指先 | ナノ
「新三郎!? その怪我はどうした!?」
「喧嘩した」

修練場に怪我だらけで現れた新三郎。
こいつの前の時間は半兵衛様の側仕えだったはず。
何故こんなに傷だらけになるのだろうか。
疑問に思い、理由を問えば喧嘩だと答える。
…喧嘩でここまでするか?
いや、まずこいつと喧嘩をする者がいるのか?
秀吉様に認められているこいつに喧嘩を売るような愚か者がいるのだろうか。

「はあ…、まっことぬしはわれらの心労を増やしてくれる」
「…腹が立って。それに、奴らの性根を叩き直してやろうと…」
「…貴様が立腹するほどのことがあったのか」
「俺が何かされたとかではないから、心配はしなくていいよ」
「な…心配などしてはいないッ!」

鍛錬の前に傷だらけになっているこいつにまずは手当てをする。
私と紀之介、二人懸かりで、だ。
袂をはだけさせると、青黒い痣になっていたり、切れて血が滲んでいたりした。
…さすがにこれは喧嘩の域を超えているだろう。

「…ただ、頭にきたんだ」
「……………。次からはもう少し我慢すると良かろ」
「…うん」

しゅん、と俯いた新三郎に、普段は口うるさい紀之介が二の句を口にすることはなかった。
…こいつがここまで落ち込むほどのこと、か。
調べても損はないだろう。

「新三郎くん? んー…。僕の手伝いを終わらせてから真っ直ぐ君たちのところへ行ったと思うけど…」
「そう、ですか」
「何かあったのかい?」
「いえ! ただ…少し元気がなかったので」
「………そうかい。うん、僕も少し気を払ってみるよ」
「私たちのためになんという…! 身に余る幸せ……!」

半兵衛様のお心遣いに頭を下げる。
半兵衛様は忙しい御身であるにも関わらず、本当に、半兵衛様は心優しきお方だ。
私たち小姓の一人一人に気を遣ってくださる。
くすくすと笑って半兵衛様が去っていく。私に手を振りながら。
そのお姿に顔が熱くなるのを感じる。
秀吉様も半兵衛様も、素晴らしきお方だ。
そんなお二方の下にいられる自分が誇らしい。
心から敬愛する方からあんなことをして頂けたのならば、頬が熱くなるのも仕方がないというものだ。

「見ろよ、アレ」
「は? うぅわ、媚び野郎かよ」
「またやってたぜー。半兵衛様相手に顔を赤くしてよぉ」
「ははっ。まあ、半兵衛様のお気に入りだし? 慣れてんだろ、そーゆーコトに」

廊下の影で何か言う声が聞こえた。
…また、か。
私や紀之介のような、秀吉様たちに厚く扱われている者たちを妬んでいる奴らがこうして陰口を言うのだ。
別に、あれで傷付くような私ではない。
もう慣れた。

「紀之介だってよお、あの顔だぜ。秀吉様は衆道に興味ねえから半兵衛様に言い寄ってんじゃね」
「うわ、そうかもな。あの顔はウケいいぜ」
「何だよ、お前、ああいう顔が好いのかよ」
「違ェって! …俺はどちらかってと新三郎かな」
「趣味悪ー。あんなん地味じゃん」
「ああいうのが案外インランなんだよ。わははは…っぐぁ!?」
「な、佐吉!? 何だ、あぐッ!」

頭に血が昇る。
紀之介と新三郎を愚弄した。
こいつらにあの二人をとやかく言う資格はない。
紀之介、新三郎は、こんな奴らには分からない素晴らしいものを持っている。
私の傍に、いてくれる。

「貴様らにッ! 何が分かる!!」
「や…っ、めてく…ああぁ゛!」

こんな奴ら、武器が無くとも容易く倒せる。
数人いた男共に殴りかかり、全員伸した。
いつの間についたのか、小さな傷が出来ていた。

「うぅわ、何したん、これ」
「…弥九郎」
「つぅか、さっきもこんな光景見たで。まあさっきは佐吉ちゃうて新三郎やってんけど」
「…新三郎……?」

ひょっこりと、どこからか現れたのは弥九郎だった。
飄々としていて、人の言うことなどいちいち気にしない男。
そのためか、私にも普通に接してくる。
この男は嫌いではない。

