指先 | ナノ
「長束殿! お久しゅうござる!」
「真田! よく来たな、歓迎するよ。甲斐の守りは万全か?」
「うむ! 佐助が行き来いたします故、守備は問題ござらん!」
「それは…猿飛の負担が重すぎないか?」

同盟のため、そして迫る決戦のため、武田軍が大坂城へと合流した。
以前会ったときは蜻蛉返りしてしまった真田だったが、今回はしっかりと準備を固めてきたようだった。
真田の言葉に、後ろに控える猿飛を見るも、全く堪えていない様子で不敵な笑みを浮かべている。
…忍にはこれくらい訳もないということなのだろうか?
そういえば、鳳も同盟国との往復を一両日で行ってしまうから、そういうものなのかもしれない。
優秀な忍のみが行える技とも知らずに、俺はのんびりと考える。
武田との同盟は俺が三成の名代として締結したものだ。
つまり、三成は真田と初めて会うわけで。

「三成のところへと案内するよ。真田が手合わせしたいと言っていたよ、と伝えたら、叶えてやるって息巻いていてね」

三成は城内の修練場で真田を待ち構えている。
長宗我部、毛利、島津と、一度交戦した上で同盟を結んできたから、真田の腕前も試したいのだろう。
故に、真田にも戦準備を整えて来るよう、事前に伝えておいた。
真田は噂に違わぬ真紅の甲冑に身を包み、瞳に炎を宿している。
元々、腕試しが好きなのだろう。
独眼竜とも好敵手だという話を聞いているし、武士として戦うことが好きなのは長所だ。
俺にはない才能を持つ真田を嫉むことはないが、その数割でも俺に具わっていればな、と悔やむ気持ちはある。
頭しか取り柄がないというのに心が弱く、一歩目を踏み出せない俺。
そのままでいい、と先日の語り合いで三成は言ったが、自分自身で思う。俺はこのままではだめだ。
半兵衛さまの後継として、豊臣の軍師として、非情になりきる必要がある。
その端緒が正則、清正との決別だ。
これを機に俺は真の豊臣軍師の後継者となる。

「…来たか」
「貴殿が…石田殿」

開けた修練場で一人佇む三成。
俺の気配を察すると、剣呑な光を帯びた瞳を真田に向ける。

「問う。なぜ私につく? 貴様が豊臣に降る先に見据えるものは何だ?」
「某が石田殿のもとへと馳せ参じたは、ただ一つ、徳川殿との決着のため。わが師、武田信玄がかの男との戦いを望んだため!」
「貴様も…家康家康と…! なぜ! 誰も彼もがあの男を見つめる! 秀吉様を弑虐した男を求めるッ! 私はそれが許せない! 世界が求めるべきは秀吉様! それを理解していない…!!」

二槍を構えた真田に応じるように、低く抜刀の姿勢に移る三成。
二人が踏み込み、一瞬のうちに、鋼がぶつかり合う音が響く。
激しく打ち合う二人を遠巻きに見つめる俺と猿飛は、ふわりと現れた吉継に視線が移った。

「よう参った。先日は同盟の場に同席できず相すまぬ。武田の副将、猿飛よ」
「いやあ、さすがの嫌味だね、大谷サン。俺様、別に副将のつもりはないし? 謝るだけ無駄っていうか?」
「しかしぬしが今欠ければ、武田が瓦解することも明白。その自覚があるというに、謙虚な男よなァ」

皮肉の応酬に苦笑を浮かべ、その場を宥めようとするも甲斐なし。
まだ言い争う二人を無視して、再び三成と真田の戦いに目を向ける。
実力は拮抗、いや、速度で勝る三成が手数で優位にあるように見受けられた。
真田は徐々に押されていき、ジリジリと修練場の隅へと追いやられていく。

「甲斐の虎の後継がこの程度だとッ!?」
「く…っ! まだまだァ!!」

三成の言葉に発破をかけられたように、真田が再度奮起する。
三成の居合の速度に食らいつき、槍を振るう。
得物の数では真田が上。
押されていたとは思えない勢いで、三成を押し返していく。

「は…ッ!」
「ふぅ!!」

なかなか付かない決着に、だんだんと城内の者たちが観衆として集まってくる。
三成を応援する声、面白がって真田を鼓舞する声。
久々に賑やかな大坂城の様子に、思わず笑みが浮かんだ。
まるで、あの頃のようだ。
三成と吉継の試合に盛り上がっていた、あの頃。
俺は全然勝負にならなくて、三成にも吉継にもわずかな手数で負けてしまって。
それに反して、三成と吉継は何度打ち合っても降参もしない、勝負もつかないと半刻ほど意地の張り合いが続いたんだった。
結局、勝負に飽いた吉継が刀を放り投げて、三成の勝利になった。
…秀吉さまが、半兵衛さまが微笑みながら眺めていたあの光景。
ああ、過ぎ去った日々よ、もう戻れない惜日よ。
一人置いて行かれた気分になって、頭を振るって現実を見る。
三成もいる。吉継もいる。
俺は一人じゃない。

