指先 | ナノ

「ほう…」
「あの…?」
「われが思っていたより普通よな。これのどこが佐吉、ぬしの心を射止めたのか甚だ疑問よ」
「誤解を生むようなことは言うな紀之介ッ!」

視界の焦点が合わないくらいに間近にある顔。
酷く整っていて、男の俺でも息を呑むような美しさだ。
佐吉から手習いを受けていたところに急に現れたその人は、前置きなく俺の顔を掴んできた。
何をされるのかと身構えていると、まじまじと眺められただけだった。

「紀之介…?」
「ああ。われは紀之介。佐吉やぬしと同じく、太閤の小姓だ」
「よ、よろしく。俺は新三郎」
「…真に映えぬ顔つきよ。どこぞにもいるような」
「うん…?」
「気を悪くしたのなら謝るが」
「…別に謝らなくてもいいよ。顔が良いとは思っていないから」

顔を掴んでいた手が離れ、代わりに俺に甘味が乗った皿を差し出した。
俺の大好きなかすていらだ!
皿を受け取るとすぐに頬張る。

「美味い…!」
「…成程、笑みはそこそこ惹きつけられるものがある」
「紀之介! 貴様、何をしにここへ来た! 半兵衛様のお手伝いをしていたのではなかったのか!」
「ヤレ佐吉、ぬしもお堅い奴よな。なに、賢人から休憩を仰せつかったのだ」

紀之介…さん?が肩を竦めて、少し笑みを浮かべて言った。
…なんだか、佐吉と紀之介さん、仲が良さそうだ。

「紀之介さん」
「何だ。…ああ、さん、はつけなくていい。歳はあまり変わらぬ故」
「じゃあ、紀之介。ずいぶん佐吉と仲が良いんだね」

こう言うのは何だが、俺は、佐吉が誰かと睦まじげにしている様子を見たことがない。
入城して日が浅い所為かもしれないが、それだけでもない気がする。

「…嫉妬か?」
「な、ち、ちが…」
「心配せずとも、同時期に小姓になったというだけよ」
「そんなことより紀之介! 私はコイツに惹かれてなどいない!」

わんわんと、叫ぶ佐吉に紀之介は顔をしかめる。
そして、はあ、とため息を吐いた。

「こやつが来てからというものの、付きっきりだったではないか」
「そっ…れは…、半兵衛様に世話をするように言われてだな」
「世話って。俺は畜生ですか」
「われの部屋に来る回数も減ったではないか。ぬしと指す将棋が好きだったというのに」
「だから、私はコイツの面倒を見るように仰せつかっていたのだ! 覚えが悪く、要領も悪いコイツは手が焼けるのだ!」
「佐吉、ひどい!」
「貴様は黙っていろ!」

があ!と怒鳴られてしゅん、と座り込む。
先ほど与えられたかすていらは食べ終わってしまった。
佐吉が紀之介と話し始めてしまうと、手持ち無沙汰な俺は退屈なのだ。

「そう邪険に扱ってやるな、佐吉。ほれ、新三郎、ぬしの好きなかすていらだ」
「紀之介ありがとう! 俺これ大好き!」
「……………」
「ヒヒッ。恐ろしい顔つきになっているぞ、佐吉よ」

わーい、と紀之介からそれを受け取る。
どうして南蛮の甘味はこんなにも甘いのだろう。
団子や餡も甘くて美味しいけど、南蛮のものもまた違った美味しさがある。
夢中になって食べていると、紀之介の笑う声が聞こえてきた。

「餌付けがこんなにも上手くいくとは」

このかすていらは俺を餌付けるためのものだったのか!

永遠三駒一に王将二に角行、三に忠なる歩となれば


「何で俺を餌付けるの?」
「佐吉が気に入ったとなれば長い付き合いになろ」
「だから、私は気に入ってなどいない!」
「長い付き合い?」
「うむ。それこそ、死を共にするような」
「…そんなときまで二人と一緒にいられるのなら嬉しいな」
「…」
「ぬしは佐吉の毒気を抜くのが得意なようだな」


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