今日は長期休暇をとっていた営業のハックさんが戻って来た。なんでもフランスを旅行したらしく、有名な洋菓子店のフィナンシェを一人一人に配っている。
「これ高いやつだよね!」とコアラさんが喜んでいて、私も声には出さずとも食べることをワクワクしていた。

(どうしよう、お昼に食べようかな?それとも3時のおやつ?)

仕事の手は休まずに悶々と考えていると、隣の席のサボさんの手が音もなくスゥっと近づいて来てギョッとする。彼の綺麗な手は私のデスクの引き出しへ。
勝手に開かれたと思ったら、先ほどサボさんがハックさんからもらったフィナンシェをするりと入れて、ゆっくりと引き出しを閉じた。

驚いて彼の顔に視線を向けると、人差し指を口の前に持って来て「シー」と言われてしまった。そんなことされたら何も話せなくなる。

とりあえずその時は何も言わなかったが、11時頃みんなよりも早めに帰って来たサボさんと部屋に2人きりになった。ちなみに同じく補佐のチャーリーは資料室で何やら探し物らしい。
このチャンスを逃してはいけない。私は勇気を出して声をかけた。

「あの、サボさん」
「ん?どうした?」
「さっきの、ハックさんのお土産…」
「ああ。ナマエが嬉しそうな顔してたからさ。おれのもやるよ。好きな時に食べてくれ」
「えぇ!そんな…」

悪いですよ、と言いそうになったけど「みんなに内緒な」とニコニコされた。もう頷くしかない。「ありがとうございます」ととりあえずお礼を言って、仕事に戻った。

これで会話が終わったはずなのに、ずっと隣から視線を感じるのは何故だろう。顔がじわじわと熱くなっていく。パソコンに集中しようと意識すればするほどサボさんが気になってタイピングミスを繰り返した。

「あ、あの、頼まれてた資料まとめ終わりました」
「早いな。ありがとう。んじゃ、これもよろしく」
「いつもの形式ですよね?」
「いつもので」
「分かりました」

サボさんが私に書類の束を寄越して、それを受け取る時に手と手が触れた。思ったよりもあたたかい彼の体温に肩がびくりと跳ねる。
今のは明らかにバレているはずだけど、サボさんはそのままニッコリ笑って「よろしくな」といつも通り私の肩をぽんと叩いた。



「ナマエ、ごめんね?サボ君に聞かれて、住んでる地域教えちゃって…」
「あ、全然大丈夫ですよ」

次の日、珍しくコアラさんから一緒に近くの公園でランチをしようと誘われた。近くのカフェでテイクアウトしたサンドを頬張りながら、内心ドキドキした。

「ナマエ、サボ君とどう?」
「ど、どうとは?」
「あーー、なんかさ!困ってることとか、あるんじゃないかと思って」
「えっ…と、距離感がちょっとおかしい気がするんですけど…」
「ナマエは嫌だ?」
「嫌と言うか、緊張しちゃいます。彼すごくかっこいいし」

緊張しすぎて彼から頼まれた仕事ばっかりミスしちゃうんです、と相談すると、コアラさんは「それは大変だね」と困ったように笑った。

「本当にやめてほしい嫌なことがあってら言って?私からサボ君に伝えるから」
「ええ!?いえ、そこまで嫌なことは全然…」
「そう?」

コアラさんとサボさんは一体どういう関係なんだろう。明らかに他の営業の人たちよりも距離が近い気がする。今も何でコアラさんがそんなことを聞いてくるのか分からなくて内心モヤモヤした。

「あ、ちなみに私とサボくんは大学が同じだったの」
「そうだったんですね…!」
「サボくん、好きな女の子できると意地悪したり揶揄う癖あるから…。ナマエさん大変じゃないかと思って」
「え?」
「あっ」

しん、と静まり返る公園。私たち以外もいるのに、コアラさんの発言で私は頭が真っ白になって何も聞こえなくなった。まさに時が止まったのだ。

「す…?」
「ごめん!今の聞かなかったことにして!?」
「えっ、あ、はい…」

聞き間違いだったのかもしれない。私もよく聞いてなかったし。遠くで車のクラクションが聞こえていたし。忘れよう。今聞いたのは忘れよう。



「ナマエ、これなんて読むか分かるか?」
「ん……えっと、7か1だと思うんですけど…」
「おれもそう思うんだが、この字が汚すぎて読めねぇんだよなあ…」
「そ、うですね。お客様だから聞きにくいですしね…」

あはは、なんて笑いつつも私はいつも通り近すぎる距離に心臓が爆発しそうだ。
忘れよう、聞かなかったことにしようと思っても、やっぱりあの日コアラさんから言われた言葉の意味を考えてしまう。サボさんが好きな人?なんで私がそれで大変そうなんだろう?

「おい、ナマエ聞いてるか?」
「ヒッ!す、すみませ…」
「そんな怯えるなよ。傷つくだろ」

困った顔をされても私だって困る。頬杖をついてこちらを見ているだけで彼は絵になるんだから。眩しい。今日は淡い青色のネクタイが可愛い。

「ナマエはおれが怖いのか?」
「そんなことはありません!」
「そっか。ならちょっと着いて来てくれないか?資料室で探し物があるんだ」
「私が探しておくので、外回りして来ても大丈夫ですよ」
「ああ。コアラに任せるから平気だ」
「ええ…」

なんてことを。とんだ鬼畜野郎だ!なんて下品な言葉は口に出さない。素直に頷いて席を立ち、一緒に資料室へ向かった。









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