朝5時半に起きるとカーテンを開けて少し明るくなってきた空を確認する。今日も雲が多いから小雨が降るかもしれない。
ぼんやりしている間にケトルがカチッと音を立てて、お湯が沸騰したことを知らせてくれる。
ティーパックの紅茶を飲みつつ朝食作りを始める。
それが私の朝だ。
実家に居た時は祖父母の作っている畑の手伝いのため、同じくらい早くに起きる日が何度かあった。
それでも基本的には6時から6時半の間に起きて、母親の作る朝食をぼんやり食べる毎日。早くに目が覚めてしまえば母親の朝食作りを手伝った。
だから別に今この時間に起きて朝ごはんとお弁当を作る事は全く苦じゃない。なのに彼はいつも「無理しなくて良い」と困ったような顔をする。
私がロンドンに引っ越して今日で1ヶ月。
つまりそれは、サボさんのところへ嫁いで1ヶ月ということになる。
自分がいつか彼の元へ嫁に行くことは前々から両親に言われていたので知っていた。何度か写真は拝見したが、会うのは両家顔見せの時が初めてで、私は自分がこんなにも素敵な男性と結婚するのか…と驚き言葉が出なかったものだ。
これは所謂政略結婚。
私の父の経営する会社は実家のある都市では知らない人がいない程の大きさまで成長した。
そしてサボさんのお父様はイギリスで超有名なシステム開発企業、アウトルック・テックの社長。
私の父の会社はアウトルックグループの子会社なのだ。
しかしアウトルックグループにはかなりの数の子会社、関連会社があるはず。うちなんて本当に小さい方だと思う。
なのになぜ私が選ばれたのかはずっとわからないままだ。父でさえ分からない。
しかしこの結婚は10年ほど前から決まっていた。
最初は疑問に思っていたが、サボさんと直接対面してからはもう考えないようにしている。
こんなにも素敵な人と結婚できるなら理由なんてどうでも良い。神様に感謝しなくちゃ。
なんて思っている。
結婚してすぐに与えられた新居に現在二人暮らし。
もちろん私とサボさん。
いきなりの二人暮らしに困惑はしたけれど、新婚という状況を楽しんでいる自分もいる。ロンドンのショップで購入した可愛いパステルブルーのエプロンを着て、毎朝夫のために料理をするのはなんだかくすぐったい気持ちになる。
トーストを3枚。
そしてカリカリに焼いたベーコンと目玉焼き。
キャベツの千切りとプチトマト。
グリンピースのスープ。
お弁当用に卵サンドとハム&チーズサンド。
それをラップに包んで水筒と一緒にランチバックに入れる。
そうこうしている内に階段を降りてくる音がして、ピッと身が引き締まる。サボさんが起きて来た…!
部屋の扉がゆっくりと開き、少し寝癖がついた髪をわしわし掻き混ぜながら現れたのはもちろんサボさん。私の夫。
「おはよう、ナマエ」
「おはようございます」
白と水色のストライプのパジャマが可愛い。
なんと私と色違いだ。この家と共に用意されていたのだ。ちなみに私は白とオレンジ。
一体誰が用意したのか分からないが、ありがたく使わせてもらっている。
「紅茶にしますか?それともコーヒーですか?」
「コーヒーを頼む」
「分かりました」
これまた既に用意されていた大容量のコーヒー豆を壁に取り付けられている大きなコーヒーメーカーに入れる。
これは初めて見た時に使い方が分からなくて、サボさんに教えてもらった。
今ではちゃんと1人で出来るようになった。
私は自分用に2杯目の紅茶を淹れて、牛乳を混ぜてミルクティーにする。出来上がったコーヒーをサボさんが自らテーブルに持って行ってくれる。
2人で席に着いて、向かい合って朝食を食べる。
今日で1ヶ月目。
未だに私は彼と一緒に食事をする時、どうにもドキドキしてしまう。
柔らかな金髪と男らしく逞しい腕。大きな目と意外と大きな口。鎖骨、高い鼻。全部が美しすぎる。
本当になぜ私なのか……。
きっと前世で徳を積んだに違いない。
「あ、あの、サボさん」
「ん?どうした?」
「コーヒー豆…もう少しで無くなりそうなんです。今のと同じ豆を買えば良いですか?それとも別の物にしますか?」
「んー」
トーストをもぐもぐと咀嚼しながらサボさんはどうするか考えている。それをじっと見守る。
「今週の日曜、時間あるか?」
「えっ?はい。特に予定はありません」
「なら一緒に買いに行こう」
「えっ!一緒に行ってくださるんですか?」
「もちろん。夫婦なんだから当たり前だろ?」
「は、はい…!」
サボさんがニコッと笑う。
かっこいい……。
それにサボさんから夫婦なんて…!
夫婦だから当たり前だろ、なんて!!!
キュンと胸が高鳴る。
首をこくこくと縦に振ると、サボさんは嬉しそうに笑った。「どこまで行こうか」「せっかくだから少し遠くまで行こう」なんて。
まるでデートだ。
朝からドキドキする。
だってまだまだ私たちは新婚。
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