-58 慟哭

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蝶屋敷が見えて来た辺りで竈門さんに追いついた。

「えっ、あれ、あの…煉獄さんの…?!」
「ごめ、ごめん、なさい…挨拶もろくに、していません、でした」
「いえいえ!大丈夫ですか!?」
「通して、ください、挨拶は、また後日しますから…!!」

彼を押しのけて屋敷へ転がり込む。
周りの人なんて、いたのかもしれないが今の私には見えなかった。
杏寿郎さんの部屋へ到着し、勢いよく扉を開けた。

「名前!」

杏寿郎さんの声が聞こえた気がした。
でも、彼は起きていなかった。
いつ来ても彼は変わらない。
ずっと眠ったまま。

じわじわと我慢していた涙が溢れ出す。
もう前も見えないほどに。
それでも杏寿郎さんのベッドまで辿り着き、彼の腕に縋りついた。
後ろから「何事ですか」と胡蝶さんの声が聞こえたが、もう止まらなかった。


「杏寿郎さんっ!杏寿郎さん…どうして、どうして……私、貴方の側にいたいのです。貴方の側にいたいのに…っ、それが私の幸せです…!起きて、起きてください……!お願いっ」
「名前さん、落ち着いて…」
「離してください!」

そっと肩に置かれた胡蝶さんの手を乱暴に振り解く。
心のどこかにいる冷静な私がごめんなさいと呟きながら。

「私、好きだと伝えたじゃありませんか……信じて、なかったのですか?ねえ、ずっと私が貴方を好きじゃないなんて、そんなふうに思ってたの?そんなの、あんまりです……ねえ、ねえ杏寿郎さんっ。
置いていかないで…死んじゃ嫌……杏寿郎さん、お願い死なないで……!!!ああああ」


こんなに声を上げて泣いくのはいつぶりだろう。
床に突っ伏し、拳を握りしめて泣いた。




「落ち着きましたか?」
「…胡蝶さん、大変申し訳ありませんでした」

あれから私はほとんど記憶がない。
気がつけば杏寿郎さんの隣に用意されたベッドで横になっていた。
そしていつも私が座っていた椅子には千寿郎君がいる。
心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
その隣で困ったように笑う胡蝶さんが、私の手を握ってくれていた。

「良いんですよ、名前さん。あなたはきっと頑張りすぎていたんです。良かった、こうして素直になってくれて。今は休んでください」
「本当に、ご迷惑をおかけして…」
「迷惑だなんて。今日はここに泊まってください。明日、ゆっくり休んで千寿郎君と一緒に屋敷まで戻ってください」

千寿郎君もこくりと頷く。
お義父様は大丈夫だろうかとぼんやり思い出したが、今はもう何も考えたくなかった。

走りすぎたせいか、泣きすぎたせいか、すごく眠い。
二人が見守る中、ゆっくりと瞼を閉じた。



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