指先 | ナノ
久々の戦場。
幾度の登城を求める文に応じなかった島津を降すべく、日向国に攻め入った俺たち豊臣軍。
三成を本陣に置き、先陣を行長、遊撃隊として吉継、そして本陣の守りに俺を置いた、今考えうる豊臣最強の布陣。
相手はあの島津だ、秀吉さまですら苦心した相手に、遺された俺たちだけで圧勝するのは難しい。
行長、吉継だけで島津を倒せるのなら良し、倒せずとも体力を削り撤退するように伝えてある。
二人が撤退すれば、もちろん島津が目指すのは、俺が背に守る三成の本陣。
この戦いは、俺たちの本懐ではない。
ここで死ぬわけにはいかないのだから、せめて、島津に俺たちの有用性を示す必要がある。

「正家様」
「鳳か。騒がしくなってきたが、行長が接敵したのかな?」
「はい。現状、島津義弘は本陣から出てこず、諸将が小西様と当たっております」
「うーん…現場の判断は行長に任せているけど…本陣に篭っているのならば、吉継に強襲させるのもいいだろうか」
「島津と大谷様の相性は良いとは言えません。無傷での帰伏を目指すのであれば得策ではないでしょう」
「…島津相手に無傷を目指すのがまず無理な話だって…」

久方ぶりの戦に、三成が諸将へ命じたのは「傷を負わないこと」。
何を考えたのか分からないが、戦前の軍議で負傷は許可しない、と言い捨ててお開きにしてしまった。
…島津という強兵を前にして、離別が脳裏を過ったのだろうか。
今、三成は俺たちとの別れを恐れているように見える。
何がきっかけだったのか知る由もないが、大将が望むのであれば叶えるのが臣というもの。
頭を抱えながらもこうして戦に臨んでいるのだ。

「正家様、長! 島津が本陣より出撃、小西様の隊とぶつかりました!」
「! とうとう来たか…何故開戦と同時に出てこなかった…? 行長の消耗を狙って…?」

島津は頭を使った戦をする質ではないと記憶していたが…こちらの策を読んできたか?
報告をしてきた忍隊の者に三成へと問題ない旨を報告に向かわせ、布陣図を睨む。
島津の陣から豊臣本陣まで、真っ直ぐに向かって半刻ほど。
その間に行長が島津を相手にし、吉継が敵小隊を各個撃破していくことを考えれば、こちらに到着するには一刻ほどかかるだろう。
それまでに俺は、この陣の守りを固める。
俺が島津の相手にならないことは分かりきっている。
一人相手に情けない話ではなるが、婆娑羅者である俺と鳳で少しでも島津の力を削る算段だ。
俺の隊の兵、忍たちは全員行長、吉継に付けた。

「小西様と島津は膠着状態ですね」
「行長もああ見えて戦上手だからな。その間に吉継が島津軍の戦力を削ってくれればそれで良い」

大将たる三成が先陣を切るような、今までの戦法には頼れない。
今の三成は秀吉さまの左腕ではない、豊臣軍の大将なのだ。
俺達にとって、三成が生きていれば負けではない。
たとえ、旧友の誰が死のうとも。
だからこそ、俺たちは慣れなければならない。
三成に頼れない戦に。自ら活路を切り拓く戦に。
徳川との戦はきっと、大将を狙い合う戦いになる。
お互い、優勢にならない限り大将が戦場を駆けることはないだろう。

「三成は苛ついていただろう」
「…ええ。『島津など私が斬滅する』と……」
「はは、三成らしいな。いつまで経っても、三成は秀吉さまの左腕なんだ…」

豊臣の大将である自覚がない、と言うと聞こえは悪いが、三成が戴くのは秀吉さまただ一人。
秀吉さまが遺された兵を纏め上げただけで、本人に豊臣軍の大将であるという自覚はない。
故に危ういのだ。
自らの首の価値を見誤り、俺たちではなく、己の手で家康の首を手折ることを願っている大将。
三成、たしかに秀吉さまも、自ら先陣に立たれる方だったけれど。
大将ともなれば、本陣で朗報を待つだけでいいんだよ。
必ず、必ず俺が三成に吉報を届けるから。
たとえこの身が滅びようとも。

