指先 | ナノ
馬を走らせ五日。
ほぼ不眠不休で到着した上田城下は落ち着いているように見えた。
先に放っていた斥候より、数刻前、伊達が上田城への攻撃を開始したとの報があった。
しかし、城下町を見る限りだと、伊達軍は民への狼藉は働かなかったと見える。
城へ目掛けて馬を走らせる俺たちに、民たちが声をかけてくる。
伊達軍が城を襲っている、早く救出してくれ、城に詰めている兵には息子がいる、など口々に。
左右に避けて馬の走る道を作りながら、民たちの願いが投げかけられる。
もちろんだ、上田城は無傷で取り戻す。
兵も含めて、必ず。
応じるように拳を突き上げると、民たちから歓声が上がる。
城門が見えてくると、伊達の兵が守るように前を固めているのが見て取れた。
馬の勢いを殺さず、真田は兵に突っ込む。

「どけどけーい! 武田が大将、真田源次郎幸村! 押し通る!!」

器用に馬上で二槍を振るうと、兵はたちまちに薙ぎ払われる。
真田はそのまま、馬ごと門に突っ込み無理やりこじ開けた。

「さあッ、城内の伊達兵を全員倒していけ! 俺様は先に本丸に向かう!」
「うむ! 長束殿! 我らはこちらに!」

猿飛が先を行くと、その後を追うように馬から降りた真田が駆ける。
その背を見ながら城内を走った。
武田兵はさすが屈強で、伊達兵を順に倒していく。
ただ、伊達兵もしっかりと訓練されているらしい、抵抗は激しい。
武田の忍隊が開く道を駆けながら、木々が生い茂る美しい城を見上げる。
ああ、常の姿はどれだけ穏やかな城なんだろう。
堀に囲まれた本丸は、すでに伊達に占拠されているんだろうか。
先に行った猿飛は戻らない。
普段の猿飛の行動の速さであれば、もう戻ってきてもいい頃だ。
戻ってこないということは、本丸で伊達と交戦中、か。

「鳳」
「は」
「お前も猿飛を追え。おそらく本丸はすでに伊達に占拠されている」
「承知いたしました」

占拠されてしまっているのならば、丁重にお帰りいただこう。
ああ、帰る場所なんて伊達にはないか。
根の国に堕ちる竜だ、首謀者を殺して城は取り戻す。
俺たちの会話を聞いた真田は、音が鳴るほどに歯を噛み締める。
甲斐の虎から預かった城だ、遠征中だったといえど占拠されるなど言語道断。
ただ、大坂城への招集を行なった豊臣に責がないわけでもない、ここはしっかりと総大将に連なる者として城の奪還に力を貸さなければならない。
そして何より、伊達――過去の清算。それを済ませる。
剣戟の音がだんだんと聞こえてきて、俺の予想が当たっていたことを示す。
猿飛、鳳の二人を相手取る右目に刀を抜いて突っ込む。

「! テメェは…長束!!」
「よう、久しいな右目! 悪いが二人揃って死んでもらう!」

勢いだけの攻撃はいとも簡単に薙ぎ払われる。
大きく後ろに弾かれた俺は、着地すると真田の横に並ぶ。

「長束殿、手出し無用。政宗殿との決着は某が!」

一歩踏み出した真田は、槍を構え双竜を睨む。
猿飛、鳳もこちらに戻り、伊達、右目と対峙する。
右目の後ろに控えていた伊達が右目の前に出ると、嘲笑を浮かべ真田に言い募る。

「情けねえなあ、真田! 城を取り戻すのに長束の力を借りるなんてよ! それでも俺のrivalか?」
「く…ッ、…返す言葉もない…! 事実、某はまんまと本拠を奪われ、挙句御大将の軍師殿をお連れしている…しかし! 奪われたのであれば取り返すのみ! そんな挑発、今の某には効かぬと知れ!」
「Ha! 負け犬の遠吠えとはまさにお前のことだ! 取り返す? No! お前はここで俺に負ける! 大人しくその首差し出しな!」

同時に踏み出した二人の刀と槍が交わる。
それに合わせて、従者である猿飛と右目も戦闘を開始する。
その間、俺は忍隊の報告を聞きながら指示を飛ばす。
城は取り戻す、双竜は葬る。
戦いから目を離さずに戦況を聞くが、こちらに有利に動いているようだ。
双竜と真田主従は互角、どちらも譲らない。
さすが何度も打ち合っているだけある、互いがどう動くか分かっているようだ。

