第二話

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約束通り、名前は俺と千寿郎を浅草まで連れ出してくれた。
母が他界してからというもの、日々家の事と鍛錬に追われている俺たち兄弟にとって浅草に遊びに行くということは願ってもない幸せな出来事だ。



「兄上っ!あれ、なんですか?」
「ん?あれはなんだろうな!俺にも分からん!」

久しぶりに訪れる浅草は自分の記憶よりもかなり近代的、いや未来的になっていた。
大勢の人混みの中、千寿郎の手をぎゅっと握る。
両親以外の人間とこれほど人の多い場所に来るのは初めてだった。

名前は名前でふわふわとした雰囲気を持つ女性だ。
もし何かあった時は自分がこの2人を守らなければ。


「ここ、ここのお店に来てみたかったんです!」

目を輝かせて名前が指をさしたのはまるで異国の城のような佇まいをしたカフェ。
自分も一度、カフェには来たことがある。
まだ千寿郎が小さく、母が元気な時だ。
その頃のカフェはこんなにも華やかだっただろうか。


「行きましょう!」

名前は千寿郎の、俺が握っているのと反対の手を取って駆け出した。



それから何軒も飲食店を回ったし、雑貨店なんかも寄った。
「今度は花屋敷なんかも行きたいですね」
名前は笑った。

日々の苦しみから、この日だけは逃れることができた。
きっとそれは千寿郎もだろう。
頬を赤く染めて、幸せそうに笑っていた。
この日を絶対に忘れない。
そしていつか名前に恩返ししなくては。


途中、3人で寄った小物店でこっそり購入した櫛。
名前が前に椿が好きだと言っていたのを覚えていたから、椿の花が刺繍された巾着も添えた。
ちょうど購入した華奢な櫛が入る大きさだった。

男から女性に櫛を贈る意味を分かっている。
まだ十四の自分から、名前は受け取ってくれるだろうか。



帰り際、馬車の心地よい揺れに眠ってしまった千寿郎。
窓から外を眺める名前の横顔は夕日に照らされて赤く染まっている。
まつ毛が光に透けてきらきらと輝いていた。

好きだと思った。


「名前さん、今日はありがとうございました」
「いえいえ、なんだか私の休暇に付き合ってもらっちゃった…楽しめました?」
「もちろん!はじめて食べる洋菓子が多くて、とても楽しかった!良い経験になりました。俺にとってもだが、きっと千寿郎にとって忘れられない1日になったでしょう」

そっと千寿郎の頭を撫でる。
安心しきった寝顔に思わず笑みが溢れる。
きっと名前もそうなのだろう。
千寿郎の顔を覗き込んで、いつものようににっこりと笑った。


「名前さん、少し早いが誕生日の贈り物として、受け取ってくれないだろうか」
「えっ、嘘……気を遣わせてしまいましたね、ごめんなさい…」
「そんなことはない!俺が、どうしても名前さんに贈りたくて購入した物です」
「ありがとう…」

名前はそっと紙袋を受け取った。
ゆっくりと袋から櫛と巾着を取り出して、少し驚いた顔をした。
それでもすぐに微笑んだ。
彼女の耳がほんのり赤くなったのに気づいて、こちらも思わず恥ずかしくなり俯く。

「素敵。本当に、もらっちゃっていいんでしょうか」
「はい。もちろん!いや、むしろ受け取って欲しい」
「……杏寿郎くん」
「名前さん、いつも感謝している。そしてこれからも、貴女と共に過ごせる日々を、俺は望んでいます」
「ほんとに、ありがとう、今日は今までの人生で、一番嬉しいかもしれないです」


名前はこちらを向いて、少し泣きそうな顔をして笑った。



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