指先 | ナノ
「伊達軍が南下中だと?」
「はい、おそらく徳川軍へと合流するためでしょう」
「ああ…それしか考えられないな」

大友軍を除く西軍諸将が大坂城に揃って早数週間。
大きな動きを見せない東軍を怪訝に思っていたところ、伊達軍の動きがあった。
伊達。小田原で三成に叩きのめされた傷から癒えたようだな。
それもそうか、あれから何ヶ月が経ったのだろう。
秀吉さま。半兵衛さま。お二人がご健在だった頃の戦。
あのとき伊達を見逃したのは俺の判断。
それがこのように転ぶのだから時勢というのは本当に読めないものだ。
あの頃の俺の思い描いていた未来では、今頃すでに豊臣により天下が統一され、伊達も下手に手を出せない軍になっていたのに。
まさか徳川と天下を二分する戦の準備をするなど考えられなかった。
しかし、伊達の南下は抑えたいところだな。
東北を広く治める伊達の兵力は侮れない。

「打って出るか」
「それも選択肢に入りましょう」
「事前に潰せるのならばそれに越したことはないよな。ああ、こんなことになるなら、小田原で滅ぼしておけば良かったかな」
「後悔なさいませんよう。西軍の力を民に見せる良い機会と考えれば良いのです。伊達を討つのならば西軍の中でも精鋭を選びましょう。さすがに大軍を動かし、大坂を空けるわけにはいきません」
「ああ。…真田は伊達と好敵手だと聞く。連れて行けば決着をつけられるだろうか」

決着をつけたい仲ではないのだろうけど、と心の中で補う。
試合が楽しいだけなのだろう、殺し合いなど考えたこともないはずだ。
伊達を殺す場面を真田に見せるのは残酷だろうか。
好敵手とまでに認めた相手が精鋭といえど、小軍に無惨に殺されていく姿を見るのは、あの優しい真田には耐えられないかもしれない。

「徳川領に至る途中、上田城に立ち寄るとの情報も掴んでいます」
「上田…それこそ真田か。今上田城は寡兵のみ残し警備にあたっているんだったな。城を守備するにも大将がいるといないとでは士気が変わるだろう。真田に一度領へ戻るよう伝えた方が良さそうだ」
「猿飛も同じ情報を得ています。すぐにでも真田から領に戻りたいと申し出があるでしょう」
「そうか…」

真田は伊達を討つことまではしないだろう。
それならば、俺もついて行こうかな。
三成が自分も行くと言い出しそうだけど、真田に三成は過剰戦力だ。
三成には残ってもらって、俺と真田で伊達を討つ。
これが一番効率がいい。…戦力という意味では、俺は役に立たないんだけども。
真田が削ってくれた伊達にとどめを刺すくらいはできるだろう。
……吉継か行長に頼んだ方が、効率のみ考えれば良いのだろうけど。
俺には伊達を見逃したの責任がある。
伊達を滅ぼすのならば、俺が行くべきだ。
真田の元に向かおうと腰を浮かしかけたところに、襖の向こうから声がかかる。

「長束殿! 今お時間よろしいだろうか!」
「真田。入れてやってくれ」

鳳に襖を開けるよう命じると、大汗をかいた真田が崩れるように入ってくる。
ああ、ちゃんと猿飛から情報を受けたらしい、武田軍大将としての責任感からか、大慌てで事情を説明しようと口を開く。

「政宗殿、…伊達軍が我が領地、上田に攻め入るとの報を受け申した。急ぎ国元にもどらせていただきたく!」
「ああ、俺もその情報を得ていた。良い。戻れ。大将として、国を守れ」
「! ありがたきお言葉! それでは某、行軍の準備を、」
「許可する代わりに、俺も連れて行ってもらう」
「…長束殿を? 上田城の防護に貴殿は関係なかろう、なんの益があってご同行を?」
「伊達を殺したい」
「…っ政宗殿を……殺す…あ、いや、伊達軍は東軍への降下を宣言しておりまする、長束殿のご判断は……正しく…だが…」
「お前には伊達を殺せないだろうという判断だ。東軍の力は少しでも削っておきたい。真田にとっては危機だろうが、西軍にとっては好機でもある」
「………………」

黙り込んでしまった真田。
大将としての責任と、伊達への思いの狭間で葛藤しているのだろう。
俺は好敵手というものがいないから分からないけれど、甲斐の虎と軍神のような関係ならば、躊躇う気持ちも理解できる。
だからこその俺だ。
殺しに躊躇うのならば、他の手を借りればいい。
俺も、手を汚すときが来たというわけだ。
今まで鳳たちの手を汚させてばかりだった。
西軍の、三成の軍師として、責任を取るときが来た。

