前のナマエの事をたまに考える。
年下の優しい男と結婚して、子どもは3人。
その男はおれと違って料理も出来て穏やかな奴。

それを考えるとどうしても腹の奥がずぅんと重くなって、ナマエに対して腹が立つ。
そんなの、約束を破って死んだおれが悪いって分かってる。むしろおれを失って寂しい思いをしていたナマエを支えて愛してくれたそいつには感謝するべきだ。
なのに、どうしても腹が立って仕方ない。

なんでおれじゃない男と…………


そろそろ子どもが居ても良いかもしれない。
ナマエがそう言った時、おれは真っ先に「3人は絶対に欲しい」と言った。ガキっぽい対抗心。それは分かってたけど、でも。

「お、多くない?」
「そうか?ナマエが嫌なら…まぁ、考えるけど」
「嫌ではないけど、即答されると思ってなかったからちょっとびっくりしちゃった」

いつものように困った顔して笑うナマエ。

なんだよ、前の奴とは3人子ども作ったのに、おれとはそんな作れないって言うのかよ。
なんてクソダサい感情がじわりと顔を出す。

「…怒ったの?」
「なんで?」
「怒った顔してるから…」
「いや。怒ってねぇよ。変なこと言って悪かったな」

そうやって突き放すような言い方をする自分に嫌気が差す。今の態度は明らかに「怒ってます」って言ってるようなもんだ。
視界の片隅でナマエが悲しそうな顔をした。
いつもならすぐに謝って抱きしめるのに、何故だか今日は無理だった。
悲しませたのは自分なのに、そうやって悲しくなったら他の男の所にでも行くんだろうおまえは。なんて考える。

付き合いたての頃、あんなにも「絶対にナマエを傷つけない」「泣かせない」なんて決意していたくせにこれだ。またおれがナマエを傷つけた。


「………ナマエ」
「…ん?」
「今日の昼間、ごめんな」
「…大丈夫だよ」

やっと冷静になってナマエに謝れたのは夜、ベッドに入ってからだった。
せっかくの休日だったのに、今日は終始何もせずに終わってしまったのは確実に自分のせいだ。

暗闇の中、おれに背を向けて寝ようとするナマエを後ろから抱きしめた。謝罪に対して少し驚いたような顔をして、でもすぐに笑って「大丈夫」と言った。こちらに向き合い、こどもにする様に頭を撫でられる。

「エース、どうして怒ってたの?」
「いや…怒ってたって言うか…………」
「ん?」
「………ゆ、夢で、ナマエがおれじゃない男と結婚して、子ども3人産んでたから………し、嫉妬?」

我ながらなんてガキ臭い言い訳だと思う。
でも他に何と伝えて良いのか分からなかった。
案の定、ナマエはきょとんとしておれの頭を撫でる手を止めた。

「エース、その夢の中の私と今ここにいる私は違うでしょ?」
「…あぁ」

眉を八の字にしてナマエは笑う。
「そうだよな」と自分でも驚くほどか弱い声が出た。
今のナマエは違うと分かってるのに嫉妬してしまう自分が嫌だ。どうにも出来ないことに腹を立てても仕方ないと分かっているからこそ、どうしようもなくもどかしくなる。

「ナマエ、おれの事…まだ好きだよな?」

ナマエは目を見開いて息を呑んだ。

「当たり前だよ。大好きだよ」

怒るでも呆れるでもなく、ナマエは微笑んでおれを抱き寄せてくれた。あたたかくやわらかな小さな体。それがおれを落ち着かせてくれる。
好きな匂いがして、目一杯息を吸い込んだ。

「もし、なんか…そうだな、めちゃくちゃ良い男にこれから出会ったらどうする?おれより魅力的な男」
「ええ?そんな人なかなか居ないと思うけどなぁ」
「なんか運命感じるとか…」
「それはエースだったから、他にまた現れるとは思えないけど…うーん、でも、もし、出会ったらかあ」

おれのふざけた質問に対してナマエは真剣に悩んでくれた。眉間に皺を寄せて「うぅん」と唸る。

「やっぱり、エースを選ぶかな」
「…」

当たり前だと思う回答だし、求めていた回答なのに何だかモヤモヤする。「ありがとな」とヘラッと笑って見せたが、ナマエはそんなおれの顔を見て少し不安そうな顔をした。

「私、不安にさせるような事しちゃった?」
「え、あ、いや。ちげぇよ。ほんと、ただ夢が…めちゃくちゃリアルだったから気になっちまって」

慌てて言い訳するも、ナマエは悲しそうに目を伏せた。長いまつ毛が震えるのが間近で見える。それだけで切なくなった。

「どうしたら今のエースが安心してくれるか分からないけど、でも私は、本当にエースの事が好きだよ。愛してる」
「おれも愛してる…」
「今日はくっついて寝よう」

ナマエがぎゅっとおれを抱きしめた。
おれも華奢な背中に腕を回して強く強く抱きしめる。

「こうして寝たら、幸せな夢が見れるかな?」
「…そうだな。ありがとうナマエ」
「ううん。……おやすみ」
「おやすみ」

キスをしてから瞼を閉じる。
腕の中でナマエはおれの胸板にぐりぐりと頭を押し付けた。背中に回っている小さな手のひらのぬくもりを感じながら意識を手放した。





久しぶりに前の世界の夢を見た。

一緒に食事をして、おれの部屋まで水を運んでくれるナマエと他愛ない話をして笑い合った。おれの行動ひとつひとつに過剰に反応するのが面白くて、つい意地悪をしてしまう。
触れるとあからさまに緊張して体を硬くするくせにジッと黙って何も言わない。
「エースのことが好きだから、拒否したくない」と緊張からか変な顔して言ったナマエが可愛すぎて抱きしめたくなった。
でも今はまだしてやらねぇ、と内心ほくそ笑んで、おれはまたナマエに触れる。

あの頃、確かにおれたちは短い期間を濃密に過ごした。お互いに惹かれあっていた。
それなのにおれは裏切り死んだ。
ナマエがどれだけつらい想いをしたのか計り知れない。

夢の最後でナマエがしゃがみ込み、1人泣いていた。おれの名前を呼びながら。後ろからそれを見ているおれは体がどうも重くて動けない。
今すぐ抱きしめてやりたいのにそれが出来なかった。声も出せず、ただ震えるナマエを見つめる事しかできなかった。



目を覚ますと口を少しだけ開けて間抜けな顔で眠るナマエ。これが現実だ。
今おれはナマエと共に生きている。

「ナマエ……」

愛おしくなって、顔や肩、そこら中にキスをしていると「うぅ」と唸ってナマエが目を開けた。

「おはよー…」
「おはよ」
「………良い夢見れた?」
「ああ」

今の幸せと、あの頃の幸せを思い出せた。

ナマエがこちらに顔を寄せる。キスを強請る顔だ。お望み通りに下唇を吸うようなキスをしてやると、嬉しそうに笑った。
こんな幸せ他にない。

でもおれは心が狭いから、きっとまた嫉妬したり不機嫌になっちまう時があるだろう。もしかしたら喧嘩に発展するかもしれない。
これから先の事は何が起こるか分からないが、おれがナマエを愛している事だけは変わらない。ずっと、何が起こっても離さない。

めちゃくちゃな我儘だけど、キスして許してくれナマエ。


「……愛してる、ナマエ」
「私も負けないくらい、エースのこと愛してるよ」

悪戯っぽく微笑んだナマエにもう一度キスする。
甘えるように擦り寄って来た体を優しく抱き寄せた。



end







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