異世界からやってきたコンウェイとキュキュは“バレンタインデー”という行事を知らなかった。
バレンタインデー──好きな男の子のために女の子が腕を振るってチョコレートを渡す年に一度の大イベント。
それぞれ別行動中に説明を受けたのだがふたりとも真っ先になぜか互いの顔を思い浮かべ、ありえないありえないと嘲っていたのだ。
しかし皮肉なことにキュキュが選んだあみだくじの棒線はその大嫌いなコンウェイの名前に通じていた。
「ねえキュキュ。これさ、何か入れてるだろ。もしかしてこの僕を毒殺する気?」
「おおう、毒か! キュキュ思いつかなかた」
キュキュの言葉にコンウェイは深く息をつく。
周りがそれぞれのことでいっぱいなのをいいことにふたりとも素をまるだしだ。
彼女が紙袋から出したチョコは先ほどのイリアたちにあげたチョコとは別である。
手のひらくらいの大きさでかなり分厚い、ホールケーキのようなチョコだ。
「まさか、トマトが入ってい」
「いいから食べる!」
「ぐふぅっ」
明らかに一口サイズではないそれを無理矢理口に押し込まれてコンウェイは普段出さないような声をだした。
いったん口に入れたものを吐き出すような無様な真似はできない。
キュキュは彼の心理をもよんでいたのかただ単に嫌がらせのつもりだったのか。
とてつもなく満足そうなキュキュの黒い微笑みに対してこれ以上宿敵である彼女を満たすわけには自分のプライドが許すまじと彼は精一杯余裕を装う。
しかしトマトはキュキュ以上に凶悪だった。
噛めば噛むほど青臭いどろどろとした汁が無数の種とともに溢れ出してくる。
しかもそれがコーティングされたチョコと残念なハーモニーを醸しだすのだ。
引きつった笑みを顔に張りつけるコンウェイをみてキュキュはくすくす笑う。
しかしコンウェイが受けたバレンタインデーの説明のほうがキュキュより内容が濃いかったようだ。
「(来月が楽しみだね、キュキュ)」
ホワイトデーの存在を彼女はまだ知らない。
「(やった! 僕がイリアのチョコだ!)」
「イリアー、コーダのは、しかし、コーダのは?」
「えっ。えーとね、あんたの分は、えーっと、そうだ! あんたはそこのまな板とか床についたチョコでも食べていいわよ」
「いいのか? こんなにたくさんいいのか? 食べるぞー。しかしー」
全速力で汚い料理道具へ走るコーダを見てルカはそれでいいんだ、と苦笑する。
しかしルカの頭はコーダのことよりイリアのチョコが貰えるという喜びでいっぱいだった。
するとそのイリアが突然ルカの手を掴み勢いよく赤い包みを持たせた。
「……さっさと食べなさいよ」
「あ、ありがとう。イリア」
もじもじとお礼を言うルカに負けず劣らずイリアも真っ赤な顔をしている。
そんなイリアが可愛くてもっと見ていたかったがあまりじろじろ見ていると怒られそうな気がして、ルカは不器用な手つきで箱を開けた。
そして言葉を失った。
箱から出てきた薄っぺらなチョコは鳩サブレの形をしていたのだ。
しかしそれは別に構わない。
問題は茶色のチョコにホワイトチョコペンで書かれた大きな文字。
「“ギリ”って……」
「何よ、文句あるならあたしが食べるわよっ」
「えぇ! 食べるよ! 食べます!」
一気に拍子抜けしたルカだったが本当にイリアに食べられそうだったのでチョコを急いで口に運び、かじろうとしたとき。
ルカは裏面にもピンクのチョコペンで何かが書かれていることに気付いた。
「ねぇ、ルカ」
顔を上げるとそこには耳まで真っ赤になったイリアが自分の指を絡めながらうつむいていた。
「来年はもっとがんばるから」
もう一度イリアのハト型チョコを見るとルカにはそれがハート型チョコレートに見えた。
ぽきりと音をたててチョコをかじると口いっぱいに甘さが広がる。
「イリア、おいしいよ!」
こうして二人の心の距離はまた少し縮まった。
──来年は“本命”って書かれていますように。
ハッピー
バレンタイン
おたんこルカ
終
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〔あとがき〕
〔TOP〕
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