指先 | ナノ

広い応接室の一角。
我が物顔で悠然と茶を楽しむのは、先日三成との戦で西軍への従属を決めた毛利元就だった。
…こんな冷たい顔をして、ザビー教の信者というのは本当なんだろうか…。
不躾にも、じっと毛利を見つめていると、真正面からじろりと睨めつけられてしまった。

「フン。豊臣の将といえど、凡俗なものよな」
「そう言ってくれるな、毛利よ。正家はぬしとこうして顔を合わせるのは初めて故、ぬしのその小綺麗な容貌に見入るのも仕方なきこと」
「何、…正家、貴様の心は秀吉様の捧げられるべきもの。こんな矮小な男に向けるなど私が許さない」
「いや、いや、誤解はよしてくれ。行長が以前言っていたことを思い出しただけで…」

上座に座す三成から厳しい視線が飛んできて、嫌でも身が縮こまった。
俺にとって一番美しい男は三成であって、端正な顔立ちくらいでは心は動かない。
…なんてことを考えている場合ではない。
この場は、家康を無事討ち取った後、毛利へ中国を安堵することを誓うために設けられた。
勝つか負けるか分からない戦いに挑むというのに、今から勝った場合のことを考えるのは冗長、と笑い飛ばすこともできるが、毛利の場合は殊更に領地の保全を強く望む。
事前の誓約が無ければ、本格的な助力も受けられないだろうという吉継からの進言により設けられることになった。
…真実を語るとするならば、吉継と毛利はすでに結ばれているのだろう。
今回の協議は裏の約定を表で改めて交わすだけに過ぎない。

「貴様らへ降った軍がまだ四軍だけだと…? しかもそのうち一国は金吾ときた。竹中は後継の育成は不得手だったと見える」
「お前…ッ」
「抑えよ、正家。すまぬなぁ、全てわれの至らなさ故。あまり正家を虐めてくれるな」

半兵衛さまへの侮辱に、俺だけでなく三成も立ち上がりかけたが、吉継に制されて渋々と腰を落ち着けた。
…こんなに喧嘩を売ってくるのに、本気で俺らにつく気があるのだろうか?
毛利を降した戦に俺はついていかなかったため、吉継から聞いた話しか把握していないが、これは三成とそれなりにやりあったのだろう。
三成と二人で苛立ちを隠さずにいると、吉継は困ったようにため息を吐いた。

「われらは利害も一致しておる。仲良しこよしするのが得策よ。毛利も、そう喧々とするな」
「我は事実を述べているに過ぎない」

ツン、とそっぽを向く毛利を見ても、やはり仲良くできる気がしない!
さっさと約定を交わし、お帰り願おうと文書を記す手を早める。

「俺らは、家康との戦いへの助力を毛利に求め、毛利は中国の本領安堵を豊臣に求める―――そう認めればいいんだね?」
「うむ。互いにそれ以上のことを求めないこともな」

書き進めながら、ちらりと三成を盗み見ると、それはもう不機嫌そうで。
わかる、わかるよ、豊臣にはいなかった性格の人間だよな。
幸いにも、吉継が毛利との窓口になってくれるようだからと、こっそり胸の内で息を吐く。
金吾、長曾我部とはいくらでも話してもいいが、毛利だけは俺も苦手だ。

「…長束の名はよく竹中の口から聞いていた」
「……毛利殿に覚えていていただけるとは、光栄の限り」
「そのような無駄な世辞もなく、竹中とは戦術だけを話せたが、貴様は違うようだな。近頃の豊臣に覇気が無いのも理由が伺えるというもの」
「〜〜〜ッ、そう、です、か!!」

深呼吸をすることで怒りを抑えるが、文書の字がかすかに震える。
もとから嫌味な男なのか、それとも、半兵衛さまと肩を並べるほどの知恵者だったからこそ、俺を半兵衛さまの後継として認められないのか。

「…よし。じゃあ、三成。ここに花押を」
「ああ」

文机と筆を三成の前に移動させれば、ピシ、と伸びる背筋。
三成は昔から、書類仕事をするときの姿勢は美しかった。
所作一つ一つが綺麗な男であったが、ここのところは無駄を削ぎ落としたかのように美しさに磨きがかかっていた。
伏し目に銀のまつげが影を落とし、ほう、と見惚れてしまう。
家康への憎しみのあまり苛烈な姿ばかりが印象として残りやすい三成だが、平素の姿は穏やかそのものであった。
秀吉さまが、半兵衛さまがいらっしゃったあの頃、よく見られた姿だったのに。