「くゥ…ッ! …参り…ました…」

両の手から槍を弾き飛ばされた真田が膝をつく。
呼吸を荒げた三成は刀を鞘に収め、真田を見下ろす。

「真田。―――貴様は幸せだ。何も失ってなどいないのだから」
「石田殿…」
「貴様の真価は把持した。金吾よりは役に立つだろう。参陣、認可する。…二度と私の前で家康の名は出すな」

それだけ言って、三成は修練場を後にする。
鳳に手ぬぐいを渡すよう頼み、真田へと歩み寄った。
真田の膝下に影が落ち、こちらを振り返る。

「長束殿…」
「お疲れ。いい試合だったな。三成に食らいつくとは、噂通りの実力だ」
「いえ……某、まだまだお館様の足元にも及ばず…。石田殿が少し羨ましい…主を失って間もないというのに、今や立派に一軍の大将として立っているあの御仁が…」

跪いたまま、真田は両手を握りしめる。
その肩に手を添え、立ち上がるように促す。
素直に応じた真田は、弾かれた二槍を猿飛から受け取ると俺に向き合った。

「長束殿。改めてよろしくお願い申し上げる。この幸村、必ずお力になってみせまする」
「ああ、こちらこそよろしく。…なあ、これは気まぐれの提案なんだが…」
「?」
「滞在中、豊臣の兵法や政策を学んでみないか? 甲斐の虎の教えとは異なるだろうが…お前のためにはなると思う」
「な…同盟を結んだといえど、某たちは豊臣直参ではござらん。そのような貴重な知識を授けていただくには…」
「いいよな、吉継。これもまた、秀吉さまの教えを広める一歩だ」
「われは構わぬが…三成には一言かけたほうが良かろ。三成の知らぬうちに勝手をして叱られるのはぬしよ」
「うん。もちろん三成には許可を取るさ」

吉継に頷いてみせて、真田に視線を向ける。
予想もしていなかったらしい提案に狼狽している様子だ。
猿飛の意見を伺おうとしたらしい、振り向いて彼をじっと見つめるが、猿飛は何も言わない。
結構、厳しい教育方針なんだな、猿飛は。
自分で決めろ、ということのようだ。
猿飛の取り付く島のなさに弱ったように眉を下げた真田は、しかししっかりと俺を見つめて口を開いた。

「石田殿のご許可が下りたら、にはなりますが…ぜひお願いしとうござる」
「よし。そうとなったら再度三成に会いに行こう。ああ、汗をかいただろうし先に風呂はどうだ? それよりもまずは部屋の案内かな」

強力な同盟相手に、俺も浮足立っているようだ。
真田への歓待をどうしようかと次々に言葉が浮かんでくる。
吉継に、まずは部屋へ案内せよ、と声をかけられ、それに乗った。
城内へと足を向け、真田たちを先導する。
これから次々と各国が合流してくるというのに、このはしゃぎようでは三成に叱られてしまうかな。
三成が浮かべるであろう表情を想像し、こっそりと笑みを浮かべた。

* * *

「ならん」
「天下を取れば結局、各国に強いることになるじゃないか。それなら今だろうと後だろうと変わらないだろ」
「秀吉様のお教えは私達の宝だ。それを易々と与えるなど…家康を討ち取ってからにしろ」
「三成が天下を統一すれば、それこそ俺達は忙しくてそんな暇なくなるぞ。少しでも余暇のある今が最適じゃないか」
「……何故そうも真田の肩を持つ? 私の名代を務めたときもそうだった。貴様は忍に文を届けさせるほど喜んでいた。真田を気に入ったのか? 私と永劫ともにいると誓った言葉を違えるのか」
「どうしてそう話が飛躍するんだよ! 真田は、三成に少し似ているところがあるから気にかけているだけだ。俺は三成から離れない。秀吉さまの教えが、悩む真田を導くんじゃないかと思って」
「………フン。秀吉様のお教えが真田ごときを導けぬわけがないだろう。この私すら救ってくださった秀吉様だ。…そこまで言うのであれば許可する。ただし、私も同席することが条件だ」

真田が風呂に入っている間、三成を説得しようと部屋に向かう。
先に汗を流したらしい三成は、まだ濡れたままの髪から水を滴らせ、政務に当たっていた。
肩にかけられている手ぬぐいを取り、髪を拭ってやる。
三成は握っていた筆をいつの間にか離し、俺に向き直っていた。
大人しく拭われている様子に微笑み、機嫌を損ねないよう真田に兵法などを教えたいと提案すると、急速に気分を損ねてしまった。
なんとか言い募って強請ってみれば、三成といっしょに、という条件付きで許可が出た。

「ありがとう! …もしかして、俺が間違った内容を教えるとか心配してる?」
「そんなこと、欠片たりとも疑っていない。貴様は、最も半兵衛様に近かった男。秀吉様のお教えを誤るなどあり得ない」
「じゃあ何で同席を…?」
「…………私ですら、貴様との時間を作るのに苦慮しているというのに、真田に奪われてたまるか」
「…ふっ、は、はは! なに、そんなこと心配してたの。俺はいつだって三成が一番だよ。三成との時間を作った上で真田に時間を割くってことでさあ」
「貴様が明確に言葉にせぬから私にはそのようなこと分からん!」

