-06 荒涼

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お言葉に甘えて、自分の部屋で先に寝ることにした。
もちろん杏寿郎様の布団は彼の部屋に敷いてある。
布団に入って一息つくと、どっと疲れを感じた。

そして今日初めて会った杏寿郎様のことを考えた。

思っていたよりも優しそう。
そしてみんなそっくり。
でも槇寿郎様も千寿郎様も声は控えめだけど、杏寿郎様はハキハキ大きい声で話す人だった。
そしてとても熱い人なんだろうと感じた。


目を閉じると思い出すのは故郷にいるあの人のこと。
私が突然、遠くの全く知らない男の元へ嫁に行ったと知ったのだろうか。
裏切られたと思うか。
それとも探し出してくれるかもしれない。


杏寿郎様に先程触れられた両手。
あの時の彼の手を思い出す。
大きくて硬くて綺麗だった。

あの人の手を思い出す。
たくさん手を繋いで一緒に出かけた。
あの人の手はいつも少し汚れていたけれどそれは仕事を必死に頑張った証拠だ。
骨張っていてゴツゴツして、爪は短め。
大きさは私のひとまわり大きいくらいで、手を繋ぐのにちょうど良かった。
相性がいいんだね、とあの人は笑いながら言ってくれた。

あの人の笑顔を思い出して涙が溢れる。
会いたい。

杏寿郎様と一緒にいる時は嫌にどきどきしてしまって気が休まらない。
あの人と一緒にいる時は心穏やかに過ごせていたのに。

恋しかった。
いつもあの人は自分の汚れた手で私に触れるのを気にしていたけれど、私は全然気にならなかった。
もっと触れてほしいと思った。
触れてほしい、なんて他人に対して初めて抱いた感情。

ぎゅっと目を閉じれば瞼の裏であの人は微笑んでいる。



体内時計が朝を知らせる。
起きて水を汲みに行かないといけない。
まだ朝は少し肌寒い。
早く夏が来てくれたらいいのに。

廊下を渡って台所へ向かおうとすると、中庭からブンブンと何かを振り下ろす音が聞こえてきた。
驚き、そこへ向かってみれば杏寿郎様が木刀で素振りをしていた。
みんなを起こさないように気を遣っているのか、声は出さずにただただ力強く木刀を振っている。

「おはようございます、杏寿郎様」
「…」

集中していて私の声は聞こえていないようだ。
もう一度、大きな声をあげる。

「おはようございます!」
「おはよう!名前!」

パッとこちらを振り返って杏寿郎様は太陽のような笑顔を見せた。
なんて朝から元気な人なんだろう。
そしていつから起きていたのか。

「すみません、杏寿郎様が起きたのに気づかず…」
「なに、良いんだ!俺が好きでしてることに君を巻き込むわけには行かない。それより、しっかり眠れたのか?」
「はい。しっかり眠りました」
「なら良し!」

素振りを中断してこちらに近づいてきた彼はほんのり汗で濡れていて、なんだか色っぽかった。
また動悸が激しくなってしまった。









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