へ辿り着くまで離れなかった。




end







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