指先 | ナノ
「……ここ、だな」
「ふむ…。……見た目によらず、やりよる。ほれ」
「うっ…。嫌なとこばかり攻めるな、紀之介は…。…うーん…、これでどう、だ!」
「それが碁というものであろ。ここ、あまり気を入れていないな?」
「あ! っくそー…強ぇよ、紀之介…」

半兵衛様のお部屋で紀之介と新三郎が碁を打つ。
半兵衛様曰わく、新三郎の腕前を計るためらしい。
なんでも、秀吉様は新三郎に類い希なる兵法の才を見いだしたからだそうだ。
将来参謀、軍師として有望な紀之介と碁を打たせてその能力の程度を見定めたいとおっしゃっていた。

「新三郎くんをどう思うかい? 佐吉くん」
「はっ、それは、どういう…」
「変な意味じゃないよ。彼の碁を見て、どう思う?」
「…!? 申し訳ございません! …紀之介と互角に打ち合っているようでございます。なかなかの腕前かと」
「うん、僕もそう思うよ」

二人を見る半兵衛様の御目は限りなく優しい。
秀吉様のために骨身を惜しまず働きなさっている半兵衛様。
将来、秀吉様を支えることになろう二人が愛しい、のだろうか。
半兵衛は才ある者には本当にお優しい。
小姓を無碍に扱わない半兵衛様を、私はお慕いしている。
秀吉様と半兵衛様のためにこの身を心を、最大限に使いたいと思う。
元服はまだ先だ。
もどかしいが、時間ばかりはどうにもならない。
その時が来るまで、貯められるだけ力と知恵を蓄えよう。

「……………参りました」
「良い試合であった」
「…なんだよ、紀之介、余裕そうだったじゃん」
「腹の中では冷や冷やしていたわ」

紀之介の言葉に、むう、と新三郎が顔をしかめる。
そんな顔にふと気が緩むのは、奴に絆されているからか。

「いや、本当にいい試合だったよ、新三郎くん」
「半兵衛さま」
「秀吉が見出した理由もよく分かる。確か、秀吉と出会ったときは『戦事』をしていたんだっけ?」
「はい」

戦事、とは。
些か不謹慎な遊びではなかろうか。
私が眉を顰めているのに気づいたのか、新三郎が苦く笑った。

「長秀さまが、幼い頃から戦に慣れていた方が良いとおっしゃって」
「うん、長秀のその考えは良いね。確かにその成果は上がっていた。秀吉が褒めていたよ」
「はい、長秀さまを褒めていらっしゃいました」
「それで、新三郎くんは兵站奉行を任されていたらしいんだ」

秀吉様は驚かれたらしい。
非常に、綿密に考えられた兵糧輸送だったという。
他の役をやっていた者もなかなかだったが、新三郎は飛び抜けて優秀だったようだ。
秀吉様から聞いた話を、半兵衛様は嬉しそうに終始話していた。

「秀吉が嬉しそうにしていたんだ。それで、僕もその子に会うのを楽しみにしていたんだよ。どんな子かな、って考えながら。そうしたら、全く、予想していなかったような子が来たんだ」
「…ご期待に添えなかったでしょうか」
「違うよ。幼いときから秀吉を唸らせるくらいの才ある子だったら、それを鼻にかけている高慢知己な子だろうと想像してたんだ。それが、こんな素直で謙虚な子だったんだから、僕はとても嬉しかったんだ」

半兵衛様に褒められ、新三郎はほんのりと頬を赤く染めていた。
…素直、か。
確かにそうかもしれない。
表情豊かで、感情を隠すことなく相手に伝える。
この城の小姓は競争が激しい。
半兵衛様の方針で、元服後、優秀な者がより上位の職につくことができる。
隙あらば誰かを蹴落とし陥れ、自分だけのし上がろうとする奴らが多い。
そんな中に入ってきた新三郎は、眩しい。
きっと、簡単に騙され、嵌められるだろう。
だからだろうか。私がコイツから目を離せないのは。

「俺も、秀吉さまの下に来ることができて嬉しいです」

佐吉と紀之介に出会えた。
屈託のない笑顔で新三郎が言った。
あまりに直球のその言葉に耳が熱くなる。
紀之介を見やれば、その顔も薄らと赤らいでいた。

「長秀さまの下にいた小姓たちは皆、重臣たちの相手になることに一所懸命で…こうして一緒にいてくれたり遊んでくれたりする人はいなかったので」

何の相手か、なぞ聞かなくても分かる。
肩身が狭かったと新三郎は洩らした。
貴様は相手をしたことがあるのか。
そう出掛かった言葉を抑える。

「ここでは楽しく過ごせばいい。君が仲良くしてる佐吉くんと紀之介くんは他の小姓と比べても頭一つ出る程優秀だから。競争なんかに気を減らすこともないだろう。それに、君たち三人は争わずとも既に上官は用意されている」

半兵衛様が優しく笑い、おっしゃった。
そのお言葉に新三郎も力の抜けた笑みを浮かべる。
そんな様子を見て、秀吉様に仕官して良かったと、心からそう思った。

将来有望参謀二人


「それで、新三郎、ぬしはどこぞの誰かの相手をしたのか?」
「してないよ。俺は着飾ってなかったし、顔も綺麗じゃないし。眼中になかったんじゃないかなあ」
「ヒヒッ、それは朗報。なァ? 佐吉」
「黙れ紀之介ッ! 私は知らん!」
「碁盤、見せて。近くで見たいなあ」
「あ、はい! 半兵衛さま!」
「…これ、は……」
「分かりまするか、賢人よ」
「あ、ああ…。…新三郎くん、君、案外意地の悪い攻め方をするね」
「? そうですか?」
「我はまこと、肝を冷やしたわ」
「……………」


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