「………長束殿、ご同行いただかなくとも結構でござる。伊達は…某が…必ず…」
「いや、同行する。これは依頼じゃない。西軍軍師としての命令だ。俺を連れて行け」
「某は…信用に足らないでしょうか? だから長束殿はご同行すると、そうおっしゃられているので?」
「違う。お前たちのことは信頼している。だが、伊達軍は強大だ。戦力はあるだけあった方がいいだろう。それに…伊達を討ち取ること、それは俺の責任でもある。小田原で伊達を見逃した、俺の義務だ」
「あ………。…噂は、聞いておりました。石田殿に伊達が大敗したと。伊達が今生きているのは、長束殿のお目溢れがあったからこそだったのか…」
「はは、俺の前だからと、無理に伊達と呼ぶ必要はない。…まあ、そんなわけだ。俺の弱さが招いた襲来だ。俺に押さえさせてくれ」
「断る理由はないんじゃない? 大将。長束の旦那は分からないけど、鳳は大いに役に立つぜ」

突然現れた猿飛が、俺の言葉を後押しする。
ずっと潜んでいたのだろうか。
鳳が構える様子がないところを見ると、気付いていたのだろう。
なんともまあ、優秀な忍たちであることよ。
とにかく俺は伊達を屠ることができればいい、大将めがけてすっ飛んでいく大筒だ。
城の防衛には忍たちを差し向けるが、俺は手伝わない。手伝う余裕がないとも言えるだろう。
なんせ伊達と右目を一気に相手取らなければならないのだ。
いくら真田が伊達を削ろうが、俺の手に余ることは明白。
…だからこそ、三成の強い制止を受けそうなんだけど。
未だ悩んでいる様子の真田に、押しの一手をかける。

「これは来たる大戦の前哨戦のようなものだ。兵法について、教えたよな?」
「…! はい、攻めるときは守る余裕を与えず一息に。相手がこちらを見下しているのならば尚更」
「そうだ。今回俺たちは防衛戦となるが、基本は変わらない。大将を討てばこちらの勝ちだ。向こうも数に物を言わせるだろう、物量で押し切るぞ」
「……分かり、申した。ご助力、お頼み申す」
「任された」

無理やり取り付けたようなものだけど、しかたない。
真田には申し訳ないが、伊達の討伐は譲れない。
早く三成に報告しよう、立ち上がり、真田には行軍の準備を進めるよう命じ、ともに部屋を出た。
あー、三成の猛反対を受けるに決まってる。
それこそ、「私も行く」と言いかねない。
総大将はドンと構えていればいい、三成は大坂で朗報を待っているだけでいいのだ。
秀吉さまだって、……いや、秀吉さまもご自身で討伐される方だったけど…俺たちが成長してからというもの、戦場を任せてくださったこともあっただろう。
三成の部屋の前に到着し、外から声をかけると入れとの返答。

「三成ー…」
「……厄介ごとを持ち込んできた顔をしている。今度は何を企んでいる? また城を離れると言うつもりではないだろうな」
「あー…その…結論としてはおっしゃる通りで…」
「ならん。貴様も私の軍師を名乗るのであれば、他の将を動かして事を成せ。わざわざ貴様が動く必要はなかろう」
「ええと、まずは話を聞いてくれ。伊達が東軍参陣のために南下している。その道中で真田の上田城を襲撃するとの報告があった。その防御のために真田についていきたくて…」
「それであれば、貴様の忍隊を動かせば良いだろう」
「伊達だよ、伊達。俺にとっては、俺の過去の驕りで敵対した勢力だ。俺自身の手で潰しておきたい」
「……伊達。小田原で秀吉様に降らなかった愚将だったか。あれは息の根を止めなかった私の責だ。貴様が気にすることではない」
「…三成は優しいからそう言ってくれるけど、やはり俺は伊達に思うところがあるよ。そもそも俺がとどめを刺していればこんなことにはならなかった」

堂々巡りの会話。
なんとか俺を城に留めたい三成と、なんとしてでも自身の手で決着をつけたい俺。
意見の相違があったときは、大抵俺が折れているけれど、今回ばかりは譲れない。
負けるつもりはない、と三成を見上げると、ふい、と三成が目を逸らす。
…珍しいこともあるものだ。

「…そう見つめるな。私は貴様のその目に弱い」
「ほう? ほうほうほう、それなら使わない手はないな?」
「ええい、意固地な。大将が行くなと言っている。軍師ならば聞き分けろ」
「大将こそ、軍師の軍略を聞き入れてくれ。真田は伊達を殺せない。ならば俺が殺す」
「そうか。それならば私も行く。貴様一人を戦場になど行かせられるわけがなかろう。これで文句はあるまい」
「あ、り、ま、す! 総大将がほいほいとそう簡単に戦場に出るな! 三成は後ろで報告を聞いているだけでいいんだ! 今回も伊達軍壊滅の報を待っているだけでいい!」
「貴様は戦場に出たい、私は傍に留めたい。双方の意見を折衷するのであれば私も参戦するのが最善だろう」
「ぐぬぬ…分からず屋め…!」

