「あぁ!!やっと帰って来たねナマエ!」
「え?ママ…?何かありました?」
「お客が既にあんたを待ってるよ!」
「え……あ、ごめんなさい」
娼館に到着すると血相を変えた女将のジュンコが飛びついた来た。
休憩時間はあと15分あるはずだ。既に客が来るとは珍しい。
人気者の娼婦だと営業開始10分前から予約する事が出来る。しかし私は人気者でもないし、もしそのシステムが発動したとしてもあと5分は猶予があるはずだ。
「あの、お客って…?」
「四皇んとこの隊長様だよ!ヘマしたりしたら許さないからね!」
「よん、こう…?」
「怒らせたらどうなる事やら……!あんたを朝まで買うって言ってくださったんだ。待たせちゃ失礼だよ!さっさと歩いて!」
よんこう、四皇………。
そういえば外が今日は騒がしかった。
チノが言っていた言葉を思い出す。『白ひげ海賊団とか』そんな、まさか。
もつれる足を必死に動かして階段を駆け上がった。自室の扉を勢いよく開く。
部屋の真ん中に立つ後ろ姿は紛れもなく、私がずっとずっと恋焦がれていた彼のもの。
「………エース…!」
「ナマエ!」
全身が歓喜に震え、勝手に涙が次々に溢れる。
この感覚を私は知っていた。初めて出会った時みたいに、何もかも全てを支配されたみたいになる。私の全部がエースを求める。
「っ、エース!」
「予想以上だな、こりゃ」
呆れたように笑ったエースの胸元に縋りついた。あの頃よりも心なしか逞しくなった身体は、あの頃と同じくらいに熱い。彼の体の中が燃えているようだ。
その熱さが懐かしい。
止めどなく溢れ出る涙のせいでエースの顔がぼやけてちゃんと見えなくなってしまった。
「会いたかった…!ずっと、会いたかったの…!」
「分かったから落ち着け。ここまで泣かれるとは思ってなかったな…」
「ごめ、ん…なさいっ、う、」
エースが私の腰に腕をまわし、ゆっくりと抱き締めてくれた。嬉しい。嬉しい。涙が止まらない。
「ナマエ、元気だったか?」
「うんっ、元気だよ…!」
「なら良かった」
安心したようにエースは私の頭に顔を寄せ、すぅと息を吸い込んだ。少し汗をかいてしまったから臭うかもしれない。慌てて体を離そうとしたが、思いのほかがっしりと腰を掴まれていたらしく全く動けなかった。
「やだ、私…まだシャワー浴びてない…」
「いいだろそんなの。セックスすりゃあお互い汗だくになるんだから」
「また、私を抱いてくれるの……?」
「当たり前だろうが」
思わずエースをベッドに押し倒し、彼の上に跨った。いまだに溢れる涙とぐずぐずの鼻はワンピースの袖で乱暴に拭う。きっと私は今変な顔をしているんだろう。
エースがおかしそうに笑っている。
「まぁ焦んなよ」
「だって」
「朝まで買った。時間はたくさんある。今はナマエと久しぶりに話がしてェんだ」
いつの間にかエースは余裕のある男になっていた。
あの頃の幼さは少しだけ残るけれど、どっしりと落ち着いた雰囲気を醸し出している。きっと白ひげ海賊団で居場所を見つけたんだろう。
生き生きとした彼の顔を見てまるで姉のような気持ちになった。
まだエースは私を抱く気はないらしい。
渋々私も横へ寝転び、彼の逞しい腕に擦り寄った。目の前に晒された刺青を見て、ハッと思い出した。
この1年、私は任務の他にもエースについて調べていたのだ。知った事はたくさんある。そして最も気になっていたお互いの知る"サボ"についても、決定打は無いにせよ同一人物の可能性が見えて来たのだ。
でもそれは今話すタイミングではない。
「エース、どのくらい滞在するの?」
「5日間だ」
「5日……」
たったの5日。
それしかエースと共に過ごせないらしい。
けれど、私の任務も上手くいけばもうすぐで終わるだろう。そうすれば、私も世界中を自由に回る事ができる。エースに再会できるチャンスも増えるのだ。
なら、ここで悲しむ必要はない。
「なんだ、にこにこして」
「ううん。なんでも。5日だけでも、またエースとこうして会えただけで嬉しいから」
「へぇ。大人になったな」
「私の方が元から大人だから…!」
ぐっと眉を寄せて睨みつけてみるがもちろん効果はない。ケラケラ笑って私の頬をつねる。
「そうだ、お腹すいた?お酒なら先週いただいた物が手を付けずに取ってあるの。食事は出前でもする?」
「そういえばナマエと飯食った事ねぇな!ラーメン食おうぜ」
「うん。いいよ」
ほとんど使わない出前用のメニュー表をエースに見せる。今日は金があるからと言って中華料理を中心に大量に注文した。
「そうだ、白ひげ海賊団の二番隊隊長になったんだよね?」
「よく知ってんな」
「新聞で見たよ。おめでとう」
「ありがとうな」
ワイングラスに客から貰った果実酒を注ぐ。
それをぐいっとエースは飲み干して「甘ぇ」とひとこと。客は私のためにプレゼントしたから、きっと女の子の好きそうな甘いタイプのものなんだろう。
「私も飲んでいい?」
「もちろん!注いでやるよ」
エースと私、初めての夕食が始まった。
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