続々と同盟国が大坂城に集まっている。
兵の数としては、徳川率いる東軍に勝らずとも劣らず。
まさに日ノ本を東西に分ける大戦だ。
同盟軍とは、戦に備えて連携の鍛錬を行なっている。
吉継、行長と分担し兵の修練を行っているわけだが。
「最近行長を見かけないな…」
「行長様であれば、毛利様と一日のほとんどをお過ごしになっているようです」
「毛利と? またどうして…と聞きたいところだが、二人はザビー教で繋がっているからな…」
あのへらへら面も、数日見かけないと物足りなく感じるらしい。
せっかくだから毛利の様子を見るついでに、声をかけに行くのも良いかもしれない。
兵たちに休憩の号令をかけ、毛利に与えた客間へと向かう。
毛利は吉継と何か企んでいる様子。
行長は勘がいいから、それに気づいた可能性はあるけれど…それが豊臣のためになると分かれば、俺と同様目を瞑ると思っていたが、予想を誤っただろうか。
「毛利。今少しいいか」
部屋の外から声をかけるが
応えはない。
いかがしたものか、と立ち竦んで何度か呼びかけるも、うんともすんとも返ってこない。
これは毛利が悪いよな、居ない可能性もあるし、と障子を開けると、行長が縁側に腰掛けている様子が見えた。
「行長、いるなら返事しろよ」
「おー、正家。すまんすまん。毛利サンに何か用やろか」
「いや、お前を最近見かけないから様子を見に来たんだが…」
「あら、嫌やわぁ、儂が毛利サンの部屋に入り浸ってること、バレてもうてるん?」
「この城で鳳に分からないことはないよ」
主として誇らしく思い、胸を張って答えれば行長はつまらなそうな表情を浮かべた。
室内に歩を進めると、庭で日光を胸に受けながら両腕を広げている毛利が見えてきた。
「あれ…何やってるの?」
「日課の日光浴。毛利サンは太陽を奉じてるんやて」
「へえ…西軍、変な奴ばっかだな…」
「自己紹介?」
「お前含めて、な!」
軽口の応酬をしていると、陽に向かって目を瞑っていた毛利がこちらを振り返る。
俺を瞳に映して、その表情は厳しいものと変わる。
「貴様! ザビー教の資金を戦に回しているというのは真か!?」
「え、大友からはたしかに資金援助を受けてるけど…」
「許しがたい! ミルキー! この者を許すわけにはいかぬぞ!」
「ええんや、サンデー。大友の若様がご許可されたこと。であれば儂らが口を出すことは適わんわ」
様子のおかしい毛利に、説明を求めようと行長の方を向くが、視線を無視される。
みるきぃ、というのは行長のザビー教での洗礼名だったか。
以前、大友領を訪問した際、行長は、毛利がザビー教伝説の信者だと語った。
この様子では、その話は事実だったらしい。
以前見かけたときは、冷静沈着な、噂通りの智将に見えたものだが、今の様子じゃ形無しだ。
「長束! この戦に勝利した暁には、日ノ本全土にザビー教を布く旨を石田に伝えよ!」
「いやあ…秀吉さまが邪教としたものだし、まず許可は降りないと思うけど…」
「まさか貴様、愛の重要性を知らぬわけはあるまい! あれほど熱の籠った視線を石田に向けている男が!」
「…………行長?」
「儂やない、儂やないよ! おまんの様子見てたらモロバレに決まっとるやろ!」
ジロリと行長を睨みつけるも、必死に首を振る様子を見るに嘘ではないようだ。
…そんなに分かりやすいかな。
張本人である三成にはバレていないことがせめてもの救いだろうけど、職場に色恋を持ち込んでいると思われてしまうのはいただけない。
より一層気を引き締めなければ、と決意を固め、毛利に目を向ける。
「俺が誰かを愛していようと、ザビー教は豊臣として認めるわけにはいかないんだよ」
「それであれば我に利がない! 毛利が離反しても良いと申すか!」
「…あんたと吉継には何か企みがあったんだろ。それをふいにしてもいいのか」
