指先 | ナノ

「秀吉殿と半兵衛殿には礼を言わねばな。お前とこうして久々に話す機会を与えてくださったのだから。…幾月振りだ、新三郎。元気にしていたか」
「お久しゅうござります、長秀さま。この新三郎、ここ数月息災にござりました」
「うむ、それはなにより」

広い客間の真ん中、正座して畳に額をつける。
この部屋にこうして客として通されるとは考えたこともなかった。
不思議な感覚だ。
毎日毎日この部屋を訪れる客人のために掃除していたのだ。
今更ながらにこの城を出たのだと思わされる。

「それで、どうだ。豊臣の方々は」
「良くしてくださる方ばかりで、とても素晴らしき御仁です。…やはり、小姓というものはどこへ行っても同じようですが」
「ははは! お前は小姓が嫌いだったな。自分も小姓なくせして」
「俺は他の小姓共と同じような振る舞いはしないと心に決めています。──そうだ、長秀さま。豊臣で一癖も二癖もある者たちに出会ったんですよ。俺と同じ小姓なんですが、今まで会った小姓と違うのです」
「ほう、どのような者だ」

長秀さまが少々前のめりになってお尋ねになる。
思い浮かべた面々に笑みが浮かぶ。

「まず、紀之介という者ですが、こいつは美しい形をしているというのに飾らないのです。いつでも己を突き通し、あの秀吉さまに対して対等に話すのです。少し意地悪で、とても頭が切れ、武芸にも長けている、将来豊臣を背負って立つ将になるでしょう」
「ほう、それは面白い者だな。飾らない小姓とは、お前が好みそうな者に思える」
「はい、とても良くしてくれるのです。何だかんだと気にかけてくれます。」

紀之介、本当に面白い男。
出来ることならいつまでも一緒にいたい。
戦場にも一緒に出たい。
あの流麗な太刀筋が戦場で舞う姿を見たい。
きっと、とても美しいのだろう。
敵も、その美しさに目を惹かれてしまうに違いない。
顔も立ち姿も太刀筋も美しい、紀之介。

「そして佐吉という者が、俺の心を掴んで離さないのです」
「…………ほお」
「一目見たときから目が離せませんでした。美しい、糸よりも細い銀色の髪。冷ややかに見えるが実は暖かさに満ちた黄の瞳。絹よりも滑らかな白い肌。最初の印象こそ外見のみですが、時を重ねると彼の心にも強く惹かれました。とても真っ直ぐで純粋なのです。一途に、一心に秀吉さまを思う忠誠心。強がりますが、実は寂しがり屋なところ。照れ屋さんなところ。…言葉に出来ません。佐吉の素晴らしきところは数えられぬ程にあるのですが…俺の知っている言葉では表現出来ません。それ程までに、佐吉の全てが素晴らしく美しく…儚く見えるのです」
「…随分と語ったな、新三郎」

一息吐いて茶を啜っていると長秀さまが苦く笑いながら言った。
…そんなに長く語っていただろうか。
佐吉のことはいくら言の葉にしてもし足りないのだ。
胸にあるこの想いは先ほど述べたものでは表現しきれない。

「…佐吉のこととなると……自分が自分でなくなるような感じがするのです」
「………どのようにだ」
「……心の臓が普段より早く鼓動を打ち、佐吉のことしか考えられず、体がふわふわとするようで、耳まで熱くなるのです」
「ふむ…ほう……そう、か…」

神妙な顔つきで頷く長秀さま。
…ま、さか……、これは病なのだろうか。
……………。
佐吉に近づくといけない病…とか。
もしそうだったらどうしたらいいのか。
佐吉の傍にいると約束したのに!

「何か悪いのでしょうか。や…病とか」
「病…ふむ、まあ確かに病、だが…」
「…ッ…長秀さま…どうぞ、俺のことはお気になさらず、ご宣告ください。俺の病は…病名は…」
「お、落ち着け。そういった病ではない。…お前の様子を見ただけの予想だ」
「……どんな病なのでしょう…」
「うむ。………………恋の病、だ」

……………。
恋。
…昔学んだ和歌集にたくさんの恋の歌があった。
焦がれ苦しんだり、現を抜かしたり、少しのことで心が揺らいだりすること。
…俺が、その恋の病に罹っているというのか。

「…恋、ですか」
「ああ。お前はその佐吉という子に恋をしているのではないのか?」
「……僕が佐吉に恋を…。………………」
「…まあ、こういうことは自分で分からなければならないことだからな。他人に言われて気づくことではない」
「…はい」

恋とは何だろう。
好きという気持ち。愛しているという気持ち。
愛している女を、後のことも考えずに浚った男。
愛した男をただ一途に待ち続けた女。
男女の間にのみ芽生えるものだと思っていた。
俺が今まで学んできた色恋に関する物語は全て、男と女が紡いでいた。
では、長秀さまがおっしゃった俺のこの気持ちは?
男が男に恋をすることがあるのか、惚れるのではなく、恋?
思考がぐるぐると回って気持ちが悪い。
顔色に出してしまっていたのか、慌てたような声音で長秀さまは俺を呼んだ。

「そう難しく考えるな。すぐに分かる。先人たちは誰に教わらずとも恋を理解していたのだから」
「……長秀さまは今、恋をしていらっしゃいますか」
「お、俺か。…俺には奥がいるだろう」
「その奥方に恋をしていらっしゃるのですか?」
「……武家の、家督を継ぐ者は時に愛する者と一緒になれない場合があるからな」

寂しそうな顔で長秀さまはお笑いなさった。
…そうか、そういうこともあるからな。
俺も武家出身だけどあまり位が高いわけではないからよく分からないけれど、複雑な問題があるのだろうな。
…好きな人と一緒になれないこともあるのか。

「……………難しいです」
「お前にもいずれ分かるときがくる。その時には、お前が愛する者と一緒になれるよう、祈っている」
「ありがとうございます」
「…さて、そろそろ半兵衛殿より与えられた刻限が迫っている。恐らくもうこのように会う機会はないだろう。私に言いたいことがあれば文を書け。なるべく早く返事を出そう」
「はい」

部屋の外に迎えの者が来ている。
…もう会えないだろう、か。
寂しくなって、深々と頭を下げる。

「さらばだ、新三郎」
「お元気で、長秀さま」

教示


「……新三郎はどうしたのだ。丹羽の城から帰ってきてからずっとああではないか」
「郷愁に浸っているのであろ。放っておくのが得策よ」
「……」
「…気になるのであれば励まして来い」
「な! 私は別に心配などしていない!」
「われは心配なら、とは言っていない」
「……謀ったな、紀之介!」
「勝手にぬしが言ったのであろ。濡れ衣よ、ヌレギヌ」
「く…ッ」

オマケ

「長秀様。新三郎より文が」
「ほう。また、随分と早く来たな。…なになに?」

※訳文
『名前を書くのは恥ずかしいので彼のことは銀髪の君、と記します。以前、長秀さまの下へ参上した日も身に着けていた装飾品は彼の銀髪の君から頂いたのです。なんでも、私の傍から離れるな、ということらしいです。こんなもの渡さずとも……云々かんぬん』

「………これは惚気なのだろうか。というより、これは、佐吉くんも新三郎のことを……、…。」


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