ニールの問いかけに私は何も言えなくなった。
恐る恐る彼を見ると、怒っている様でもないし呆れている様でもない。いつも通りの表情で、私を見据えていた。
「俺は、」
しばらくの沈黙が続き、ニールの方から口を開いた。一拍置いて、話を続ける。
「過去の俺はたぶん、ナマエが好きだったんだと思う」
そうだね。
そうだった。
ニールは私を好きだと言ってくれた。
付き合えないけど、大切にしてくれた。
思い出して、いろいろ今まで抑えていた気持ちが涙として溢れ出てくる。
拭うことも堪えることもできなくて、ただボロボロと涙を流した。
泣く私の背中を彼はそっと抱いた。
「今の俺も、ナマエが好きだ」
「!ニールっ、」
思わず嗚咽が漏れて、もう止められない。
涙は自分でも驚くほど出てきて。そんな私をニールはぎゅっと強く抱き締めてくれた。
あたたかい。伝わる彼の体温。
少し早い鼓動。私の方がもっと早いけど。
「結婚してくれないか、俺と」
「っ、え?えっ!?いやいきなり!?」
「約束したからさ。おまえの父親と」
「…思い出したの?」
彼と父が昔交わしていた約束。
確かにそれは父親に聞いた覚えがあった。
あんなのもう不可能だと思っていたから、まさかその話をされるなんて想像もしていなかった。
「思い出してはないよ。でも、そんな約束をした気がしたんだ。俺はおまえが昔からずっと欲しかった。今も。証明なんて出来やしないけどさ、絶対にそうだって自信はあるよ」
「ふふ、なにそれ」
思わず微笑むと、彼も私の頬を撫でながら優しく微笑んだ。
不謹慎にも彼はなんて綺麗なんだろうと思う。
「ナマエ、待たせて悪かった。これからはずっと離れないから。愛してる」
「、うんっ」
さっきまで止まり始めていた涙がまた溢れ出す。ニールはうつむきがちになった私の顔を覗くようにして、キスをした。
今までの人生の中で、1番幸せで、1番素敵なキスだった。
「ニール君。ずっと待ってたよ」
「待っていてくれて、ありがとな」
「ううん。でも本当にいいの?」
「当たり前だろ」
「お酒の勢いとかじゃない?」
「酔ってねえよ」
「好き。大好き。大好き大好き大好き」
「ふはっ、どうしたんだよ。らしくないな」
「ずっと言いたかったんだよ」
「…俺もずっと言いたかったよ。好きだ、ナマエ」
ニールからもらえる言葉はどれもむず痒くて、幸せで、心があったくなる。
ずっとニールに言いたかった。好きだとずっと伝えたかった。
「今、幸せすぎて死んじゃいそう」
「おいおい、婚約者が死んだらどうしたらいいんだよ俺は」
ニールが呆れた様に笑い、そう言って1度私から体を離し、ポケットから取り出された小さな箱。それを彼が開けると、中にはもちろん綺麗な指輪が入っていた。
膝の上に置いてあった私の左手を彼は優しく掬い取る。そして薬指に嵌められた指輪。
どんなに夢見た光景だろう。
私にはもったいないと思うほど綺麗だった。
「綺麗だね」
「いやいや。おまえの方が綺麗だよ」
「ふ、は、ちょっと!笑わせないでよ」
こんな時に変な冗談を言うニール。
そんなところも大好き。
私に叩かれてオーバーリアクションをする彼を見て出会えてよかったって、心の底から思えた。
結婚するにあたって何が大変って、ニールの戸籍の問題だった。
私も組織の人間も彼が「ニール」であること以外知らなかったのだ。もちろん本人も記憶をなくしているから全く分からない。
アイルランドのニールなんてたくさんいる。
ライルに連絡を取ろうにも、連絡先を紛失しているから無理だった。
早い段階でニールの身元探しを諦め、結局は裏ルートを使って新しい戸籍を作り上げ、姓は私と同じ、つまり婿ということで何とかなってしまった。
自分たちが一般人じゃなくて良かった。新しい戸籍なんて簡単に作れてしまったんだから。
それでも、なんとなく気になってニールについて調べているとおもしろいものを見つけた。
「ねえ。ライフルのジュニア世界大会にニールが載ってたの。これ。10歳だけどニールでしょ?同じ大会にライルも入賞してる。あなたは1位!優勝!すごい!」
昔のようにニコと遊んでいたニールに調べた記事を見せると、とても驚いていた。
自分が1位の事にではなくて、ライルと自分の顔が全く同じだったからだ。二人並んで写った写真がアイルランドの新聞に載っていたのだ。
「双子とは聞いてたけど、こんなに似てるのか。俺と弟は」
「うん。とっても似てたの。あと、ニールの苗字!ディランディだって。これでもっとあなたについて分かるかもね!」
それから独自でニール・ディランディを調べると、彼の19歳からの情報が全て消されていることを知った。更には24歳で死んだ事にされていた。
驚いたけど、何となく察しはつく。
以前会ったティエリアという男は私を必死に殺そうとしていた。
ニールはそれだけ機密な組織に所属していたんだろう。
でも、そこが1番大切な記憶な気がしてしまう。
家族の事と何らかの組織の事。
ニールは知らなくていいのだろうか?
父親に相談した時、
「知って彼は幸せになるか、不幸になるか分からない。…ニールなら、どう行動するかな」
と言われた。
私は彼に何も教えない事を決めた。
これは彼のことを思ってじゃない。自分のためだ。
真実を知ったら彼はまた私の元から消えてしまうかもしれない。
そう思うと言えなかった。
これは間違った選択なのかもしれない。
それでも、私は言わない。これは私のエゴだ。
たまに、テレビでガンダムについて特集される事がある。あの頃世間を騒がせていた彼らは何処に行ってしまったんだろう。
ニールはよく悪夢を見る。
出会ったばかりの頃のように。
それは決まってテレビや新聞なんかでガンダムについての情報を目に入れてしまった日だ。
「俺は、夢の中で、何度も宇宙で死ぬんだ」
そう言って、泣いていた。
だから極力ニュースは見ていない。
ガンダムというものをニールに関わらせないようにしている。
それでも私はこっそり調べてしまう。
ガンダム4機の中にいた深緑の機体。それは射撃を得意としたガンダム。
驚異的な狙撃能力を持っていたらしい。
きっとニールは乗っていたんだと思う。
彼はガンダムに乗って、どんな仲間とどんな生活をしていたんだろう?
いつもどこにいたんだろう。
仲間たちは、みんな死んでしまったのだろうか。
きっと思い出した方がいい。
それでも、私はニールについて知った事実を本人には伝えずにいる。
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