「突然大将なんざ任されてどうしているものかと思えば、鈍ってねえようで安心したぜ真田!」
「某! 今ようやく貴殿と並び立っていると自負しておりまする! 政宗殿、貴殿はこんな重圧に負けず国主として立ってきたのだな…!」
「Humm…てことは俺の勝ちでいいな?」
「否! 勝利は譲らぬ!」

殺し合いとは思えない会話。
ああ、本当に真田には、伊達を殺すことはできない。
好敵手である男に心を許しすぎている。
俺も殺しの心得があるわけではないが、あれでは躊躇ってしまうだろう。
やはりついてきて正解だった。
対して猿飛と右目は黙々と打ち合うのみだ。こちらはこちらで本気が感じられて少し恐ろしい。
鳳含め、長束忍隊の隊長格に本丸へ集まるよう命じる。
城内の趨勢はこちらに傾いている、であれば、万一にも真田が敗れた場合に備えるべきだ。
三成の言う通り、俺は伊達と右目を同時に相手取るには力不足だ。
忍隊長の鳳、副隊長の麒麟、そして四人の分隊長がいてようやく互角になる程度。
腰に佩いた刀に手をやり、柄を握る。
伊達の六爪のうち三本を弾き飛ばし、代わりに槍一本を飛ばされる真田。
…本当に互角か。
猿飛、右目も決着がつかない。
…黙って見ている必要もないだろう、分隊長四人に双竜それぞれへの攻撃を命じると、伊達が舌打ちする。

「長束! つまらねえことするんじゃねえ! 俺は真田と決着をつける!」
「馬鹿なことを言うな、これは戦だ。大将の首を獲った方の勝ちだろう」
「クソ…ッ!」

忍たちの奮戦により、双竜は押され始める。
猿飛は俺の横槍を受け入れているが、清廉な真田は許しがたい様子。
それでも俺に文句をつけないのは、西軍軍師として認めている証拠か。

「うおおおおおおおッ!」
「Haーーーーッ!!!」

実質三対一にもかかわらず、伊達は必死に食いつく。
しかし抵抗むなしく、残る三本の刀も弾かれ、丸腰になる。
右目は猿飛に制圧され、地に伏せられていた。
そこにちょうど、場内の伊達兵すべてを倒した報告が入り、上田城はここに取り戻された。

「…さて。真田、よくやった。この後のことは話していた通りに進める。……いいな?」
「……はい。それが来たる大戦のためならば。某は受け入れるのみでござる」

忍に苦無を向けられ、伊達は両手を上げている。
そりゃそうだ、もう抵抗のしようがない。
しかしその顔は焦りの一つも浮かべずに、余裕に微笑んでいる。

「何がおかしい?」
「すべて自分の思い通りになっているっていう、お前のツラがな」
「…実際その通りだろう。上田城は取り戻した。その首領も今や首を獲られるのみ。他になんの懸念があろう?」
「長束。今のお前の目には興醒めだ。石田のために自分のすべてを捧げる…そんな目をしてやがる」
「そうだ。豊臣軍軍師として、俺は持てるすべてを三成に尽くす。お前にしらけられる謂れはないが」
「俺を見下しやがったお前には、思い切りやり返してやろうと思ってる。…石田の野郎をぶっ殺して、憎しみの目で俺を見るお前を死ぬまで飾る。どうだ?」
「それは叶わない。今ここで、お前は死ぬ」
「詰めが甘いんだよ、長束。お前はいつも。悪いが俺はここで死ぬつもりはねえ」
「何を…」
「正家様!」

切羽詰まった鳳の声と同時に、強く身が後ろに押される。
体ごと飛び込んできた鳳とともに地面に倒れ伏し、突如吹き込んできた爆風に強く目を瞑る。
風が落ち着き、目を開けば、背に双竜を乗せている本多が飛び立っていく姿が目に入る。

「まさか…! 徳川領に動きはなかったはずだ!」
「本多単騎で伊達救出に来た模様! あの速度であれば我々の脚も敵いません!」
「じゃあな! 真田! 長束! 天下二分の戦で会おうぜ!!」

その一言を残し、本多は遥か彼方へと消え去った。
…また逃した。
あれだけ三成相手に大見得を切っておいて、俺はまた為損なった。

「クソ…ッ」
「申し訳ありません、正家様…徳川には常に監視をつけていたというのに…」
「……いや、あの家康が同盟相手を無視するはずがない。それを勘案していなかった俺の責だ」
「……大将、俺様も悪かった。今ここで伊達を討てなかったこと。後々武田にも影響があるはずだ」
「佐助。良いのだ。また勝てば良いだけのこと。長束殿! 貴殿もそう肩を落とされるな! 政宗殿をここで討てなかったのは確かに想定外でした。しかし! 某が必ず! 勝利し石田殿に首を献上すると! 誓いまする!」