「新三郎がどうかしたのか」
「いや、儂からしたらおまんがどうした、やけど。…新三郎はなぁ、おまんみたいに大勢に殴りかかってん」
「新三郎が? あいつは喧嘩や力押しが苦手なんだぞ」
「いやあ、でも新三郎やってたで。あんな恐ろしい形相の新三郎、初めて見たわ」
「…何故、」
「ああ、儂、見かけたけどなぁ、他の小姓がおまんと紀之介の文句言うてんの聞いてもうたみたいやで」
「な……………」

弥九郎の言葉に耳を疑う。
新三郎がそんな理由怒ったというのか?
……………。

「あれやんなぁ」
「? なんだ」
「おまんら、愛されとるねぇ」

普段飄々としているこいつがふんわりと笑ったことに驚いた。
しかしそれ以上に、こいつが言ったことに吃驚した。
…愛されている。私が。
同年の者たちには妬まれ厭われ、敬遠されてきた私が。

「…………あいつは、」
「ん?」
「ただ、初めて話したのが私だったから今は懐いてるだけで…少し経ったら離れていくだろう」
「そうかねぇ。儂はそうは思えんよ。もっと自信持ちいや」
「……………」
「せや、儂、もう行かな。怪我、きちんと手当てせなあかんで。ほなな」

弥九郎は私の肩を軽く叩くと離れていった。
その場に一人残された。
私は、弥九郎の言葉を信じてもいいのだろうか。

「あ、佐吉! …!? その怪我どうしたの!」
「…転んだ」
「嘘吐け! こっち来いよ、手当てしなきゃ!」

グイグイと腕を引かれ、部屋に通される。
畳に無理やり座らされる。

「はい、大人しくしてろよー」
「…貴様、最近言葉が汚いぞ」
「もともとだって。俺だって男子だぞ」
「…来たばかりの頃はもっと…」
「慣れない場所だったから。今はもう、豊臣が俺の場所なんだなと思っているよ」

てきぱきと私の手当てを済ませ、新三郎は笑った。
いつかこの笑顔が、他の奴らが私に向けるような表情に変わってしまうのだろうか。
…別に、不安に思う必要はないだろう。
今までもそうだった、慣れているではないか。
こいつが傍から離れたって、私は私だ。変わりはしない。

「…佐吉?」
「………貴様、は」
「うん?」
「何故私の傍にいる」
「何故、って…」
「弥九郎に聞いた。私と紀之介の悪口を聞いて相手に殴りかかったらしいな。それが、その怪我の原因だな」
「う…、そう、だよ。……。だって、嫌だろ。大切な人の悪口聞いたら」
「……っ。私が、大切だと?」
「うん。佐吉が大切。それはきっと、紀之介も半兵衛さまも秀吉さまも同じ」

小さな傷が出来た私の手を包む、私のものよりいくらか小さな新三郎の手。
…確かにこいつは、私を守るために戦場に出たいと言った。
私のことを大事に思っていると…そう、言うのか?
紀之介も秀吉様も半兵衛様も、同じように思っていると?

「……私の…」
「…?」
「私の傍に、いてくれるのか」
「…うん、ずっと、一緒にいる」
「何の見返りも理由も無しにか」
「いらないよ、そんなの。だって俺は佐吉の仲間だ。佐吉は俺の大切な人だ。傍にいる理由なんて、それだけでいいだろ」

ぎゅう、と強く手が握られる。
…暖かい。
誰かとこうして触れ合うのは久方ぶりだ。
真っ直ぐに見つめられる。
ずっと、傍に。
小さくそう呟くと、目の前の顔が嬉しそうに笑った。

「だから、佐吉も俺から離れないでね」
「…貴様が秀吉様の下から離れなければ共にいることになるだろう」
「そういうことじゃなくてさぁ」

けらけらと笑った顔が脳裏に焼き付いた。

「…城下に行きたい?」
「はい…。……や、やはりまた後日に、」
「いや、行きたいのなら今行っておいで。それにしても、珍しいね。佐吉くんが城下に行きたいなんて」
「…そうでしょうか」
「ああ。ちょうどいい気晴らしになるだろう。楽しんでおいでね」
「はいっ」