「ああ、それなあ。それを妨害するために儂が毛利サンをこの状態にしたんや。吉継の謀は進めんほうがええ」
「…行長、お前、何を知っている? 俺すら把握できていない範囲だぞ」
鳳が調べられたのは、吉継と毛利が四国壊滅に関わっていること。
それ以上のことは、さすがというべきか、綺麗さっぱり痕跡が消されていた。
俺たちが睨み合っている間、毛利は愛の、ザビー教の素晴らしさを語っている。
それを無視して、行長は口を開いた。
「吉継らは四国を襲った。それは知ってるやろ。実行犯は黒田や。徳川サンが襲ったことにして、長曾我部を西軍に誘導したんが、二人の約定やった」
「…それの何が悪い。結果、目論見通り長曾我部は西軍に降った。証拠も残ってない。誰かが告げ口しない限り、長曾我部が真実を知ることもない」
「あの男がそんな受動的やろか? 徳川サン本人に聞くとはなぜ考えない?」
「…それは…そうだが…あいつはすでに復讐で目が曇ってる。徳川に襲われたと信じて疑ってない。今更徳川に使いを出すとは…」
「いや。長曾我部は定期的に徳川に使いを出してる。それを吉継と毛利サンで潰してるだけや。掻い潜られて徳川に使いが辿り着いてしまったら? 長曾我部は真実を知るで。その時、長曾我部は東軍に行くやろな」
「……なるほど。お前の考えは分かった。でもそれが毛利をこの状態にすることとどう関係する?」
すでに起こしてしまったことは覆らない。
四国を襲った主犯は吉継と毛利で、その指示のもと実行に移したのは官兵衛。
この事実は変わらないのに、毛利を使えるのか使えないのかの状態にして俺たちが得る利とは。
行長の考えることを、今一つ掴めずに首を捻る。
「消せばええ」
「?」
「関わった人間、全員。あァ、吉継は抜きやで。豊臣以外の人間、全員を殺してまえばええ。徳川も含めて。それなら長曾我部に真実を伝えられる人間はいなくなる。誰かさんがやったみたいにな」
「…。毛利と官兵衛なくして俺たちの勝利はない。今殺すわけにはいかないだろ」
「せや。だからまずは毛利サンを腑抜けにする。な? 毛利サン、儂の言うこと、聞けるよな? ザビー様にお会いするためやもんな」
「フン、我を誰だと思うている。サンデー毛利ぞ。ザビー教のタクティシャン、それが我よ。ザビー様にお会いするためならば貴様の馬鹿げた提案も呑もう」
毛利は偉そうに胸を張ると、はっきりと言い切った。
すでに毛利は行長の駒だった。
…普段、足軽たちを駒だなんだと言っている男がここまで壊れるとは。ザビー教、恐るべし。
あとは官兵衛の口を塞ぐだけだが、それは毛利より容易である。
なんていったって官兵衛には、枷の鍵という人質がある。
口が滑ってしまっては、永遠にあの鉄球とおさらばすることは叶わない。
そのあたり、あの男は賢い。
毛利の動きを制御し、官兵衛を封じ、…あとは家康を殺すだけ。
それで、長曾我部が真実を知る手掛かりは失われる。
「これで徳川サンを殺す理由が一つ追加やろ。やる気出るなあ」
「こんな理由がなくとも、家康は殺す。決まったことだ」
「せや。豊臣のため死んでもらう。あの大根役者はこの日ノ本にいらん。…なァ、正家。おまんに言うても笑うやろけど…儂はほんまに、おまんらが可愛いんよ」
「…急になんだよ、お前、今日なんかおかしいぞ」
「豊臣は儂の居場所や。こう見えてなぁ、儂は秀吉様を敬愛しとったよ。おまんらほどやないけど、徳川は憎い」
「……」
「
残った豊臣のためなら儂は、苦手な毛利サンにもべったりなるで。努力家やからなー」
いつものように、行長はへらりと笑った。
一人、飄々としているように見えた行長。
まさかこうも憎悪を募らせていたとは、想像もしなかった。
秀吉さまに重用された恩義は感じているだろうと思っていたが、まさか、俺たちのことも想っていたなんて。
