指先 | ナノ

どうしてこうなった?
さっきまで佐吉たちと勉学に励んでいた。
紀之介が佐吉をからかい始めて、面白そうだったから俺も参加して。
……怒った佐吉にぶん投げられたんだ、確か。
障子に当たっちゃうな、壊しちゃうな、半兵衛さまに怒られるかも、なんて考えながら痛みに備えていたら、ふわ、と温かいものに抱きとめられた…んだ、そうだ。
え、何。と顔を上げると…ひ、秀吉さまのお顔があって。
視界の端で佐吉が真っ青になって平謝りしていた記憶がある。
…ああ、そうそう、そうだ。
秀吉さまにつれられてここへきたんだ。
何でそんなこと忘れるかなあ。
……秀吉さまがあまりに大きすぎる存在だからだ。
実を言えば秀吉さまとお話ししたのは片手で数えられる程度である。

「して、新三郎」
「っは、い」
「そう堅くなるな。佐吉たちと話すように楽にして良い」
「な、は、え…」
「無理に決まっているだろう、秀吉。新三郎くんはまだ秀吉とあまり話したことがないんだから。…それに、君に対して臆せず話すのは僕と紀之介くんくらいだろう」

き、き、紀之介すげえ!
いや、肝据わってんな、とは思っていたけれど…秀吉さま相手に臆せず、とは。
お前は小姓だろ!と怒鳴りつけてやりたい。
…無理だ、多分怒鳴った三倍くらいチクチク言われる。

「…秀吉さま、ご用向きを伺ってもよろしいでしょうか」
「ああ、そうだった。…半兵衛」
「分かってるよ、秀吉。…新三郎くん、これを見てくれるかな」

半兵衛さまに手渡されたのは一枚の紙。
これは…布陣図?
どうしてこんなものを僕に。
半兵衛さまの次の言葉を待ち、静かに彼を見上げた。

「これが何だか分かるね? これは今行われている、ある戦の布陣図だ。例えば、君がこの戦場に兵糧を送るとしたらどうする?」
「……………戦況は、」
「ああ、こちらの陣が占拠され、ここも敵に囲まれ危険だ。本陣はこれ。ここにも既に敵が向かってる」

半兵衛さまの美しい白い指が布陣図をなぞる。
ふむふむ…そういう状況なんだ…。
…この布陣、本陣を真ん中に置いてるんだもんなあ、そりゃ攻められるよ。
この軍の軍師は何を考えてるんだろう。

「……………俺、なら」
「うん?」
「本陣の周りの陣が奪われ始めてしまっているので、本陣に兵糧は送りません」
「……それで?」
「忍一人を本陣大将の影として送り、大将を逃がします。まだ生きている陣に兵糧を送り、…そう、ですね、敵本陣に近いこの陣に…敵本陣大将の首を取って統率を失った兵たちを滅多討ちします」

顎に手を添えて、俺の考えを吟味しているような半兵衛さま。
…あまりにも酷い策で呆れられているのだろうか。
……もしそうなら、俺は長秀さまの下に返されてしまうかもしれない。
せっかく友だちが出来たのに、ここを離れなければならないかもしれない。

「…僕は兵糧の送り方を聞いたんだけど、」
「すみません、愚策でした…」
「いや。驚いたんだ」
「…はい?」
「僕は兵糧の案を聞いたのに、君はもっと高度な、そう、軍略と呼ぶべき案を出してきた」
「…軍略、ですか」

僕が長秀さまの下でやっていた「戦場事」では、兵站奉行とはこういうものだった。
ただ食糧を送るだけでなく、敵を撹乱または倒す必要があった。
これが当たり前だと思っていたけど、そうでないのかもしれない。
僕の兵站奉行は間違っているのだろうか。

「だから言っただろう、半兵衛」
「…ああ、君の目に間違いはなかった。紀之介くんとの碁を見たときには分からなかった才能が見れて良かったよ」
「佐吉、紀之介、新三郎──将来豊臣を背負って立つだろう」
「そうだね。彼らの成長が楽しみだ」

畏れ多い言葉に平伏する。
俺は、そこまで買い被る価値のある人間じゃない。
有り難いとは思うが、その期待に添えなかったときが怖い。
床に垂れた頭をゆっくりと撫でられる。
突然のことに強張った体を起こされ、自然とお二人の姿が見える。
…頭を撫でた大きな手は、秀吉さまのものだ。温かい。
ふわふわと優しく撫でるその手に恐怖は覚えなかった。
そして、慈愛に満ちた微笑みを俺に向ける半兵衛さま。
──俺は、この方たちに見出されたのだ。
なんて、素晴らしい方たちなのだろう。
この方たちのために俺のちっぽけな命を投げ捨てられるのならば、それは幸福なことだろう。
そう思えるのにも関わらず、だが、俺の命は佐吉や紀之介のために使われるのだ、という確信めいた思いが芽生える。
紀之介の言葉を思い返す。
「死を共にするまで」。同じ予感を紀之介も感じているのならば、もしかすると、それは。
宿命と呼ばれるものなのかもしれない。

「そろそろ八つの時間だろう?」
「…もうそんな時間ですか?」
「ああ。今日は特別に秀吉自身が用意したんだよ。ねえ? 秀吉」
「……ああ」
「新三郎くんの好きなかすていらだ」
「あ、ありがとうございます! とても、とても嬉しいです!」
「かすていらだと、あまり食に興味のない佐吉くんも食べるからね。秀吉も僕も少し心配なんだ。彼、何か頼むと自分のことを放り投げてそれをやるから」
「……半兵衛、新三郎を早く行かせてやれ」
「え? …ああ、ごめんね。早く食べたいよね。行っておいで」

苦笑した半兵衛さまと秀吉さまに頭を下げて部屋に走る。
半兵衛さまがおっしゃったこと、佐吉に教えてあげよう。

見抜かれた才


「! ひ、秀吉様と半兵衛様が私の身を案じていただと…!?」
「うん。かすていらだと佐吉も食べるからって」
「な、なんと…! 有り難き幸せでございます、半兵衛様、秀吉様ッ!」
「なんと、まァ、ぬしらも大事にされておるな」
「かすていら美味ー!」
「秀吉様ああああ!!」
「…静かに食えんのか、ぬしらは」

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