ふん、と顔を反らしてしまった三成。
これは本格的に拗ねてしまったようだ。
ごめんごめん、と笑って髪を撫でるが、なかなかこちらを向いてくれない。
つん、と頬を突いても無視、気を引くように肩を叩いてもなしのつぶて。
どうやって機嫌を直そうかと考えあぐねていると、天啓が降ってきた。

「三成」
「……」
「悪かったって。こっち向いてくれよ」
「…………」
「…向いてくれないならこうするぞ」

いつかされた悪戯。
唇を撫でられた感触は未だに覚えている。
ある種、あのときの意趣返しだ。
南蛮人が敬愛を表現するときの行動。
三成の右手を取って、そっとその甲に唇を寄せる。
ちゅ、とわざと音を立ててみせると瞬時に手を引いてしまった。

「正家、何を…!」
「三成がこっち向いてくれないから」
「何をしたと聞いている!」
「南蛮人の真似。従者が主にするものらしいよ」
「…ッ、このような、破廉恥な…!」
「お前が言う〜?」

あのときのお前のほうが淫靡だったと思うけど。
怒られるから言葉にはしないが、表情には出ていたのだろう、三成に頬を抓られる。

「貴様はいつもいつも…!」
「痛い、痛い! ごめんって!」
「私以外の誰にもするな! いいな!」
「もともとそんなつもりはありませーん」

いつもの調子に戻ったことに安堵して、ほっと息を吐く。
三成はプンプンと怒っているが、先程とは種類が違うので問題ない。
こうして過ごしていると、後ろ暗いことをしたばかりだということを忘れてしまう。
正則も清正も、俺にとってはその程度の存在でしかない。
そう、そうだ、苦しくなんて、ない。
俺はいつだって三成に救われて、生きる力をもらっている。
こうして笑えるのだって、三成のおかげなんだ。

「まったく…貴様から目を離すわけにはいかぬな」
「へへ、ごめん。俺から目を離さないためにも、ずっといっしょにいてくれよ」
「当たり前だ。私は貴様を裏切らない」
「うん。…ふふ。じゃあ、真田への授業第一回目、いつにしようか」

水気を拭いきった髪から手ぬぐいを離し、指で梳く。
同じ洗浄剤を使っているというのに、手触りが全然違う。
指通りがよく、サラサラだ。
俺の髪はきしんでいるというのに。
感触を楽しむように何度も梳いていると、手首を掴まれる。

「明日だ」
「明日とは、また急だな」
「貴様と過ごせるのだろう」
「真田もいるけど…」
「構わん。案山子のようなものだ」
「こら。同盟相手をそんなふうに言わない」
「フン」
「……もう、三成は本当に…」

眉を下げて苦笑すると、するりと頬を撫でられる。
三成が真っ直ぐに見つめてきて、真正面から視線を受けてしまう。
不意打ちに動けなくなって、三成を見つめ返す。
俺の様子に気を良くしたらしい三成は口角を緩めると、緩慢に立ち上がった。

「行くぞ。今日は真田を歓待するのだろう」
「あ、…うん、その予定だったけど…」
「なんだ」
「まさか三成が参加してくれるとは思わなくて」
「これも大将の役目だと、刑部が言っていた。それに…」
「それに?」
「…食事をする貴様を眺めるのは悪くない」

三成に手を取られ、立たせられる。
繋いだ手をそのままに、三成は応接間へと向かった。
昔からよく手を繋いではいたけれど、真田に見られるのは少し恥ずかしいな。
そう思いながらも、しっかりと手を握り返して三成の後を歩いた。

継がれる知

「貴様ァ…巫山戯ているのか! 何度同じことを言えば分かる!」
「ううううう…石田殿のお言葉は難しく…!」
「つまり、身分を固定するってことだよ。今までは戦のたびに民から兵を募っていたけど、兵は兵、農民は農民として働いてもらうんだ」
「う、うむ…」
「正家! この男は愚図だ! わざわざ秀吉様のお教えを与える価値もない!」
「まあまあ。今まで真田は戦ばかりで兵法は虎任せだったんだろ?」
「お言葉の通りで…面目なし…!」
「よくそれで虎若子などど持て囃されたものだ!」
「お、お許しくだされ…!」
「いいよ、真田。ゆっくりやろう。半兵衛さまも辛抱強く俺達を指導してくれたから」
「私達とこの男を同列に語るな!」
「三成。怒ってばかりじゃだめだよ。知というものは褒めながら与えるものだ」
「貴様はいつも甘い…! 気分が悪い! 席を外す! …だからと言って二人きりになれると思うな! すぐに戻る!」
「…石田殿をいつも怒らせてしまう…」
「悪気はないんだ、許してやって」
「許すなど! 石田殿のおっしゃる通りでござる、某の覚えが悪いために…」
「全然。覚えは早いほうだ。復帰した信玄公を驚かせてやろうよ。ここまで頼もしくなったぞ、って!」
「長束殿…! うむ! 引き続きよろしくお頼み申す!」
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