* * *

「新三郎」
「…? あ、佐吉!」
「こっちへ来い」
「え? うわっ! っとと…早いよ、歩くの!」

城下町から帰ってきてすぐに新三郎を見かけた。
探し回るのは面倒だったため、運が良かった。
新三郎の右腕を掴んで人影の少ない縁側に出る。
太陽は既に橙色に沈みかけていた。

「どうしたの、佐吉」
「…貴様の髪は金色だったな」
「え。…うーん…こんじき…。…かなり色の薄い茶色…」
「どちらでも良い。…それならば、これも似合うだろう」
「? 佐吉?」

新三郎の後ろにまわりその首に手の中にあるものをかける。
しっかりと金具を留めて顔をこちらに向かせる。
…自画自賛になるが、なかなかの見立てだな。

「何これ。……首輪?」
「違うッ! 貴様は雰囲気も読めんのか!…南蛮の、ねっくれす、というものだ。身につける装飾品らしい」
「ねっくれす…? 何でこれを俺に」

…答えづらい質問だな。
どう答えようか悩み、視線が右往左往しているのが分かる。
しかも、頬が熱くなってきた。

「…佐吉、顔、赤いよ」
「黙れ。……それ、は」
「?」
「貴様が、私から離れぬという約束を破らぬように……、戒め、の意味を込めて…」
「戒めなんてなくても傍にいるよ」
「いいから受け取っておけ! わざわざこの私が頭を悩ませて選んだのだからな!」
「…本当?」
「はッ!」

しまった…!!
言わなくてもいいことまで言ってしまった…ッ!
耳まで熱くなった。
その、勘違いするな、私はだな、と言い訳を口にするも、どれも嘘臭く聞こえる。
きょとんと呆けた表情で私を見ていた新三郎の顔が満面の笑みに染まった。

「ありがとう」
「…ッ」

その頬も薄らと赤らみ、はにかむようにして笑ったその顔に。
まるで血流が逆流するような鼓動を感じた。
これ以上、顔が熱くなることはあるのか。これ以上、身体が熱くなることはあるのか。
ドクドクと、心の臓が耳元で鳴っているように聞こえる。
手が震える、胸が震える。
どうしてこうも、泣きそうになっている?

「ありがとう、ありがとう、佐吉。すごく嬉しい。綺麗だね、この…ガラス玉?」
「あ、ああ。割れやすいらしいからな、気をつけろ」
「うん、絶対に割らない。佐吉に貰ったんだよ、こんなに綺麗な飴色」
「…貴様のような色だ」
「え? ごめん、聞こえなかった」
「…何でも、ない」

夕焼けの色で、更に赤く見える新三郎の顔。
いつまでも崩れない柔らかな笑みが私にまで移った。
こんなに自然と笑えたのはいつ振りだろうか。

磁石


「(…どれがいいだろうか。あいつは…まるで、太陽のような…。いや、太陽ではあの穏やかな暖かさは表現出来まい。…陽だまり。太陽の光では強すぎる。そう、あいつは陽だまりだ。
布団を柔らかく暖かくしてくれる、私に安心感を与えてくれる、木々の葉から零れてくる陽の光だ。……この、優しい橙色…まるであいつの笑顔のようだ)…これをくれ」

弥九郎=小西行長です。
題字カラーは飴色


オマケ

「新三郎」
「あ。おはよー、紀之介」
「……それはどうした」
「? それ?」
「オハヨーさん。あ、それが噂の首輪ー?」
「おはよう、弥九郎。…噂? 首輪…あ、これ?」
「せや、みーんなヒソヒソ話しとるで」
「われも一目で目に引っかかった。…まあ、大体事情は理解した」
「ふふー。これね、佐吉がくれたんだよ。昨日の夕方」
「うせやん! あの佐吉が!?」
「…半兵衛殿から佐吉が城下に下ったと聞いたときは何が起きたかと思ったが…やれ、やっと得心がいったわ」
「ずっと傍にいろ、だってー。こんなの渡さなくたって傍にいるのにね」
「…愛の告白みたいちゃう?」
「そう言ってやるな、弥九郎。佐吉も新三郎も無自覚なはずよ」

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