「撤退!! 小西隊撤退にござります!! 小西様が傷を負われたご様子!!」
「! …吉継に疾く島津の進路を塞ぐように伝えろ! 大谷隊に付けた長束隊の兵、忍に継続して小隊撃破の継続を命じるんだ!」
「はっ!」

せめて両軍痛み分けにしなければ格好がつかない。
豊臣軍の矜持のため、将棋の駒のように行長や吉継を動かすことに嫌気が差す。
それでも、それを行っていたのが半兵衛さまだ。
豊臣の兵に情はいらない。その教えの指す先が意味することを思い知る。
半兵衛さまは、決して身内に冷たい方ではなかった。
そんな方が、冷酷な軍師と名を知らしめるほどに、戦場とは無慈悲な場所なのだと、血の匂いにむせ返るこの場に立って再認識した。

「正家様、先程も申し上げた通り、大谷様は島津を抑えるには不利にございます」
「分かってる! 吉継には負傷などさせはしない…あの身はもう傷だらけなんだ…! ある程度時間を稼いだら道を開けるように続報を送れ! 俺たちは島津に揃えるぞ、鳳!」

行長は指示がなくとも、本陣裏の救護隊が控える陣に向かうだろう。
吉継だって、自身に求められている役割を理解している。
豊臣軍の軍師、半兵衛さまの後継といっても、結局はこの程度なのだ。
行長も吉継も、軍略を練るのは得意なのだから、俺はお飾りの軍師と後ろ指を指されても致し方ない。
そんな俺でも、譲れないものはある。
二度と目の前で、大切な人の命を散らせたりなどしない。

「島津義弘、肉薄しております。正家様、ご準備はいかがですか」
「問題ない。行くよ、鳳」
「はっ」

ここまで島津が迫っているのであれば、吉継も戦線を離脱したようだ。
どっしりとした足音がゆっくり近づいてくる。
音の先を見遣れば、大刀を抱えた老人が泥に汚れた姿で現れた。

「いやー! 豊臣の兵は屈強で敵わん! 老骨のオイを気遣うつもりもなかね!」
「島津殿……何故俺たちの呼びかけに応えなかった? 東軍に降るつもりだったのか?」
「いきなり本題とは性急な若もんじゃ…名は?」
「長束正家」
「正家どんか…三成どんに会わせてくれんね。オイは話を聞きたか」
「ならばすぐに文に応じれば良かった! そうすれば、こうして戦をする必要もなかったというのに!」
「なに…オイの人生は戦しかなかった…刀を交えてこそ、本音が分かるというものよ」

鞘から刀を抜き、真っ直ぐに島津へ向ける。
鳳もまた、苦無を構え姿勢を低くした。
臨戦態勢で迎えられているというのに、島津は鷹揚に笑って大刀を地に突き刺した。

「正家どん。おまはんは何故刀を取る?」
「…三成のためだ、家康を殺すためだ。俺は家康が憎くて仕方ない」
「オイの前に立った将二人はなんと答えたと思うね?」
「……行長と吉継…? それは……」
「答えなかろうよ。おまはんらは会話が一等足りん!」
「…ッ! たとえ目的は違おうとも、俺たちが求める結果はただ一つ! 家康の首だ!」

一気に島津との距離を詰め、刀を振り下ろす。
大刀から手を放していたにも関わらず、島津は容易に俺の一太刀を受け止めた。
鳳が追撃するも、俺とともに薙ぎ払われ、二人して後退する。

「おまはんが真に望む未来はそんなもんじゃなか! オイには見えとる、分かっとるぞ!」
「五月蝿い!! 俺は西軍の勝利を、三成の勝利を願ってる!」
「そうじゃ! 視点を変えんしゃい、憎しみを軸にしちゃならん! 大事なものを掲げるんじゃ!」

何度斬り付けても島津は労もなくあしらうのみ。
いくら俺が戦下手といえど、忍の鳳と二人で相手しているというのに全く手応えがない。
俺に説教しながら相手取る余裕のある島津に歯を食いしばる。
どうして俺はこんなにも弱い。
三成の道を切り拓きたいというのに、俺の力じゃ何の足しにもならない。

「おまはんは、三成どんとの未来を望んでおる!」
「!!」
「家康どんを殺すことじゃなかよ! それは通過点に過ぎん! 己の願望を見誤ってちゃあ軍師も形無しじゃの!」

島津の言葉に動揺したところで、重い一撃を腹に食らう。
腹の強打により呼吸が上手く行かず、その場に蹲る。
…自分が望んでいることなど、指摘されずとも分かっている!
家康などどうでもいい! 日ノ本の統一もなにも、好きにしろ!
三成に死んでほしくない、生きていてほしい!
そのために家康の死が必要なだけで、俺が望んでいるわけではない。
…そんなこと、天下二分の戦を前にして、誰に言えようか!
どうして俺が暴かれたくないことを、この老人に明け透けにされねばならない!

