ハロウィンに仮装するのは高校生で卒業した。なのに、ルームメイトのソフィーは私にも何かしら衣装を着ろとうるさい。
寮仲間で貸し切ったパブに行くまで30分を切っても私たちは言い争いをしていた。
最終的にソフィーが諦め、私は私服で参加することになった。ちなみにソフィーはとってもセクシーなバニーガールの衣装を身につけている。
白いうさ耳のカチューシャが似合っている。


会場のパブに来ると見知った顔もいれば全く知らない人たちもいる。男性なんて特に知らない。知り合いに呼ばれて適当にお酒を飲みながら喋る。普段あまりお酒を飲むことはないけれど、こういう場で飲むのは好きだ。

「ちょっと気になってる子がいたから行ってくる」

ソフィーは最近好きな男の人ができたらしい。同じ寮の人で、ひとつ先輩だ。彼を見つけたソフィーはなぜかうさ耳カチューシャを私の頭に乗せて、目当ての人物がいるテラス席へ移動した。
部屋は違うが仲のいい女の子たちとくだらない話題で盛り上がっていると、遠くで騒いでいた見知らぬ男たちが「エース呼ぼうぜ!」「いいね!」と盛り上がっている。

エース。呼ぼうぜ?
まさか。


しばらく気にせず飲んでいると、入口の方が騒がしい。そして聞いたことのある声が聞こえて、思わず入口に背を向けた。

「よお!来たぜ!!」
「エース!やっぱりおまえがいねぇと盛り上がらねえよ!!」
「今までどこにいたんだ?」
「あ?どこだっけ。忘れた。ベティに呼ばれて駅前のパブにいた」

昨日言っていたことは本当だったんだ。
彼は呼ばれた場所に出没するということか。知らなかったけど、もしかして彼は大学で割と顔が広いんじゃないか?
あと、ベティって女の名前だよね?

なんでこんなに嫌な気持ちになるのか分からないフリをして、何杯目か分からないラガーを飲んでいると、遠くから盛り上がる男たちとエースの騒ぎ声が聞こえる。彼はまだ私に気が付かない。

「ほらエース、テラスにいるバニーガールの子、おまえの好みじゃねえか?行ってこいよ」
「お、ほんとだ」

その言葉に耳を疑う。
話題になっているのは間違いなくソフィーだ。彼女は他の大学生よりも大人っぽくて、スタイルも良くて、何より美人だ。身長もすごく高い。
好み、エースの好み。
私と全然違うじゃないか。

気分が悪かった。何でこんなに自分が嫌な気持ちにならなきゃいけないの。なんで好きでもない男のことで、こんなに腹を立ててるの。
自分が分からない。分かりたくもない。
今すぐここからいなくなりたい。

「エース行かねえのか?」
「ああ。今好きな女がいるんだ」

男たちが一斉に「えええええーー!?」と叫んで、関係のない周りたちもなんだなんだと注目している。やめてくれ、私の名前を出すな。
そう思うのに、さっきまでの嫌な気分は少しだけ消えて、代わりに胸がドキドキした。

案の定「誰だよ!?」「この大学か?」「年上?年下?」なんて質問攻めになっている。彼はすぐ答えるかと思いきや「いやぁ…」なんて濁している。こっちも気持ちが焦ってくる。

「名前言っちまったらおまえら騒ぐだろ?彼女に迷惑だから言わねえ」

ハッとして、心臓を掴まれたようだった。
周りも一瞬しんと静まり返った。
でも誰かが「おまえ、どうしたよ」と困惑した声色でみんなが思っていそうなことを口にした。彼は「うるせえ。おれのことはいいだろ」と少し怒った口調で、これ以上は話さないことに決めたらしい。「それよりおまえの5股はまだバレねえのかよ?」と話題を無理やり変えた。


なんだか、安心した。
彼は本当に私のことが好きなのかもしれない。それに、案外良い人なのかも。
でも、その好きな人って私なのかな。もしかしたら他にも同じような女の子が沢山いるんじゃ?
なんて、嬉しさと困惑と、いろんな気持ちが渦巻く。お酒を飲んでいるせいか上手く感情を処理できない。
友達も「なんか顔色悪いよ?大丈夫?」と心配そうに私の様子を伺ってた。

「ごめん、大丈夫」
「私オレンジジュース飲むけど、ナマエも飲まない?ここのオレンジジュース、すっごく美味しいんだよ」
「そうなの?じゃあ、飲もうかな」
「今持ってくるから待ってて」

隣に座っていた友達が席を立ってカウンターに向かった。
エースの周りは浮気や不倫の話題で盛り上がっている。もう彼の好きな人の話は忘れてしまったようだ。安堵して体勢を変える。
ちらりと彼を見れば、仮装はしていないが頬に落書きがされていた。文字だ。目を凝らせば「色男」と黒いペンで書かれている。いつ、誰に書かれたんだろう。
やっぱり彼は女にうつつを抜かす最低男なんだろうか。


その時、彼が突然こちらを向いた。あまりに突然のことで私は顔をそらすことも出来ず、数秒見つめ合う。途端にエースの顔が、花開くようにパァァと笑顔になった。

「ナマエ!!!」

ザワザワっと周りが私を見る。周りの友達も「え、知り合い?」と驚く。
ああ、どうして……。

彼は周りの男たちにひとこと入れて、ビール片手に私の方へずんずん近づいてくる。咄嗟に私も席を立って逃げようとすると、なんと奴は腰に腕を絡めてきた。
下腹部辺りがぞわっとして「ちょっと!」と叫んで振り返れば、お酒で顔を火照らせた笑顔のエース。
さっき迷惑かけたくないとか言ってたのに。絶対周りに見られている。

「よお。ここに居たのか」
「離れて!」
「あ、わりぃ」

へらっと笑って、彼は腕を解く。
店の片隅の空いているテーブルに移動して、エースと向き合った。

「なんのつもり」
「何のって、おまえと飲みたかったんだよ」
「戻って」
「戻らねえ」
「っ!みんなが見てる」
「もう見てねえよ、ほら」

振り返ると、たしかにみんなはエース抜きで先ほどのように馬鹿騒ぎしている。酒を飲んで良い気分になって、楽しけりゃそれで良くなっているんだろう。男たちは。
私の友人たちはきっとそうは行かない。だって女の子だもの。なによりも恋愛トークが好きなのだ。今から言い訳を考えておかなきゃいけない。

「おまえ、なんだよそれ!かわいいなあー!似合ってんじゃねえか」
「え、え?何が?服?」
「耳だよ」
「え、耳…?あ!!!!」

そういえばソフィーにうさ耳を付けられたままだった。途端に恥ずかしくなって取ろうとすると、持ち上げた腕を掴まれた。

「そのままでいろよ」
「やだよ!私のじゃないし」
「あのテラスのバニーガールのか?」
「……そう、だよ。友達なの」
「へえ。前に一緒にいたマシュマロちゃんとは正反対の友達だな」
「ひどっ」

ははは、と楽しそうに笑う彼を見ていると、怒る気にもなれない。くだらない悪戯をして笑っている子どもを見ている気分だ。










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