「正家」
「! あ、終わった? ありがとう」
「刑部、もう良いな。あとは貴様が好きにしろ」
「あい分かった。時間を取らせたな、三成よ。正家も、残りはわれが任されよ」

これからも毛利と密かに何かをするのであれば、たしかにこれ以上俺たちがこの場にいるのは望ましくないだろうな。
清く正しく、それがいつの場面でも最善ではないことも分かっている。
吉継は吉継のやり方で三成を守ろうとしているんだ。
それであるならば、俺が止めることもない。
目を瞑れば、快活に笑う長曾我部の姿が思い浮かぶが、…これも戦の世の常だ。
知らぬふりをして、三成とともに応接室を後にした。

* * *

「行長ー」
「ほいほい。いやあ、すまんかったなあ、毛利サンのお相手頼んでしもて」
「まったくだ。…なあ、本当にあの毛利がザビー教の伝説の信者…なのか?」
「ほんまやで。あー、儂も挨拶くらいはしておいた方がええやろか、同じザビー教信者の好やしなあ」

自室の縁側でのんびりと茶を飲む行長を訪ねた。
珍しくぼんやりとしていたようで、気の抜けた顔がこちらを振り返る。

「三成はどないしたん」
「鍛錬してくるって言うから鳳に相手を任せてきた」
「鳳チャン、かわいそ…」
「長束忍隊の長だぞ、いい鍛錬相手になるって」

行長の隣にどっかりと座り込むと、まだ湯気を立てている新しい湯呑を手渡される。
…行長は、毛利を降す戦にも出なかった。
なにか、会いたくない理由でもあるのだろうか。

「儂なあ…毛利サン、苦手やねん」
「毛利と普通に話せるのなんて、それこそ半兵衛さまくらいじゃないか」
「いや、そういうわけやなくて、…ウーン。ザビー教信者の状態になるとなあ…めっちゃ儂のこと大好きなんよ、毛利サン」
「…? 好かれているなら別にいいじゃないか」
「んもー、正家の分からずやっ、もう三成のとこに行ってまえ!」

なにか機嫌を損ねてしまったらしく、行長はプイと横を向いてしまった。
シッシ、と手で去るように言われてしまってはしょうがない。
茶もそこそこに退室する間際、本当に困ったように眉を下げる行長の顔が見えたような気がした。

「なんだったんだろな…」

ひとりごちて、鍛錬場に向かえば、まだ続いていた三成と鳳の手合わせ。
邪魔にならないように隅に座り、二人の打ち合いを眺める。
―――思えば、数ヶ月前とずいぶん状況が変わったものだ。
まだまだ巣立ちの準備などできていなかった俺たちは、あっという間に豊臣を背負わざるを得ない立場になっていた。
大友、金吾、長曾我部、そして毛利。
西の名だたる将が集まってくる。
これから、もっと大きな軍となる。
綺麗なだけでは勝てない、時には、吉継や毛利のような手も必要だ。
分かっている、分かっているのに、それでもまだこの足は、踏み出すことを恐れている。

「正家」
「、三成。鳳との鍛錬はどうだった?」
「貴様の側仕えをさせるには十分だ」

懐から清潔な手ぬぐいを渡すと、三成はうっすらと浮かんでいた汗を拭った。
鳳はというと、俺の視線を受ける頃にはすでに身を整えた後だった。

「…毛利はいけ好かぬ」
「うん」
「だが…家康への道が少しでも拓けるのであれば、貴様と刑部の好きにすればいい」
「はは、信じられてるね、俺たち」
「何度も言ったはずだ、疑う余地などない」

乱れた前髪を整えてやるため手を伸ばすと、甘んじて受ける三成がいる。
毛利と吉継、長曾我部と、不穏を宿らせる俺たちだけど。
三成、俺は必ず、お前が宿願を果たせるように、力を奮うと誓うよ。

禍を孕む


「…久しゅうなあ、毛利サン」
「貴様は…? ッう、く…! なんだこの疼きは…! 頭が……割れる…!」
「ああ、無理せんと…本当の自分を受け入れるんや」
「なにを…貴様、我の何を知る? いや、何も言うでない、我から離れろ!」
「でもなあ…儂も、三成と正家が可愛いんや。ほれ、ザビザビザビザビザビザビザビザ〜♪」
「ううッ! ザビー…やめ、やめろ…! 我は…」
「そう、おまんはタクティシャン、サンデー毛利…」
「ああ…! 我は…そう…我はサンデー! そして貴様は…ミルキー小西!! 会いたかったぞ…!」
「せやなあ。…その調子やで毛利サン。これ以上吉継と悪いことはさせんからな」

たった一人の暗躍を、誰も知らない。

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