「…家康を殺すなら、兵の鍛錬に集中すべきだろ。毛利もほどほどにして業務に戻れよ」
「はいはーい。毛利サンも連れて行くわぁ。この人、伊達に半兵衛様と並ぶ智将と呼ばれてないんやわ」
「…将として使えるのか? この状態で」
「ザビー教についてポンコツになるだけで、辣腕はそのままやで。安心しい。来たる大戦には問題ない」
「それならいいんだ。さあ、行こう。今度、将も交えて陣形を組んだ鍛錬もしたいな」
毛利の部屋から出、修練場へ戻る。
その道すがら、行長はふと疑問を口にする。
「それにしても、吉継もボケたなぁ。こんだけ証人を生かしとったらあかんやろ」
「…ん。それは俺も気になってた。吉継にしては詰めが甘い。『誰かさん』のように小者相手じゃなかったから…というのは想像がつくけど…」
そう、普段の吉継であればあり得ないのだ。
こんな、行長にすらボロを指摘されるような策を採るのは。
戦場では冷徹な男だった。
敵に情をかけることはなく、故に徹底的な壊滅を狙う。
そんな吉継が、大国の主といえど、謀略に関わった相手を生かしておくとは。
吉継は病を患ってから、殊、他人の不幸を望むようになった。
それがその一環であれば納得もできようものだが、そうではないようにも思える。
…清廉な三成の道を、汚せないと思っている?
すでに謀略によって、西軍を清い軍とは言えない状態にしているのに?
いや、俺も汚い手は使ったため、吉継のことを言えないが。
三成だって、秀吉さまを、半兵衛さまを見ている。
戦の前に公明正大さなど要らない。そんなこと、知っているはずだけど。
…いや、違うな。裏切りを三成は最も厭う。
吉継の為したことは、長曾我部への裏切り。
であれば、三成に露呈すれば、三成は長曾我部相手に膝を折るだろう。
…ますます、毛利を、官兵衛を始末しなかったことが疑問に思われる。
「……まあ…二人とも、まだ利用価値はあるからな…」
「毛利サンと黒田の口を塞げても、徳川サンはそうもいかない。儂には愚策に見えるんやけどなあ」
「………吉継に聞いてみないことには分からないけど…」
「互いに腹は探らない、やろ? 実際、吉継もおまんのすることに口出ししやんのやから」
「…バレてないと思ったんだけどな」
「正則と清正が同日に同士討ち、なんて出来すぎやろ。そこらへん、まだまだ甘チャンなんやから、正家は」
けらけらと行長は笑う。
そうかなあ、三成には気取られていなかったんだけどな。
三成はあまり、謀略とか調略とかに関心がないから、それに救われているところはあるけど。
豊臣の勝利のためだ、三成との未来のためだ。
どんな手だって使う。それこそ、仲間内で愚策と嘲笑われようとも。
吉継もまた、三成のために動いている。
ああ見えて、三成のことすごく大切にしているからな、吉継は。
本人は認めないだろうけど、それは事実。
……いや、気づかないふりをしているのかな。
怖いよね、何かを大切にすることって。
失ったらどうしよう、傷つけたら、悲しませたら。
だから、気づかないふりをしたほうが自分の心を守れる。
吉継は病に罹ってから、人を寄せ付けなくなったし。
今の「大切」と、これからの「大事」。
自分の目的のために利用している、と考えることで、吉継は自分を守っているのだ。
「…俺たちは不器用だね、行長」
「なん、今更気づいたん? 儂から見たら、それはそれは気を揉んで胃が痛なるわ」
「ははは」
後ろを毛利が大人しくついてくる。
この男を従順にさせた行長の功績は大きい。
半兵衛さまと並ぶ頭脳の持ち主、その実力を発揮してくれるのであれば心強いことこの上ない。
東軍との戦いに、希望が見えてきた。
徳川挟撃のため、東側で接触を持ちたい国もある。
家康を殺す、未来を掴む。
それは達成し得る可能性を強く帯びていた。
「勝とうね、行長」
「当然。日ノ本を率いるは儂ら豊臣や」
三歩