ネットの中の女の子2

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苗字は「あははっ」と吹き出した。

「先生、なんで私のあだ名知ってるの。先生に初めて呼ばれた」
「あ、いや、すまん。他の生徒が…呼んでいて、良い名だと思って…」
「良い名?嘘ぉー」

あまり良い言い訳が咄嗟に思い浮かばず、変なことを言ってしまったが苗字は気にするそぶりはない。
そのまま犬を抱きかかえた彼女と並んで歩く。
「ぴーちゃん」に巡り会えた興奮を抑えきれず、勝手に言葉が次々と口から出てしまった。

「なんで苗字はぴーちゃんなんだ」
「え?…先生、ピカチュー知ってますか?」
「ああ。アニメのキャラクターだろう。黄色い」
「そうです。私、そのモノマネ得意なんです」

「だからピカチューのピーちゃん」と彼女はケラケラと笑った。
そして苗字は立ち止まり、唐突に「ピチュゥゥ」と鳴いた。
……それはピカチューじゃなくないか?

「どうですか?」
「……分からない」
「あははは!あー、恥ずかしいー」

名前は笑い、真っ赤な顔を犬に埋めた。
その瞬間にどきりとしてしまったことには気づかないフリをして。
「んん」と咳払いして話題を変えようと視線を泳がせると、こちらを見つめるつぶらな瞳。

「…犬種はなんなんだ?」
「この子?サモエドです」
「サモエド」

聞いたことがない名前だった。
パッと見ただけで柴犬なんかよりも大きいことが分かる。
大型犬のようだ。

「どうして抱いているんだ?」
「さっき公園の階段で、はしゃいで踏み外しちゃって。それから片足ぴょこぴょこしてるから…」
「俺にも抱けるだろうか。代わろうか。重そうだ」
「本当ですか?大人しいから大丈夫だと思います。助かったー、この子20キロくらいあって」

苗字からサモエドを受け取ると、確かにずしりと重くて驚いた。
犬は最初怯えた様子でおろおろしていたが、苗字が「大丈夫だよ」と撫でてやると落ち着いて俺に素直に抱かれている。


「先生、ここでランニング始めたの?」
「いや、土日はいつもランニングしてる。時間帯が、いつもと違うだけだ」
「へえー。家近いんですか?」
「ああ。近い」
「あんまり煉獄先生について私、知らなかった」
「そうだな。俺も…」

俺も君のことを知らなかった。
とは、言い切れない。

ほぼ毎日のようにチェックしていたTwitterと Instagram。
苗字には明かせない秘密。
昨日のツイートの中で一番印象に残っているのは「明日のデザート用にカボチャのケーキ焼いてたら火傷しちゃって、もうカボチャも嫌いになりそう」

どこを火傷したのだろうか。
大丈夫なのか聞きたかった。
しかしそんなこと、絶対に口に出せない。


「このサモエドは…」
「サモエド、サモエドって、あはは。この子の名前はチコです」
「ほお、チコちゃんか」

腕の中のチコがぺろりと俺の頬を舐めた。
薄くて柔らかくてあたたかい舌だ。


「とても可愛らしい犬だ。初めて見た時、笑っているのかと思った」
「わかります。なんか、笑ってるみたいな顔してますよね」
「ああ。おもしろいな」
「はい。この子が毎日笑ってると思えば、なんか毎日頑張れると言うか。私の希望です。この子は」

良い言葉だなと思った。
まさに俺にとって「ぴーちゃん」はそうだった。

ちらりと横目で苗字を見ると、なぜかきらきらと輝いているように見えた。
今まで苗字を見てもそんな風に見えていなかったのに不思議だ。



それから流れるように苗字の家の前まで犬を抱えて同行した。
週明けに家族に動物病院へ連れて行ってもらうと言って俺の腕から犬を引き取る。
久しぶりに上半身が外気に触れ、一気に腕が涼しくなった。


「ありがとうございました。煉獄先生」
「なに、気にすることはない!ではまた、月曜日だな」
「そうですね。じゃあ、月曜日に」


苗字と別れてから、もうランニングなんてする気になれずに帰路についた。
自室のベッドに寝転び、スマートフォンを起動させる。
Instagramの更新はない。
けれどTwitterには「今日は素敵な人とデートが出来たよ。せっかくだからこれから仲良くなれると良いな」と投稿されていた。
5分前。

思わず笑みが溢れる。
これから彼女とはどのくらい仲良くなれるだろうか。
楽しみだ。





end







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