「黙れ鬼島津…!」
「望んで良かよ! オイが古きとともに沈む! おまはんは三成どんとの明日を望みんしゃい!」
「黙れ!!」
「オイが時代の土台になる! おまはんらを次代に繋げてみせる! 三成どんも正家どんもじゃ!」
「クソ…ッ! 俺に光を見せるな…! 俺は…三成は…望まれてなど…!」

再び立ち上がり、鳳に号令をかけて斬り結ぶ。
世の人々が望むのは家康だ。
俺たちは否定され、時代に取り残されていく。
そんな俺達に、何故道を示そうとするのか。
闇に沈めた俺の矛盾を照らしてどうしたいのか。

「ぐぁ……ッ!」
「正家様! …っう……!」

下顎に衝撃を受け、意識が朦朧としていく。
鳳のうめき声も聞こえ、ああ、俺が助けてやらないといけないのに。
島津殿。あなたの言う通り、俺はただ三成と生きていくことだけを望んでいるんだ。
その叶え方が分からず、あなたに当たってしまったこと、申し訳なく思う。
島津に手を伸ばしながら、視界は暗転した。

* * *

「…島津…貴様…正家に何をした…!? 何故正家が貴様に担がれているッ!!」
「三成どん。この若もんは良かねぇ…おまはんとの未来を夢に見ちょる。大事にしんしゃい」

正家と忍を肩に担いだ鬼島津が、私に近寄ってくる。
私の問いには答えず、片腕に抱いた正家を私に差し出し、満面に笑みを浮かべた。
両腕で正家を受け取ると、大刀を地に差した島津が忍を陣に凭れさせる。

「正家どんの傷は浅かね。向かってきちょったんで相手したけんど、上手くいなしたつもりよ」
「……貴様、私と刃を交える気はないのか」
「ない! おまはんが復讐に駆られておると聞いて心配しちょったが、正家どんがいれば安泰じゃね」
「…何故参陣が遅れた?」
「三成どんと家康どん。天下を二分する若もんを見定めよう思うての。ただ、おまはんが野望も希望もないと聞いて、会わにゃと思ったんじゃ」

明朗に笑い、老人はその場に座り込む。
腕に抱いた正家を見ても、大きな傷らしいものは見当たらない。
あの島津と相対してこの程度ならば、手心を加えられたらしい。

「オイを共に連れて行ってくれんか、三成どん! オイはおまはんの未来を見守りたか!」
「…貴様が私と共に来るとは思わなかった」
「カッカッカ! 行長どんに大谷どん、正家どんが見せてくれたのよ! おまはんの道の暗さ、それを照らそうとする友! オイはおまはんが未来を掴む姿を見たい! それだけよ!」

島津から敵意は感じない。
本心から、私と共に来るつもりらしい。
…私が何かを示したわけではない。
この男が私を見初めたのは、正家から見出した何かのためなのだろう。
気を失った正家の頬を指で撫ぜる。
温かい。
正家はまだ私のそばに在る。
その体を強く腕に抱き、島津に向き合う。

「ならば共に来い、鬼島津。家康を倒し、貴様の言う私の未来とやらを指し示せ」
「任せてくれんね! 西軍島津義弘! 参戦つかまつる! 全ての若もんに代わり、オイが死せり!」

向日葵


「…正家」

両軍、兵を引き、正家を連れ天幕へと引き戻る。
褥に横たわらせ、その顔を眺める。

「何度、こうして眠る貴様を眺めたことか…」

正家は決して強い将ではない。
戦の度に、敗れて眠る顔を見つめている。
喪失の恐怖。
貴様が眠る姿を見ると、それが胸を占めるのだ。

「貴様は、知らんのだろうな」

丹羽が言う通り、私たちは会話が足りない。
西の国は粗方従えた。
これからは時間も作れよう。

「正家、貴様と話したいことが数多ある。…早く目を覚ませ」

静かに夜は更けていく。
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