今は上田城を取り戻せたこと、それに感謝すれど責める必要はない。
真田はそう良い、快活に笑った。
城内に散らばっていた兵たちが本丸に集まる。
皆、城と大将の無事を喜んでいる。
今ここに伊達を取り逃したことを悔いているのは俺のみだ。
……また勝てばいい。逃がしたのならば、再び狩れば良いだけのこと。
たしかに大戦のことを考えたら、伊達を削っていたほうが望ましかった。
しかし、俺たちは兵を失わずに勝利した。伊達兵は城内に残されている。
これを捕虜とすれば、伊達軍の戦力を削った証左にはなろう。
………この結果で満足すべきか。
ああ、三成にはどう報告しよう。
あれだけ大きな口を叩いたからには、結果が必要だったのに。
…まあ、それは俺だけの問題なのだから、帰りながら考えるか。

「真田、ありがとう。そうだな、伊達はお前に任せる」
「応! 必ずや討ち果たしてみせまする!」
「よし。そうしたら、城内の伊達兵を捕縛しろ! 大坂に人質として連れ帰る! 真田は城の警備を見直してくれ。そして帰ろう。大坂に」

皆、俺の言葉に頷き、それぞれ行動を始める。
それを見守りながら、一人空を見上げた。
ああ、俺が失敗しても、空は綺麗だな。
三成への説明を考えながら、帰路の準備を進めた。

君が見る夢


「正家」
「はい」
「伊達を逃したと文に書いていたな」
「はい…」
「傷は負わなかったとも」
「はい……」
「それだけで良い。私は貴様に伊達の首を強いたか?」
「……俺が勝手に言っただけ…」

大坂城に戻り、一番に三成の部屋へ向かった。
先に此度の戦の報告をしていたが、改めて、伊達を殺せなかったことを詫びなければならなかった。
大反対を押し切り出陣したのだ、俺には結果が必要だった。
しかし首を持ち帰ることができなかった、だから三成は俺に怒りを露わにすると思ったのに。
あまりにも優しく頬を撫でられるものだから、勘違いしてしまいそうになる。

「私は貴様に戦利品を望まない。私に戦果をもたらせば良い。軍師として、私とともに本陣で報告を聞き、将兵を動かし勝利に導くことを望む。私は何より、貴様が負う傷を避けたいのだ」
「…悪かったよ、三成の言葉も聞かずに戦場に出たこと。結果として伊達の首は穫れなかったんだ、負傷はしなかったけど、家康との決着まで戦場には出ない」
「! そうか。許可する。私とともに在ればいい」
「その代わり、本陣には三成もいてくれよ。三成も知っての通り、俺は弱い。三成がそばで守ってくれなきゃ。…情けないけど」
「ああ、当然だ。貴様は誰にも傷つけさせない」

三成は俺の弱さを知っている。
知りすぎているくらいだ。
腕も立った半兵衛さまと違って、俺に戦働きは期待できない。
だからこそ、本陣に留めさせたがるのだろう。
万が一にも俺が死んではならないから。
自分の手元に置いて、すべての敵から守るつもりなのだろう。
三成ほどの強さがあればそれも叶う。
俺を守りながらすべての敵を屠る。
…ああ、本当に情けない。
なぜ婆娑羅者でありながら、俺はこうも弱いのだろう。
家康との戦で、三成を守ることができるのだろうか。
三成を死なせず、勝利を運び、復讐を果たす。
いや、為さねばならない。
持てる知恵、半兵衛さまから授かった知識、すべてを使って三成に勝利を。
修練は続ける、兵法の研究も深める。
必ず、必ずだ。
砂を噛んででも、俺は三成に勝利をもたらす。
三成の軍師として。
そして、世を秀吉さまの教えで導くのだ。

「三成」
「ああ」
「必ず三成に勝利を。改めて誓わせてくれ」
「誓いなど要らん。私は貴様を信じている」
「うん。絶対…家康の首を捧げる」
「疑う余地などない。さあ、今宵は休め。疲労が顔に出ている」
「え。…ブサイクってこと?」
「ふ、……貴様はいつでも愛い。心配するな」
「……え!? 愛い!? 愛いって言った!?」
「さあ、行け。疾く眠れ。睡眠不足は認めない」

背中を強く押され部屋を追い出される。
…俺の耳がとうとう都合のいいように聞き間違えるようになったかな。
混乱しながら自室へと向かう。
もし俺の聞き違いでなければ。…三成との未来も明るいのかもしれない。
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