三成は絶対に譲らない。
頑としてでも自分の意見を通す、という固い意志を感じる。
だからといって、俺も三成の同行を許すわけにはいかない。
まず三成は防衛戦に不向きだし(なんといっても物を壊しすぎる)、真田との外交関係も気にせず伊達を打ちのめすに決まっている。
軍が大きくなり、勝ちの目が見えてきた今、戦後のことも考えなければならない。
同盟国と良好な関係を築くのであれば、今武田のこの危機を上手く利用する必要がある。
要は、恩を売っておくというわけだ。
そんな政治上の塩梅など、三成には分からない。
いや、分からないわけではないが、優先度は非常に低い。
故に、武田相手にも無礼に映る真似をしかねない。
そんな爆弾を抱えていくわけにもいかない、やはり三成には大坂に留まってもらう必要がある。

「正家」
「…はあ。ほんとに、三成は一度言ったら聞かないよね」
「私も行く」
「三成。お願い。ここで待ってて。俺が初めての首級を取ってくるから。大将として、めいいっぱい褒めてよ。俺はそれだけで頑張れるよ」
「…いまさら、貴様は手を汚さなくていい。刑部が言っていただろう。絆を掲げる家康に対し、不殺の将がいる私たちは有利だと。象徴をみすみす失う必要はない」
「……それなら、殺すのは鳳たちに任せるから。行かせて。伊達をここで滅ぼさないと、家康を殺した後も遺恨を残すことになる」
「遺恨など……東の者共は元々私たちのことを好ましく思っていないだろう。遺恨はどうしたって残る。それならば…貴様が傷を負う可能性を少しでも減らしたい…」

三成に頬に触れられる。
その手つきは優しい。
そうだ、俺は弱い。
三成に心配される前科があるから強くは言えない。
でも、それでも、俺が三成の軍師として為すべき最善なのだ。
三成に心配かけるようなことはしないから。
絶対に傷を負わずに帰るから。
だから、許してくれと懇願する。
三成は喪失を恐れている。
秀吉さま、半兵衛さまを失い、もう何も奪われたくないと怯えている。
俺や吉継、行長、誰を失おうとも、三成は嘆き悲しむだろう。
それが分かってるから俺たちは、決して三成を遺して逝くような真似はできない。
誰が一人泣く三成を遺して逝けるだろうか。
誰よりも今ある絆を重んじる三成だ。
家康の嘯く絆など、程度の低いもの。
三成がどれだけ、縁を結んだものを大切にするか。
家康はどうだ、俺たちを容易く斬って捨てたじゃないか。
俺たちが家康に負けるわけにはいかない理由が、ここで息をしている。

「三成」
「正家…私を伴え」
「俺は一人で行く。大丈夫、危険はない。そう心配しないで。主な戦闘は真田に任せるつもりだし、忍隊も連れていく。絶対に傷は負わないから」
「………。……分かった。真田との遠征、許可する。ただし、傷を負うことは許さない。もし負傷でもしたら、家康との戦まで外出を許さない」
「うん、分かった。…ごめんね、意地張って」
「そう言うのであれば最初から貴様が折れていろ」

両頬を三成の手で潰され、不細工な顔になっているであろう俺。
そんな俺を見て、三成が穏やかに微笑むものだから、文句の一つも言えやしない。
だって、三成が微笑むなんて滅多にない。
俺の参戦で心穏やかじゃないだろうに、こうして笑みを向けてくれる。
三成なりの、俺への信頼の表明だ。
俺はそれに応えるのみ。
俺の頬を包む三成の手に己のものを重ねて、しっかり黄金の瞳を見つめ返して言う。

「誓う。必ず無事に帰る。三成は朗報を待ってて」
「…しかと承った。正家、伊達の首を持って帰れ。相応の褒美を与えよう」
「ふふ、褒美なんていらないよ。これからも三成と過ごせれば、それで。じゃあ、行ってくる! 俺のいない間、ちゃんと飯食えよ!」
「…ああ」

三成に手を振り部屋を出た。
廊下に控えていた鳳は、俺が歩み出すと後ろをついてくる。
三成に無理を通したんだ、必ず伊達の首を獲る。
兵を調えた真田と合流して、馬にまたがる。
目指すは上田城、伊達ただ一人。
その首を獲り、俺は過去を一つ清算する。

私はあなたの金糸雀カナリア
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