ナマエに「絶対にパジャマまたはジャージを持参しろ」と言われたから、仕方なくバスケをしていた時のジャージを持ってきた。

「ナマエ、どっちが先にシャワー浴びる?」
「えっと……エースが先で!お願いします」

ホテルは同室でベッドが別々になっているだけだ。シャワールームももちろん同じ。室内に入ってから明らかに緊張しているナマエが少し可哀想になる。

「疲れてんだろ?先にゆっくり入っていいんだぜ」
「いや!あの、えっと………色々、準備するの見られたくないから」
「え、準備って…なに?」
「変な意味じゃなくて!し、下着とか、色々、見られたくないから…エースがシャワーしてる間にやっておくの!」

あきらかにナマエの方が意識してる。おれは本当に手を出すつもりなんてないし、下着を見てどうこうなる訳でもない。けどここで「別に何もしねーよ」なんて言ったら逆効果な気がする。今はあえて平然と接してた方が良さそうだ。


シャワーから戻ると比較的落ち着いたナマエがキリリとした顔で「行ってくる」と意気込み、おれの横をすり抜けて行った。シャワーに行く人間の顔じゃなかったな、と思わず吹き出した。にしても、暑い。


寮のベッドとは比べ物にならないくらいフワフワのベッドで上半身だけ起こしてスマホをいじっていると、シャワーを終えてリラックスした表情のナマエが顔を出した。と思ったら、おれを見て絶句した。

「な、なんっ、え!?!」
「よぉ。おかえり」
「な、なんで裸なの!?!!」

前にもこんなやり取りしたなぁ、と嬉しくなる。

「あちーんだよ」
「暑い!?」
「あとほら、下は履いてるって」
「捲らなくていいから!!」

布団を捲ってパンツを履いてることを見せてやろうとしたのに、ナマエは顔を真っ赤にして身を翻した。そしてその場にしゃがみ込んで「今何月だと思ってんの!?」の声を荒げる。

「おれ寝る時いつも裸なんだよ」
「…それ、流行り?」
「え?」
「ソフィーもそうなんだけど」
「えっっあの可愛い子、部屋で裸なのか?!」
「最低!!」
「あ…悪りぃ。いや、別に見たいと思うのは男なんだから仕方ねぇだろ?ナマエの裸の方が見てぇし」

今の最後のひと言、完全に余計だったな。
案の定ナマエは「誰が見せるか!!」と怒ってシャワールームに戻ろうとする。慌ててベッドから飛び降りてナマエの腕を掴んだ。驚いて飛び跳ねるナマエ。やっぱり昼間の動物園でいた可愛い生き物たちに似てる。

「離してよ!やだ!」
「悪かったって!下履くから落ち着け!」
「上も着てよ!?」
「あー、窓開けて良いなら」
「寒すぎるよ!!」

とりあえず腕から手を離して、ベッドに脱いだままにされているハーフパンツだけ身につけた。「ナマエの嫌がることはしないって言ったろ?」と出来るだけ優しい声色で言ってみる。ナマエはゆっくりと目を開けて、おれを見た。
その時、ナマエがキョトンとした。

「…」
「……え、なに」
「あ、なんでもない………です」
「…?」
「……刺青、ないんだね」

えっ。刺青?
今の俺には白ひげのマークも腕の文字もない。
ドッと変な汗が出る。おれの顔は今どんな表情をしてる?ナマエの瞳がおれをじっと見つめて揺れる。


「ご、ごめん。変なこと言って。なんか、勝手にあると思ってて…」
「…ははは」

この空気を何とかしたい。じゃないと今すぐ変なことを言い出してナマエを怖がらせそうだ。

「腕にナマエの名前でも彫ろうか?」
「は!?や、やめてよ!刺青って消せないんでしょ?」
「別に消えなくて良いだろ」
「わ、私が嫌だからやめて」
「ははっ、冗談だよ」

ナマエが頬を真っ赤にさせて怒る。怒ると言うか、困った顔をしてる。おれの好きなナマエの表情だ。
やっと気分がいつも通りに戻ってきた。未だにバスルーム近くの壁際で身を寄せているナマエを手招きした。

「護身術、教えてやるよ」
「護身術…?」
「もしおれが、我慢できなくてナマエに手を出した時のためにな。あと、変な奴らに絡まれた時のため」
「……それって簡単なの?」
「ああ。こっち来いよ、教えてやるから」

あの時と同じように、ナマエはじりじりとおれに近づいた。手を伸ばせば届く距離にいる。既に乾かされた髪はいつもよりしっとりしていて触ったら柔らかそうだ。それに、妙に色っぽく火照った顔。そういえばこいつシャワー浴びたばっかりか。
…あんまり近づかないでおくか。


「いいか?まず鼻を狙え。全力で鼻を殴る」
「…こう?」
「そう。その後に鳩尾、っておい!本気で殴ろうとすんな!まだ何もしてねぇだろ!」
「あはは」

ナマエが笑った。


そういえば、おれって我慢するの苦手だった。


気がつけばナマエの腕を引っ張って、抱き寄せていた。声にならない悲鳴をあげたナマエはおれの腕の中で硬直する。どちらのか分からない心音が身体中に響く。女を抱き締めて、こんなに興奮したのは初めてだった。

「……嫌なら殴れ」

首元に顔を埋めると、ナマエの髪はやっぱり柔らかかった。息を止めていたらしいナマエがスゥと呼吸する。

「…嫌じゃない」
「!」
「ハグなら、大丈夫……」

ナマエの腕がそっとおれの背中にまわる。優しい力で抱き締められた。
今ならいけると思って「なぁ、キスは」と聞いたら首をぶんぶん横に振られた。

「先は長ぇなあ」
「…」

ナマエの腕の力が強くなった。何を思っているんだろう。「まぁ、ずっと待つよ」とわざと耳元で囁くと、背中を叩かれた。
これ以上ナマエと抱き合っていたらもっと色んなことが我慢できなくなるのは目に見えていて、流石に殴られるのも嫌われるのも怖いから体を離した。
ナマエは緊張の紐がほどけたのか、そのまま後ろのベッドに腰を下ろして俯いたまま。顔は見えないけど耳はしもやけしたみたいに真っ赤だ。

「…なあ」
「……なに?」
「今日、同じベッドで寝ちゃ駄目か?」
「は!?」
「絶対に何もしない!触りもしない!ただ同じベッドで寝るだけ!それなら良いだろ!?」
「…なんで」
「はぁ!?そりゃ、ナマエが好きだからだよ!」

久しぶりにこの台詞言ったな、と思えばナマエもパッと赤くなった顔を上げて笑った。「久しぶりに聞いた」と。そう言えば付き合ってからはあまり言ってなかったかもしれない。

「好きだ」
「…知ってるよ」
「ナマエが好きすぎてつれェ」
「なにそれ」
「ずっと側にいてくれ」

ナマエは途端に悲しそうな顔をした。
え、なんで。

「…エースの方がどっか行きそうなのに」
「…えっ?」
「なんでもない。いいよ、一緒に寝よ」
「うおおまじか!!」
「ちょ、うるさい」



次の日、がっつりナマエを抱き締めて寝ていたおれは鳩尾を殴られて目が覚めた。







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