19話「ひとりごと」

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名前はその日のうちに蝶屋敷へと連れて行かれた。
もちろん冨岡も同行した。

ちなみに床に転がされたままの男は蝶屋敷へ向かう前に冨岡の手によって街の医者宅前に運ばれた。
今頃医者が慌てて診てやっているだろう。


「鬼に襲われたわけでもない人間を本当はここで療養なんてさせないんですけどね」

終始愚痴をこぼしていた胡蝶だが、なんだかんだ言いつつもしばらくの滞在を許した。


名前は目を覚さない。
輸血をし、傷は縫われた。
あとは名前が起きるのをまつのみ。

胡蝶の治療のおかげで名前は命に別状はないらしい。
それを聞いた時、冨岡は一粒だけ涙を流した。
とても静かに。


「びっくりしました私。まさかあの冨岡さんが泣くなんて。ヒョウでも降るかと思ったんですけどねえ」

そう言って胡蝶は青空を見上げた。
隣の甘露寺はうっとりとして大きなため息をついた。

「素敵だわ〜。そんなことがあったのね〜。冨岡さんと名前さんのいる時になんて、私いいタイミングで怪我したなぁ〜〜!」

腕の骨を折って蝶屋敷に治療に来ていた甘露寺は2人の仲が気になって仕方がなかった。

冨岡は名前のベッドから離れない。
一般人ということで個室を用意された名前。

食事も睡眠も冨岡はその部屋で済ませていた。
部屋から出ることがあると言えば厠くらいだ。

蝶屋敷にいるみんなの注目の的である。


「名前さん、早く目を覚ますといいわねえ…」
「そうですね。かなり血が足りなくなっていたので、目を覚ますのはもう少しかかるかもしれませんね」


それにしても、と胡蝶はあの時のことを思い出す。

あんなにも感情的になっている冨岡義勇を初めて見た。
怒鳴られた時、思わず言うことを素直に聞いてしまうほど冨岡が恐ろしかった。

今まで柱会議などで何回も会ってはいたが、まさかあの天然な彼に女性がいたとは。
今年一番の驚きである。

初めて見た冨岡の涙。
名前の無事を聞いて泣いていた。

あんなにも人を愛するということは美しいことなのか。

胡蝶は少しだけ羨ましく感じる。
愛する人がまだこの世にいてくれるということ。

「本当に冨岡さんにはいつもイライラしますよ」
「しのぶちゃんらしいわ〜」



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